第十九話 薫
本当にやる気ですか? 辺りを見渡して、誰か一緒に止められる人を探していると、
「冗談さ。次の駅で降りるかな。一人旅だし、気まぐれで動くのもありだろう」
「た、旅の醍醐味ですよね」
「そういえば、君もかい? 一人旅」
「私は二人旅です。夜逃げと言いますか、そのー」
「夜逃げ?」
「なんと言いましょうか……シチュエーションとしてはそんな感じ……連れ出して頂いたというのが正しいかもですけど」
事の成り行きはどうあれ、今の私は付き人でしかありません。使用人と名乗りたい心を抑えて、正直に言いました。
「なるほど良くわからん」
「口下手ですいません」
謝る必要はないような気がしましたが、口先からはすでに出てしまっています。
「でも旅してるのは事実です。気まぐれに目的地を変えてっていう、流浪の旅」
「ふーん。タフなことしてるねぇ。今日で何回目?」
「初めてです」
思わずこけてしまった彼女に茶目っ気たっぷりの笑みを浮かべました。でも気まぐれで北の方角に目を向けたのは本当です。
「いいじゃん。そういう、目的のない旅って」
「そうでしょうか?」
「あたしも何か目標とか目的とかで雁字搦めにならず、生きてみたかったよ」
懐古に溺れながら遠くを仰いで彼女は言います。何故かその瞳は鬱蒼としていましたが、立ち上がって通路を去ろうとしていました。
「あの! パソコン!」
あろうことかノートパソコンを置きっ放しで。大事な商売道具でしょうに。
私が折りたたんで渡そうとしますが、液晶へ刻まれた文字に視線が吸い込まれました。
「悪いね。近頃は物忘れが多くて、歳かな」
薫さんは頭一つ分高かった目線を見下ろすように合わせると空返事を呟きました。
「まだお若く見えますけど」
気さくに応じますが、奪うような手つきと顔の動揺は隠せてませんでした。何か見られてはマズい物だったらしいです。それも赤の他人に。
「礼を言うよ。ありがとう」
「でも、ありがとうじゃ足りませんね。んー」
「借りを作ったって言いたいのかい?」
「まぁ、そんなところですね。お名前を教えてください。それで手を打ちましょう」
目を眇め、嘆息されてしまいましたが間を開けて、
「佐伯だよ。佐伯 薫」
「さえきかおるさん——ですね? 覚えました。七見 光莉です」
「まぁ、もう会うこともないだろうけどさ」
薫さんは去り際に捨て台詞を吐いて行ってしまいました。
「没原稿なんて、とてもな嘘じゃないですか」
私は誰もいないそこで列車の疾走の音色へ被せるように呟きました。




