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前述した事だが、魔術専攻科の設置青海高校のクラブ活動には魔法関係のクラブが存在する。魔術師として自身のスキルアップを計るのが目的のクラブもあれば、魔術師の発展を目的としたクラブなど様々だ。
その特殊なクラブのひとつ、魔法工学部の部室は実習棟の1階にあり、制作の為の魔術工房と実験場を併設している。
その実験場の中心で、制服の上から白衣を身にまとった京極紫桜は「また失敗か……」と項垂れるように呟きながら白衣のポケットに右手を入れていた物を取り出した。
取り出したのは、彼女が現在制作しているコンバーターの試作品である。「どうしてもあの人のようにはいかないなぁ……」
紫桜が現在取り組んでいる実験、それはある意味、危険で命知らず、そして無謀に近い実験。彼女は「星野浩明の魔法術式の再現」を行っていたのだ。
事の発端は先週巻き込まれた部員勧誘騒動。それは彼女にとって衝撃の連続だった。
魔力粒子を竹刀に纏わせた魔法刃を素手で真剣白羽取り、それは、彼女の技術者としての探求心に盛大な火をつけた。
自分も魔術師なのだから、私にも彼のような事が出来る筈だ。引っ込み思案だが、探求心の強い彼女は、その日から魔術師としての星野浩明の術式解明にのめり込んだ。
しかし、すぐに壁に直面した。
原因は資料が殆ど無い事にある。
浩明が公衆の面前で魔法を使ったのは、食堂と部員勧誘の二回のみ。
ローカルネットワーク上に出回っている動画を繰り返し見ているが全く術式解明に繋がる情報がなく、実際にその目で見た部員勧誘ですら、何らかの術式を起動した筈なのに、発動プロセスが全く分からなかった、といっても過言ではなかった。
構築速度といい、発動プロセスが自分達のそれとは全く違うのではないかとすら思えてしまっている(実際、その通りであるが)。
それと同時に、浩明の紫桜に対する接し方は新鮮であった。
京極紫桜は理事長である京極楓のはとこという事実は変える事は不可能だ。
青海高校への入学を決めた時にその意味も踏まえて、覚悟は決めていたつもりだったが、自分の予想したものと現実は大きく違っていた。
「京極理事長のお気に入り」という看板目当てに自分に取り入ろうとする先輩やクラスメイトの姿は、紫桜には恐怖でしかなかった。勿論、「純粋に友人になりたい」という人もいたようだが、そのような状況で来られても、本当にそうなのか疑心暗鬼に陥った対応しか出来なかった紫桜には罪はない筈だ。
そんな状況にいた紫桜にとって、星野浩明との出会いは大きな衝撃を彼女に与えた。
県外からの編入生で、「理事長のお気に入り」と知っても「あっそ」とばかりに気にする素振りも全くないひねくれ者。
人柄といい、今の彼女の興味の大半を占めているといっても過言ではない。
そんな紫桜のもとに、星野浩明がいきなり同じクラスメイトの灯明寺凪を連れて部室に現れた事に驚いて短く悲鳴をあげても、それはしょうがないといえばしょうがないだろう。
「灯明寺、いきなり悲鳴をあげられた時の対応はどうしたらいいと思う?」
「さぁ……」
浩明の姿を見た途端に、「ヒッ!」と短く悲鳴をあげ、白衣のポケットに手を突っ込んで二三歩後ずさりをした紫桜の姿に、浩明は思わず凪に聞いた。
一応、ノックはしたから失礼な対応はなかった筈だ……多分。
「あ、すっ、すみません」 自分の対応にはっとした紫桜は慌てて腰から直角に曲げて何度も頭を下げてきた。
「京極さん、そんなに何度も頭を下げなくていいわよ。こいつ、そんなに気にしてないから」
「おいおい、勝手に決めつけるなよ」
紫桜を止めようとした凪の言葉に浩明が突っ込む。
「そんな事より、京極さんって生徒会の外部協力者よね?」
それを無視して凪は本題を切り出すと、「は、はい。そうですけど……」と、頭をあげかけた状態で静止して答えた。
「それが何か……」
「どうして君が生徒会の外部協力者になったのか聞きたくてね」
浩明が用件を切り出すと、紫桜は用件の意図が分からず頭の中でクエスチョンマークを浮かべたのが表情から分かる。
