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夜中にシャッスです!
ひねくれ者が人助けをするとひと騒動……
お約束ですよね?
凪が校舎から出てくると、部員勧誘している所で何やら人だかりが出来ていた。遠目からなかを覗くと、当然のように星野浩明がいた。そして、その後ろに寄り添うようにいる女の子を見て驚いた。
「なんで京極さんが一緒にいるのよ」
京極さんこと京極紫桜は、理事長のはとこで魔術専攻科では知る人ぞ知る有名人だ。性格は控えめで真面目を絵に描いたような少女である。
けれど、なぜ彼女があんな所にいて、星野浩明と一緒にいるのだろう?
「入りたいクラブは決めている」と喋っていたのを遠巻きに聞いた事がある。
―あいつ、一体なにやってんのよ
凪は心の中でぼやいた。
最近の青海高校での騒動の中心は星野浩明にあると言っても過言ではない。
状況から察するに、強引な勧誘をされていた彼女を助けるつもりで首を突っ込んだら、いつの間にか……という所だろう。まぁ、「それじゃ失礼しますね」の所からしか見ていなかった凪だが、周りの人だかりから浩明に注ぐ視線に蔑みの眼差しを向け、殺気立っているのがそう納得させるに充分だった。
―しかし、これは都合がいい。
不謹慎なのは充分承知でそう思った。
何故なら『星野浩明の魔法を生で見れる』からだ。
浩明が凪の前で魔法を使ったのは下見に来た時の一回のみ、それも凪には見えないように発動させたため、凪は一度も見ていないのだ。隣に引っ越して来てからも、浩明が凪の前で魔法を使う事がなかった。 浩明曰わく「切り札をそう簡単にさらけ出す馬鹿がいるか」だそうで、秘密主義を一貫している。
それならばトレーニング中をこっそり観察とも考えたのだが、見透かされているのか筋トレをしている所しか見た事がない。
つまり、凪にとって初めて浩明の実力を知る事が出来るまたとないチャンスだ。
―邪魔が入りませんように
思ってもみない偶然に、人知れず笑みがこぼれた。浩明の一挙手一投足を一切見逃さないように浩明へと意識を向けた。
言うだけ言って帰るつもりだったが、犯罪者扱いに近かった浩明の糾弾は、そこにいた当事者の怒りを買うには十二分だった。
おまけに、熱心に勧誘していた複数指名の大型新人から逆指名の入部拒否をされた事が彼らの怒りに火に油を注いだ。
一触即発の空気のなか、浩明が呼び止められた相手に返した一言は、
「礼はいらんぞ。犯罪を未然に防ぐのは当たり前の行動ですから。それよりも自殺するなら人目のつかないところでお願いしますね。ちゃんと遺書は書くんですよ。「自分好みのドM女に出会うために乙女ゲーに転生します。さようなら」ってな」
トドメの一撃だった。
「ふざけんじゃねぇ! 俺達の邪魔しやがって!!」
浩明の一言で完全にキレた剣道部員が、勢いよく浩明に竹刀を振り下ろしてきたその軌道を、浩明は慌てる事なくステップを踏んでよけた。
「いきなり何するんだ!? 危ないなぁ……」
いきなり有無を言わさずに襲いかかってこられた事に呆れて聞いた。
「うるせぇ! ぶっ飛ばしてやる!!」
「おい待て!」
「相手はあの星野だぞ!」
「下手に手を出すと食堂の奴らのように返り討ちに遭うぞ」
食堂での一件をだして尚も飛びかかりそうになった剣道部員を、周りにいた他の剣道部員達が必死になって取り押さえた。
相手はデマと憶測が入り混じった渦中の魔術師だ。そこを説いて落ち着くように促す。
「あぁ、どんなデマが出回ってるか知らないけど、私、喧嘩を売る気はないけど、売られた喧嘩は高額買取だからね」
「先に喧嘩を売ったのはテメェだろが!」
浩明としては警告のつもりだったが、取り押さえられてた剣道部員は仲間の部員の手を振り払いコンバーターに手を添えた。
―おいおい、それは予想の範囲外だぞ
相手の思わぬ行動に驚くが、修羅場を経験している浩明には相手の動きを見極めれば余裕でかわせる筈だった。
しかし、ここで浩明は四肢に違和感を覚えた。
手足が動かないのだ。とっさに足元を見ると自身の両足を絡みつくように魔力粒子の渦が出来ている。腕にも同様の状態だ。
―重力干渉!? いやピンポイントの拘束魔法か! しまった!
周囲を見回すと、さっき絡んできた柔道部員がニヤニヤと見下した笑みを浮かべて浩明を見ている。
失念した。目の前の剣道部員に意識を向けてて周囲に気を配れてなかった。
拘束魔法は補助魔法に分類され、その名の通り対象の人物や動物の動きを止める時に使われる。拘束時間も、使われた魔力粒子の量による時限式と、魔力粒子供給中は拘束し続ける永続式に分けられる。
拘束魔法のキャンセル方法は術者の魔力粒子よりも同量以上の魔力粒子で拘束魔法自体を相殺する強行策か、術者の魔力粒子切れによる術式解除が起こるのを待つ持久策がふたつがあげられる。前者の策は、一対多数の際に使用される方法で、短時間での解除が可能だが、術者が変換された魔力粒子の量を見誤ると、無駄に魔力粒子を使い、最悪魔力粒子切れ(通称ガス欠)をはやめる恐れがある。後者の策は身柄の拘束時に使われる。
しかし、今の浩明には、前者の強行策の一択しかない。何故なら、剣道部員はコンバーターに手を添えて、術式構築のプロセスに入っていたからだ。この剣道部員に「一対一で正々堂々」と言う武士道の精神があるなら、魔力粒子切れを起こすまで待っててくれるだろうが、「術式起動」と起動トリガーを唱え、魔力粒子を纏わせた竹刀を肩に掛けた様子からそんな精神は持ち合わせていないのがはっきりと分かる。
―どうやら夕食前の運動をする事になりそうだな
この後の事態を想定して、自分の取る行動を決めて、目の前の剣道部員を睨み付けた。
視線を向けられた剣道部員は、柔道部員同様の下品な笑顔で、動けない浩明の前に立つと、浩明に見せつけるように竹刀を振り上げた。
「くらえ、エセ魔術師!」
浩明に勢いよく竹刀が振り下ろされた瞬間、彼の口許が微かに笑みを浮かべたのを見たのは誰もいなかった。
オリジナルって設定はすぐ出来ても、名前を考えるほうが難しいのは私だけでしょうか?
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