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改めて、第一話目になります。こちらもよろしくお願いします!
私立青海高校
元は普通科高校であったが、魔術の普及が広まり始めた時(通称、魔術創世記)に、当時の理事長が、他の教育機関に先駆けて魔術師の育成を目的とした、魔術専攻科を設立し、以来、数多くの有名魔術師を輩出した名門校となったのである。
―なんだ、あの人だかりは?
私立清海第一高校への転校初日、校門をくぐった浩明の感想はそれだった。
浩明の目に映ったのは、誰かに群がっている新入生の集団だった。
「総一郎様~」とか「雅様~」と聞こえるところを見ると、頭脳明晰、スポーツ万能、容姿端麗、所謂学園のアイドルと呼ばれているであろう学生が囲まれているのが分かった。
―まあ、私には関係ないですか
その集団をあまり気にせず、人目を避けるように校舎の中に入り職員室へと向かった。
「君が星野君か。私が担任の橘よ。よろしく」
「どうも」
担任の女性教師は橘と名乗った。持ってきた書類を渡すと足を組み、一通り目を通す姿に思わず見とれる。
「星野君は……普通科への編入だけど……、星野君?」
「は、はい?」
不意打ちで声を掛けられて、間の抜けた返事をしてしまう。
「どうかした?」
「い、いや、スーツが決まってるなと思いまして」
「そ、そうか。これは私のお気に入りでな。彼が選んでくれたスーツなんだ」
誤魔化して言った言葉に、橘は頬を赤く染めて、聞いてもいない事まで教えてくれた。
「……て、そうじゃなくて、星野君、君はどうしてうちの高校を選んだんだ?」
話が逸れていた事に気付き、取り繕うように切り出した。
「それは……どういう意味ですか?」
質問の意図が分からず聞き返した。
「いや、気を悪くしたなら謝るわ。
ただ、魔術専攻科への編入なら分かるんだけど、普通科への編入は初めてでね、君なら、ここじゃなくても十分やっていけるんじゃないかと思ったのよ」
「あぁ…それですか」
橘の質問の意図を理解して、浩明は声を挙げた。
浩明が編入した私立青海学園は魔術師の育成に力を入れる魔術専攻科が有名で、卒業生のなかには数多くの有名な魔術師がおり、入学希望者が後を絶たない全国でもトップクラスの名門校であり、一方の普通科はというと、受験で失敗した学生が二次試験で受けて入ってくるという所謂『落ちこぼれの集団』というレッテルを貼られているのである。つまり、浩明のように自ら望んで編入するような人間は珍しく、と言うかまずいないと言っても過言ではないのである。(実際に浩明が編入試験を受ける書類を提出した時に、魔術専攻科への編入ではないのかと何度も聞かれた)
「英二兄さん、いや、兄にこの高校をすすめられたんです。ここなら私のやりたい事が出きる筈だって」
「やりたい事ねぇ…」
浩明の回答に、橘は理解しかねるような表情で呟いてから
「まぁ、何がしたいか知らないけど魔術専攻科の生徒と問題だけは起こなんでね」
「はい、向こうから何かしてこない限り起こしませんよ」
橘の注意に対して、起こすか起こさないかは相手次第だと釘を刺して答えた。
「君、捻くれてるわね。まぁいいわ、私から言いたいのはそれだけよ。
それじゃあ教室へ行くから付いて来なさい」
そう言われ、橘の後ろについて職員室をでた。
「橘先生」
「なんだ?」
「随分と目立ってますけど」
「我慢しなさい。本校初の普通科編入生を見たい珍しいもの見たさよ」
移動中、周囲から注がれる好奇心に満ちた視線を先にいる生徒達を見ながら聞くと、橘は諦める事を促した。
「注意しないんですか?」
「生徒の好奇心を止めれるほど、私は有能じゃないわ。それに…」
そう言って浩明の方を振り向くと
「君、全く気にしてる素振りがないじゃない?」
「ごもっともで」
橘の言葉に、肩をすくめてから答えた。
「ども、星野浩明です。……よろしくお願いします」
橘に紹介され、愛想笑いをしながら形式的な挨拶をすませると、途端に好奇の視線が向けられた。
―まぁ、当然といえば当然か……
ある程度、予想していたとはいえ、浩明はそんな視線をまるで気にする様子もなく無視した。
皮肉にも天統家での十一年間、軽蔑され、見下され続けた浩明にとって好奇の視線など全く気にならないのだ。
「えっと……、星野の席なんだけど、窓側の……」
「空いてる席ですね」
しかし、それに気付かない橘は、浩明を気にかけて、声をかけたが、そんな気遣いを無視するように橘の言葉を続けてから空いていた席についた。
「イライラした時に甘いお菓子」という考えは万国共通なのかは知らないが、浩明は「イライラした時には甘いお菓子」と決めている。……もちろん、イライラしていなくても甘いものは浩明にとって大好物なのは変わりないんだが。
学校帰りの買い食いに、そんな言い訳じみた理由を出して、浩明は自分を納得させることにした。
浩明がイライラを発散したくなる理由は、転校初日のクラスメイトや魔術専攻科から来た見物客にあった。
「穴が空くほど見続ける」って言葉が本当に起こったら、今の俺はスポンジ状に穴だらけになっているはずだ。つまり何が言いたいかというと「鬱陶しい」の一言に尽きるというわけだ。
授業中はチラ見程度、休み時間は動物園のパンダ扱い。転校生に対する質問タイムというお約束を期待したわけではないが、見せ物になるという展開は予想がつかなかった。結局、初日はクラスメイトとあまり会話も出来ずに終わってしまったわけだが、まぁ気にしてたら負けだ。明日はこちらから近付いてみよう。
「次の方、ご注文をどうぞ」
決意を新たにしていると、自分の順番が来たらしく、軽快な店員の声に考え事をやめメニューに目を移した。
「え……っと、クリームに粒あんと……」
家で引っ越しの片付けをしている英二兄さん達用に手みやげの分も注文して、今川焼きの入った袋を受け取ると店から離れた。
―焼きたてというのはなんとも得難い誘惑があるものだ
紙袋のなかから未だに湯気の立つ熱々の今川焼きをひとつ取り出し、口に持ってこうとして、それが口に入る事はなかった。
轟音と共に襲いかかってきた熱風が、浩明の右手で持っていた今川焼きと、左手で抱えていた今川焼きの入っていた紙袋を近くに出来ていた水たまりに吹き飛ばした。
感想、お待ちしております。