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美しい女性は何をやっても絵になる。
古来から言われている言葉だが、目の前で眉間を揉み、溜め息をはく橘の姿は、哀愁を感じさせ絵になっていた。
「星野、今日は、彼氏の誕生日なんだよ」
「それはおめでとうございます」
机を挟み、向かい合う形で立っている(立たされている)浩明は愛想よく笑顔で答える。
「このあと、彼の選んでくれたコーディネートで着飾ってホテルで豪華なディナーを取る予定だったんだよ」
「わお、素敵な彼氏ですね」
浩明の隣に立っている(同じく立たされている)凪が素直に羨ましがる。
「そして、朝まで一緒に過ごす予定だったんだがね」
「大人の恋愛ですね、羨ましい」
「いや、本当に憧れちゃうわ」
本心で感想を述べる。敢えて「予定」の一文には触れない受け答えに、先に感情を露にしたのは橘先生のほうだった。
「その予定が君達のせいで全て台無しだよ!」
机をバンと叩き、声を荒げて浩明と凪を見る。
あの総一郎達への詰問(康秀への断罪)の最中、爆発騒ぎを聞きつけた教師達により浩明と凪、総一郎達生徒会メンバーは別々の部屋に連れて行かれて事情を聞く事となり、浩明達には担任という事で橘先生がついたのであるが、その第一声が冒頭のそれであった。
「あれほど、魔術専攻科の学生と問題は起こすなと言っただろうが」
「それは心外ですね、先に冤罪かけてきたのは向こうですよ」
「そうですよ。殴ってきたのも、みんなを怪我させたのも結城先輩ですよ」
呆れとぼやきの交ざった物言いに、浩明と凪が正論で言い返す。
「その報復が、胸部への火傷と肋骨にヒビ、とどめは心にトラウマ植え付けるってお前達はやっていい事の区別もつかないのか?」
「その言葉、自分達の事を無条件で信じる取り巻きの前で冤罪をかぶせ、私を倒す為に周囲の無関係な人間を巻き込んだ彼等にも同じ事を言ってくれませんかね」
「そんな事、お前に言われるまでもなく言ってるわ」
取り付く島もない物言いに年甲斐もなく感情的に返す。
「それに、人間、一度や二度の挫折を乗り越えて生きてくものですよ」
-あれを挫折と言い切るか?
頭痛と目眩に頭を押さえる。
駆け付けた時に康秀は、嗚咽を漏らし、周囲の視線に怯えて「見るな……、見ないでくれ」と頭を抱えて虚ろな目で何度も呟いていたのを稲木先生に宥められながら連れて行かれていった。あれは立ち直るのに相当な時間がかかるだろう。
「全く……、魔術専攻科の灯明寺と一緒にいるって聞いてたから、少しは魔術専攻科の生徒とも打ち解けたんだと安心してたんだがな」
「彼女は私の無実を証明する証人でしてね。それで、今回の一件、手伝ってもらってたんですよ」
「それで、一緒になって学校中を滅茶苦茶にしてまわっていたという事か」
「滅茶苦茶とは失礼な、関係者に聞き込みしてただけですよ。それに、やられた事にはやり返しましたが、こちらからやった事はなにひとつありませんよ」
浩明の言い分にまた頭を抱える。最初に宣言した通り、やられない限り自分からは手を出さないし、おまけに正論で返されては反論のしようがない。
「確かに君達の言い分も分かるが、今回ばかりは相手が悪過ぎる。相応の処分は免れないぞ」
「処分? 天統家に対して体裁を取り繕うといったところですか」
「結城兄への暴行に対する処分だ」
核心を突いた浩明の言葉を、橘は言い直して訂正させる。
「成程、それが大義名分というわけですか」
「結城兄をあそこまでやったんだ。もちろん、彼にも相当の処分は受けてもらうがな」
「つまり、喧嘩両成敗という形に持っていきたい。そういう事ですか」
「それ完全にこっちのとばっちりじゃん」
隠蔽を問い詰めに来たら逆上されて殴られ、止むを得ず応戦したら処罰、凪が思わず口にするのもおかしくはない。もっとも、応戦の結果が返り討ちの挙句、魔術師としてのプライドを根元からへし折ったのだから妥当だとも言えなくはない。
「まぁ、妥当な判断じゃないんですか」
「でも」
「仕方ないだろ。結城の御嫡男殿の実力も分からずに挑んだ結果、ああなったんだから」
「星野、言い方はあれだが、嫌味にしか聞こえんぞ」
橘が頭を抱え、凪はジト目で浩明を見る。自分の軽率さを悔やんだ言葉であったが、康秀の実力を知ってる二人には、見下しているとしか思えない発言だ。
「それで、処分はどうなるんですか?」
「よくて無期停学、最悪の場合、退学でしょうかねえ」
「まっさか~」
浩明の予想に、凪は笑いながら手をひらひらとさせて茶化すが、二人が黙ったまま無言で自分を見ている事に笑顔が強張る。
「あれ……マジで?」
「可能性としてはかなり高いと思いますよ。処分にかこつけていなくなってほしい。所謂、自主退学勧告って事だよ」
「あらぁ~」
凪が呆気に取られる。まさかそこまで重い処罰がくるとは思ってもいなかった。
「退学かどうかはともかく、結城兄をあそこまでしといてお咎め無しはあり得んだろ」
「そうでしょうねえ。私もやり返す以上、覚悟はしてましたから」
「ま、星野だもんね」
その処分を妥当だと受け取る二人に、橘は呆気に取られる。
「お前達なぁ……、それよりも灯明寺、お前も処分の対象に入ってるって分かってるのか?」
「え、何で?」
きょとんとして首を傾げる凪に、橘は盛大なため息を漏らした。
「星野と一緒に生徒会メンバーを詰問して、結城兄には盛大な挑発をしていたという報告が入っているんだが?」
「それ、星野の指示です」
「それで逃げれるとでも?」
「あちゃ~」
額に手を当てて天を仰ぐ。完全に共犯者扱いのようだ。
もっとも相棒として一緒に行動していたのだからあながち間違っていない。
しかし、凪は「ま、しようがないか」と、すぐに持ち直して開き直る。
「どうやら、灯明寺も処分に納得のようですから後はお任せします。どんな処分でも受けますので決まったら連絡、お願いします」
「おい、星野!」
勝手にまとめて出ていこうとする浩明を橘が思わず立って止めようとするが、それより先に浩明は凪の腕を掴んで出ていった。