28
駅前の今川焼屋(正式店名不明)は市民に愛される老舗である。
紫桜へ話を聞きにいった後、お互い授業があったので合流一旦別れた後、放課後に合流した二人は、凪に約束した今川焼を買いに来ていた。
この今川焼屋、メニューは粒餡、白餡、クリーム、チョコ、カレーの5種類、なにより一個125円という安さでボリューム満点という、学校帰り(特に部活帰り)の学生御用達となっている。
「はいよ。約束の粒餡、クリームにチョコだ」
店から出た浩明は、今川焼の入った包みを凪に渡しすと、「サンキュ」と満面の笑みで礼を言い、早速、包みを開けて今川焼に口をつけ始めた。
「やっぱり焼きたてはたまんないわよね。この縁のサクッとした食感がさ」
「だな」
凪の食べているのを眺めながら相槌をうつ。
「? どうしたの?」
浩明の視線に気付いた凪が今川焼を口に持っていきかけていた状態で首を傾そげる。その仕草に思わず視線を反らした。
「いや、旨そうに食べてるなぁ……って」
「あげないからね」
「いるか」
今川焼の包みを浩明から守るように胸元に納める凪に突っ込む。手伝ってもらっている報酬に手を出すつもりは毛頭ないし、かといって「一口ならいいわよ」と食べかけを口に持ってこられる、所謂「あ~ん」なんてされても逆に困る。(人通りの多い公衆の面前でそれは勘弁だ)
「そんなに食べれるのかよ?」
「甘いものは別腹よ」
「別腹の範囲を越えてる気がするんだけど」
年頃の女子が甘いものを食する時に使われ続ける決まり文句に浩明は苦笑を漏らした。
甘いものに目がない凪だ、帰宅したら夕のケーキも楽しみにしている筈だ。
「大丈夫、食べた分はちゃんと栄養分として消化されてるから」
「贅肉として身体についてる、の間違いじゃないの?」
「アンタ、なんて失礼な事言うのよ!」
食べかけの今川焼を袋に戻し、浩明の前に立つと、背筋を伸ばし、胸元に手を当てて、浩明に見せつけるようにポーズを取った。
「さぁ、星野君、私の身体のどこに無駄な贅肉があるのかしら?」
凪の質問に言葉を詰まらせた。
当たり前のように見馴れているので忘れがちだが、凪の容姿は「身長以外はプロのモデルが逃げ出したくなる」という言葉がしっくりと当てはまる。
スラリと伸びる手足は細長く、なにより自慢の胸は常に着ている服を上に押し上げ、その存在感を強調している。唯一の欠点である身長は、未だ平均を下回っているが、それを補って余りある容姿、というのが凪の容姿に対する浩明の印象である。
「まぁ、あれだ。脂肪というのも上につくか、下につくかで見せたくも隠したくも変わるのな」
「アンタ、重ね重ね失礼ねぇ……」
返す言葉が出てこない浩明が負け惜しみに出した言葉にジト目で睨んでくる。
「そう怒るな。君のスタイルが一級品なのはよく分かってるから」
「うむ、よろしい」
浩明の言葉に納得したといわんばかりに頷いて怒りを解いた。
「はぁ……、これで後は身長さえ伸びれば完璧なのになぁ……」
再び並んで歩き出すと、隣を歩く凪は頭に手を当てながらぼやく。自分でも自覚があるだけに気にしているのだ。
「天は二物を与えず……って事なんじゃないの」
「これでもちゃんと身長が伸びるように毎日、牛乳を飲んでるのにな」
「成程、君のスタイルが年相応以上になった理由が少しだけ分かった気がするよ」
「あ~、それは言わないで。自分でも気にしてるんだから」
言いながら一気に落ち込んでゆく。背後に落ち込んだ時に表現として使われる縦線が見えた気がするのは、浩明だけではない筈だ。
「まぁいいわ。私はまだまだ成長期、成長期の真っ最中よ」
