第1話 これは
これは、
僕の知る中で一番好きな英雄譚だ。
「——誰かが聞いているといいな」
静かな声だった。
「そう願って、僕の一番好きなお話をしよう」
世界は炎に呑まれていた。
赤い。
熱い。
息が苦しい。
周囲では建物が崩れ、人の悲鳴が響いていた。
逃げ道はない。
……ああ。
結局、こうなるのか。
思わず笑ってしまった。
本当に、18年どうしようもない人生だった。
近くに包丁が落ちていた。
見慣れた銀色。
家で何度も見たものだ。嫌な記憶しかないけど。
焼け死ぬのは痛そうだな。
そう思った。
「……はは」
どうせ死ぬなら、
せめて自分で終わらせるか。
俺は包丁を握り、
ゆっくりと首へ向ける。
◇
「——起きてください」
声が聞こえた。
……誰だ。
意識が浮かび上がる。
ゆっくり目を開けると、
そこは真っ白な空間だった。
そして目の前には、
白い服に身を包んだ女が立っている。
綺麗な人だった。
けれどその表情は、
どこか疲れて見えた。
「起きたみたいで良かったです」
女は小さく微笑む。
「私は女神とだけ。あなたにお願いがあり、ここへ呼ばせていただきました」
「……は?」
頭がうまく回らない。
「俺は、首を切って——」
「はい。あなたは死にました」
あまりにもあっさり言われ、
逆に現実感がなかった。
「じゃあなんで意識がある」
「私が魂を召喚したからです」
女神は静かに言う。
「どうか、私の世界を救って欲しいのです」
世界を救う?
そんなスケールの話、
突然されても困る。
「……別にいいけど」
「え?」
女神が少し目を見開く。
「どうせもう死んだしな」
それに。
あんな人生のまま終わるのは、
少しだけ嫌だった。
女神は数秒黙った後、
小さく笑った。
「そんな軽く了承されるとは思いませんでした」
そう言うと、
女神はこの世界について話し始めた。
魔王。
レベル。
スキル。
人類を脅かす存在と、
それに対抗するための力。
「簡単に言えば、魔王を倒して欲しいのです」
「いや、無茶だろ。俺ただの人間だぞ」
「ですが、あなたは適性が非常に高い」
女神は真っ直ぐ俺を見る。
「私の世界において、あなたは特別で、あなたを必要としています」
特別。
必要としている。
その言葉は、
今までの人生で一度も言われたことがなかった。
「……できるか分からないぞ」
「それでも構いません」
その瞬間だった。
女神の身体が、
光になって崩れ始める。
「おい、大丈夫なのか」
「時間がありません」
女神は少し苦しそうに笑った。
「本当はもっと説明したかったのですが……」
光が強くなる。
「あなたを王国の“転生の間”へ送ります。まずはそこで話を聞いてください」
意識が遠のいていく。
最後に。
女神は静かに言った。
「あなたに祝福を」
◇
「勇者が召喚されたぞ!」
その声で意識が覚醒した。
眩しい光。
石造りの部屋。
床には巨大な魔法陣。
「……ここが転生の間?」
身体を起こす。
周囲には多くの人間がいた。
豪華な服を着た偉そうな男たち。
鎧姿の兵士。
冒険者らしき荒くれ者。
神官服を纏った人々。
そして。
一人だけ、
黒いローブを深く被った人物。
みんな俺を見ていた。
その視線に、
少しだけ身体が強張る。
……嫌だな。
昔を思い出す。
「私は司祭のユーラと申します」
神官の一人が近づいてくる。
「俺の名前は、えいじだ」
「勇者様の名前はえいじというのですね!」
「勇者?……まぁそういう扱いか」
「勇者様。単刀直入に申し上げます」
ユーラは深く頭を下げた。
「どうか、魔王を倒してください」
「あー、それは聞いた」
「なんと!? 女神様の声を!?」
周囲がざわつく。
兵士たちが顔を見合わせ、
神官たちが驚愕していた。
「初めてです……女神の声を聞いたという勇者は……」
「そうなのか?」
「はい。まずは勇者様のステータスを確認させてください」
そう言って、
ユーラは大きな水晶を差し出した。
「この水晶に手をかざしてください」
「これで分かるのか?」
「レベル、ステータス、スキル、そして勇者のみが持つオリジナルスキルが表示されます」
「オリジナルスキル?」
「勇者だけが持つ特別な力です」
ふーん。
よく分からないまま、
俺は水晶へ手をかざした。
瞬間。
——ピシッ。
水晶に亀裂が走る。
「……は?」
さらに。
バキッ、と大きな音が響いた。
部屋全体が揺れる。
「なっ……!?」
「水晶が!?」
周囲が騒然となる中、
水晶の表面に文字が浮かび上がる。
見たこともない文字。
なのに、なぜか意味が理解できた。
筋力 測定不能
魔力 C
潜在性 測定不能
スキル なし
オリジナルスキル 『革命』
概要 ██████
「革命……?」
ユーラの顔から血の気が引く。
「そんな……」
「測定不能だと……?」
「記録にないぞ……!」
ざわめきが広がる。
兵士も、
神官も、
貴族たちも、
誰もが困惑していた。
……そんな中。
一人だけ。
黒いローブの人物だけが。
まるで、
面白い物語の続きを見つけたみたいに。
静かに笑っているような気がした。
英雄譚は、
いつだって誰かに語られることで残っていく。
次話もよろしくお願いします。




