誕生日2
大留花屋の女将、藍が帰還した。
末期である彼女のスピーチに、コミュニティのそれぞれが思いを馳せる。
しかしこれはまさに長く続かない平和であった。
トゥーチがトランクから車椅子を出し、バギーから降りようとする女性に手を貸している。
藍である。
緩くウェーブのかかったツヤのあるグレーの肩下までの髪をスッキリと束ね、品の良いクリップで無造作に後頭部でまとめている。
目尻の垂れた、しかしなぜか印象はシャープな顔立ちの主は顔色こそ良くないが
こちらに向ける眼は思慮深さに満ち、静かな風が吹き付けてくるような力をまとっていた。
「よいしょ!」と勢いよく車椅子に身を預ける。
集まった者たちが口々に親愛のこもった声をかける。
よう! おかえり! 下町特有の照れ隠しで「元気そうだな!仮病だろ!」とフジオが声をかけながらトゥーチから車椅子を引き継ぎ上座へ運ぶ。
「減らず口」藍がテンポよく返す。
席に着くとつむじ風のようにボスが飛び込んで来た。
藍は嬉しそうに前のめりになって大留花屋の看板犬をくしゃくしゃにする。
「リョウたちは面倒かけてない?甘やかさないでね」と声をかけると、ボスは任せろとばかりにヲフッ!と返した。
ノリコとナオイが腕を振るった料理は見事なものだった。
藍の身体を気遣ったうえで偏らず濃厚さも犠牲にしていない。
ひとしきり食事が通りアルコールも回った頃、絶妙なタイミングでノリコがママからひと言あるよ、と場を引きつけ、わたしイヤだよと照れて駄々をこねる藍の皿を取り上げながら子どもたちが待ってるよ、その後じゃなきゃお菓子出てこないんだからとなだめた。
笑いシワの美しい顔を引き締めて「よし、みんな聞いて」ときり出す。
「集まってくれてありがとね。小憎らしい顔もあるけど嬉しかったわ。」
おいそりゃないぜ、口の悪さも治してもらいなよ、ひとしきり賑やかしが入る。
嬉しそうに見渡して藍はカミソリのような言葉から始めた。
「残念ながら皆と会えるのもこれで最後。私は戻ってこられないと思うわ。」
ノリコが何を急にと横から口にするのを「いいえ、そうなのよ。受け入れなさい。」と制して静まった一堂に向き直った。
「もちろんあきらめるつもりはないわ。みんなもわかってる通り、私は最後まで戦い抜く。今までもこれからもね。 そしてこれは私だけが自分にできる最後のイベント。」
「悲しまないでとは言わない。愛されてるのを骨身にしみて感じているから。
戦って手に入れてまた全部失う人生、それが私の性分だと思ってた。
でも本当は違ったわ。このつながりはそうやって失っていく中でいつの間にか手に入れていた命より大切なもの。」
藍は一人づつの目を見つめながら続けた。
「私は一足先に卒業するけど、まだまだ皆は重い決断を迫られることが山程待ってるわ。その時に最後に何より大切にしなきゃいけないものってものを持っていてほしいの。 毎日さがしてみて。雨に濡れる草だっていいし、横で大いびきかいてるダンナでもいい。 自分の命よりも大切なものを持てる生き物は人間だけだわ。そんな特別な能力は享受した方がいい。 生き残るためやより世界を楽しむためのギフトだと思う。」
静かな瞳で聞いていた一人の男が声をかけてきた。
「それがほかでもないあんただってヤツはどうしたらいいんだい?」
藍は声をあげて笑った。
「それは光栄だわ、バド。 でもそれはいつか失うものだったって事ね。 大丈夫、きっと見つかるわ。」
バドと呼ばれた朗らかな岩のような印象の男はほんの少し差した影を振り払ってグラスを掲げ立ち上がった。
ゾーンTと呼ばれる、旧多摩川区域のリーダーである。
「よし!藍ちゃんに免じてこのクソみたいな世界に愛を持って乾杯してやろうじゃないか。」
それぞれが立ち上がり杯を掲げた。
ノリコは子供らが心待ちにしている食後の菓子とケーキを取りに席を外した。
あんな話するなんて。。堪えようとすればするほど意に反して視界は曇った。
どうしても今日外泊したいと強引に出てきた事からも、予感と覚悟があるのだろう。
強い言葉だったが、だからこそ優しさが染みる。行き場のない気持ちがあふれた。今日は眠れないな、とテーブルに出すとりたてて大きなケーキを持ち上げた時一部削りとれているのに気がついた。
子供らだ。待ちきれなくて手を出したな!
ノリコはみんなの前で指摘してお灸を据えてやろうと目元を拭い足早に戻る。
心のしこりはそのままだが、なにがしかの行動で気は紛れるだろう。子どもたちには申し訳ないけど。
先ほどの藍の挨拶が場に浸透し、2、3人で話すもの、子どもと戯れるもの、藍を囲んで談笑するもの、各々が思い深げに過ごしている中、
唐突に「だぁれ!つまみ食いしたのはー!」とノリコが芝居がかった誇張した「お怒りのご様子」で戻ってきた。
子供らは首をすくめノリコねぇちゃんを瞬きも忘れ見つめている。
それはさながらどこかコミカルな古代伝承の鬼のようだ。「なまはげ」と言ったか。ノリコの細く編み込んだコーンロウがまたその雰囲気を出している。
しかしノリコも素直に驚く子供たちの様子にシリアスを保てなくなってきた。
すぐに少し年長の少年が庇うように前に出た。
憤慨を隠しながら「俺たちじゃないよ!行儀よくしようってみんなで話したもの。」と返す。
ノリコは静かな勢いに気圧されながらちょっとやりすぎたかなと申し訳なさを感じた。
このコミュニティでは全員が「認められて」いた。
子供であっても声を上げ主張する権利は大人と同等なのだ。
もちろんどうにもならない子どもの疑問をそのまま聞くわけではない。
主張するからには大人に貫通する物言いでなければ流されてしまう。
子ども達はその中でコミュニケーションを身につけてゆくのだ。
まして漁戦基地は多国籍のるつぼであった。
ノリコがどうオチをつけようかと一瞬頭を巡らせているその時、ダディッツという男の子が大きな声を出した。
「あ!あで!!」
ダディッツは吃音持ちで何かとからかわれるが、けして誰も蔑みからいじることはない。
彼の感受性や繊細さを理解しているからこそのからかいはダディッツ自身が気にしていないのだ。
しかし時に無神経な扱いを受けるような事があれば周りの子供らがサポートし、堂々と抗議した。
ダディッツは藍の足元、テーブルの下を指さして地団駄を踏んでいる。
一同の視線が集まる。
そこにはキョトンと首を傾げてボスがいた。
なにかおかしい。
(ボスの鼻面にあんな模様あったか?)
全員が同じタイミングで覗き込んだ。。
クリームが付いていた。
「ボスーっ!」ノリコが叫ぶと同時に皆の笑いが爆発した。
リョウはほとんど呼吸困難になりながら胸の奥からこみ上げるものを堪えられなかった。
映画、特にB級モンスターものと人生通して続けるている釣り、何より大好きな海と自然と音楽にリスペクトして何か創作してみたくなり、初めての小説に挑戦しています。
コツコツと楽しみながら紡いでゆきますので宜しくお願いします!