しかし、すぐに立ち直ると、拳を握りしめ、自分に同じ言葉を言い聞かせるように何度も繰り返した。
その痛々しい様子を見た浩明が取れた行動は、痛々しい自己暗示を続ける凪から視線を反らす事だけだった。
「で、京極さんの前で何考えこんでたの?」
「私は成長期~」という自己暗示の念仏を20回近く唱え、気付け薬代わりの缶コーヒーのブラック一気飲みによって現実に戻ってこれた凪は、漸く本題を切り出した。
「何って、分かった事を頭の中で纏めてたんだけど」
「分かった事って……、京極さんは分からないって言ってたじゃない」
凪は聞き返した。紫桜は浩明の質問に『心当たりはない』と答えており、得る情報がなかったと考えていたはずだ。
「確かに『襲われる理由は分からない』と彼女は言ってたけど、理由が分からないという事と、襲った犯人が私に化けて犯行に及んだという行動からひとつだけ分かった事がある。犯人は襲う相手が天統雅じゃなくても別によかったって事だ」
「はぁ!? あんた何言ってるか分かってんの?」
凪の声が驚きによって大きくなる。
「正確には天統家と結城の馬鹿四人のなかの誰でもよかったんだよ。」
「なんでそう言い切れるのよ?」
浩明の辛辣な物言いだが、内容が内容なだけにこの際、無視をして聞き直すと、浩明は淡々と話し出した。
「あの四人を襲う理由は分からないけど、相手の実力は青海高校でもトップクラス。返り討ちの可能性は限りなく高い。だからこそ犯人は私に変装したんだ。その姿ならあの四人に動揺を与え、尚且つ反撃を躊躇する、という絶対の自信があったという事。つまり、犯人は私とあのド腐れ共の関係を知っていたって事だ」
「そうか……ん?」
そこで何かに気付いたように凪は怪訝な顔に変わった。
「星野、今さ、すっごくヤバい事、言わなかった?」
「は? ド腐れはド腐れだろ?」
「そうじゃなくて」
凪は頭を抱えて項垂れた。
―この男は自分が何を言ったのか分かってないのか?
天統家と浩明との確執を確実に知っているのは凪本人と英二と夕、そして当事者である天統家一族の他にいるのは、彼らが浩明に対して思言った席に同席した人物のみ。つまり、浩明は生徒会のメンバーを疑っているという事になる。
「星野、本当に何がヤバいか分かってて言ってんの?」
「場末の生徒会がどうなろうが知った事か。
犯人を見つけたらそいつをぶっ飛ばす。私をダシにした事を地獄の苦しみの中で後悔させてやるだけだ」
「こわっ」
意地悪い笑みを浮かべながら拳を作る浩明に凪がひいた。
「って、その口ぶりからすると、生徒会に犯人がいるって聞こえるんだけど」
「そう言ってるんだよ。あのwebニュースが配信されたタイミングから考えれば、生徒会のメンバー以外にいないだろ」
「あ……」
浩明の言葉にはっと気付く。
確かにレストランで食事をした直後に襲われたタイミングといい、辻褄が合いすぎている。
「それじゃ、星野はレストランの帰りに襲われた時から生徒会のみんなの事を疑ってたの?」
「いや、最初は馬鹿四人が焚き付けたと思ってたよ」
「それが、あんな事になったから生徒会のメンバーを疑う事になったわけだ」
浩昭の言わんとしてる事を凪は引き継ぐように続けた。
「君の交遊関係の中に、あの四人と仲の良い友人っている?」
「いないわよ。残念だけど」
浩昭の意図を察して、口元に笑みを浮かべて凪は答えた。
「仕方ない。最重要人物に話を聞きに行ってみるか」
「最重要人物?」
「あぁ、正直関わり合いたくないんだけどな」
浩明の漏らした溜息は諦めと観念が混ざったものだった。