「先週の騒動で受けた君の印象は、ノーとはっきり言えない、よく言えばお人好し。ならばこの外部協力の件も部員勧誘のように会長が強引に協力を迫ったのはないのではないかと思ったんでね。
例えば……君が『理事長の親戚』だという肩書き狙いで」
「違います!」
浩明の言葉に、紫桜は彼女らしからぬ口のトーンで、かぶりを振って否定した。
「大谷先輩はそんな人じゃありません!」
「成程、彼女の性格は天然の聖人君子で裏がないと言うわけか」
「へ?」 紫桜の反応から、会長である大谷慶の性格をそう判断した。
「君を外部協力者にする事目当てで、あの天然の笑顔を振りまいて……、ヤバい、物凄い腹黒キャラ想像しちゃったよ」
「やめてよ、私まで想像しちゃったじゃない」
「うわぁ……」
誰もを魅了する天真爛漫な笑顔の裏で、己の目的達成を「クックック」と腹黒い笑みを浮かべて喜ぶ慶の姿をを頭に浮かべてしまい、三人で頬をひきつらせた。
「冗談はともかく」、自分で言った事を締めると「君がどうして外部協力者を引き受けたのか、興味があってね」本題を切り出した。
「実は大谷先輩達に薦められたんです」
「薦められた?」
妙な言い回しに聞き返した。
「実はあの後も何人かの先輩から掛け持ちをお願いされたんです」
あの騒動の後も紫桜に対して掛け持ちの誘いがあったそうで、それも「魔法工学部が休みの時だけでいいから」と執拗に迫られ、おまけにそれを丁重に断ると「理事長の親戚だからって威張りやがって」などと、批判を浴びせてくる人もいたそうなのだ。
「へぇ……それはまた、恥知らずな連中もいたもんだ」
「なかなか度胸のある連中じゃん」
紫桜の話に皮肉を交えて相槌をうつ。あそこまで派手に「入りたい部がある」と宣言した彼女に対して未練がましいを通り越して呆れすら覚えてくる。
「それで、生徒会の相談室に行ったんです」
生徒会では、悩みや問題を抱えた生徒達の為に、相談室を設けて生徒会役員が交代制で勤めている。
「その時、大谷先輩と一緒にいた小早川先輩が、『名義上だけでも外部協力者になったらどうだろう』って提案してきたんです」
「小早川? あのいけ好かない副会長か」
意外な人物の名前が出たことに浩明が首をかしげた。
「一緒にいた大谷先輩は最初、『そんな事で外部協力者にするのは止めたほうがいい』って止めたんですけど、小早川先輩が大丈夫だって」
「外部協力者」という大義名分を立てれば、容易に誰も誘ってこないだろう、発想としては間違っていないがトップの人間がする提案としてはどうかと思うが、この際、置いておく事にする。
「成程、君が外部協力者になった理由は分かった。ここからが本題だ」
「本題?」
紫桜が首が傾けて聞き返した。外部協力の件ではなかったのか、という考えが丸見えの態度だ。
「昨日の事件の事なんだけど」
「昨日のって……雅さんのですか?」
浩明が切り出すと紫桜は確認するように聞き返した。
「そう、その事件だけど、彼女が襲われる理由に心当たりってある?」
「え、理由?」
「『虐げてきた元家族への復讐』なんて、出来過ぎた話を信じるのは、webニュースの内容を鵜呑みにした連中くらいだ。
ちょっと頭のいい人間ならすぐ疑うぞ」
「確かにあからさま過ぎるわよね」
浩明の言葉に凪が同意する。
「さて、最初の質問に戻すけど、彼女が襲われる理由に心当たりある?」
「さぁ……、彼女と同じクラスですし、よく話しますけど、心当たりはないですねぇ」
「心当たりはない……、そうか」
―これは根本から見直す必要がありそうだな
腕を組んで首を傾げて考える紫桜を見ながら、浩明は頭の中で考える。
そうなると、情報の整理が必要だ
「星野」
中指にこめかみを当てて、無言で考え込んでいる浩明を怪訝に思った凪が声をかけると、「あ、すまん」と反応した。
「何か気になる事でもあった?」
「いや、何も」
はぐらかすように答えるが、凪は「ふぅ~ん」と腕を組み、その瞳を細くして笑みを浮かべた。どうやら見透かされているようだ。
「まぁ、いいわ」
一人で納得したように視線を外して紫桜の方を向き直した。後で根ほり葉ほり聞かれるんだろうなと心の中で嘆息した。