あたしの本命は別にいるので、あなたの婚約者は狙ってません!
しがないパン屋の可愛い看板娘。
それがあたしマリア・キャンベルだ。
「可愛い」は、絶対に外せない。
たとえ、その可愛さのせいで、こんなに面倒なことになってると分かっていても!
「エリス、君のその高慢な態度が、マリアを傷つけたんだぞ。そもそも君には可愛げというものが…」
「あら、わたくしはその方の未熟さを指摘しただけですわ。だいたい、少しお可愛らしい方がいらしたからって鼻の下を伸ばして、みっともなくてよ、エリオット・ド・ルーマン!」
あたしの肩を引き寄せ、婚約者に苦言を述べようとして、三倍の勢いで叩き伏せられているのは、侯爵令息様だ。
「あの、エリオット様、そろそろ離していただいても…?」
「ほら、ご覧なさい。その方も迷惑だと仰ってるじゃないの。ご自身のお立場というものを…」
「う、うるさい!喧しハバァか!」
ついにエリオット様が子供みたいな癇癪を起こして走り去ってしまった。
「あっ、ちょっと!!」
思わず伸ばした手は空しく空を切る。
残されたあたしは、エリス様の前で愛想笑いをするしかなかった。
あぁ、あたしが可愛かったばっかりに!
「んんっ」
…エリス様が喉を鳴らすので、そっと飴を差し出してみた。
「いりません!」
怒鳴られた。
そうですか、喉を痛めたのかと思いました。
「マリアさん。あなた、度々思っていることが口に出てますからね?」
「ええ!?」
やだ、恥ずかしい。
いくら事実でも、自分で「可愛い」を連呼してることがバレてるじゃない!
「淑女として、言いたいことは山ほどありますが、それは良いとして…」
エリス様が少し言いにくそうに手元の扇子を弄ぶ。
「なんでしょう?」
「あなた、その、エリオット様のこと…」
「ありえません」
なんてこと言い出すんだ、このお嬢様は。
「でも、エリオット様ってお顔立ちは素敵でしょう?それに、運動神経も良いし…」
「婚約者にあんな失礼な真似をする男は論外です」
エリス様、趣味悪いな。
しっかりしてそうなのに、心配になるタイプだわ。
「今は、ちょっと熱に浮かされてるかもしれませんが、本来は…」
「今しか知らないので、無理です」
きっぱりと宣言をする。
エリス様は何か言いたそうな顔をしたけど、「そ、そう?」と引き下がってくれた。
良かった、意味の分からん惚気を聞かされなくて。
「そもそもですね、あたしには好きな人がいるんですよ」
「あら、そうでしたの?」
これ以上、巻き込まれたくないのできちんと告げておく。
「そうなんです。なので正直、エリオット様は迷惑です」
エリス様は目を瞬かせた。
ちょっとはっきり言い過ぎたかな。
でも、このくらい言わないと、また勘違いされて困るしな。
「エリオット様より素敵な方なの?」
言っちゃ悪いけど、山ほどいるよ、それは。
ちょっと遠い目になったわ。
「そこは敢えて控えますけど…」
思わず言葉を濁したとき、エリス様の後ろからひょいと顔を覗かせる男に気がついた。
「アベル!」
エリス様は急に背後から現れた男にビクッと肩を震わせた。
そんなエリス様のことなどお構いなしにアベルが片手をあげる。
「よう」
大きい歩幅であっという間に距離を詰めると少し首を傾げた。
「マリアがまた貴族に連れて行かれたって聞いたから…、この人?」
「違うよ、助けてくれたの」
貴族のクラスと平民のクラスは基本的に分かれている。
それでもだいたい有名な貴族のことくらいは耳にするものだと思うけど、アベルは違うらしい。
エリス様を値踏みするように見るから、ハラハラしてしまう。
「アベル!侯爵家のご令嬢だよ。ほら、エリオット様の…」
しばらく考えて、アベルが手を打った。
「ああ、あのポンコツの婚約者か!」
「ちょ…っ!死ぬなら一人で死んで!」
巻き添えの不敬罪で処刑されるなんて、冗談じゃない。
慌てて服の裾を引っ張る。
「いえ…。平民クラスの意見が聞けて、まぁ、貴重な…その…」
あらま。エリス様って咄嗟のことに弱いんだな。普通ならあり得ない雑な対応に目を白黒させてて、なんか可愛い。
「お前、全部、口に出てるからな?」
なんてこと!
アベルの白い目に、急いで口を閉じた。
「えっと、エリス様?コイツがあんたの男に手を出したと思ってるなら、勘違いだぜ?」
「お、…おと、こ?」
「アベル、エリス様は生粋のお嬢様だから貴族語しか伝わらないわよ」
エリス様が少し可哀想になって、思わず助け船を出した。
「めんどいな…」
「将来役に立つかもよ」
アベルがため息をついた。
「誤解があったようですが、彼女は俺と将来を誓う仲なので、お察しいただけますか?」
右手を恭しく胸に当てて、エリス様にわずかに頭を下げた。
「そ、そうなの?」
「そうなんです」
「待て、それはあたしも知らない!」
目を丸くするエリス様と同じくらい目が丸くなった。
「お前もポンコツだからな」
「いや、今、勝手に決めたでしょ!!」
あたしが詰め寄ると、アベルはあたしの鼻をぎゅっと摘まんだ。
「ん!!」
そのまま良い笑顔で顔を寄せる。
「おまえ、これからは貴族の男と会ったら三秒以内に口を開け」
「なんれよ!」
「その残念さが、秒で伝わるからだ!」
なにそれ!
すごく失礼だわ。
「……確かに」
エリス様も失礼だった!
「私もあなたの外見の可愛らしさに、愉快な本質を見誤っていたわ。ごめんなさい」
しおしおと謝ってくれるけど、根本的なところが失礼なままだよ。
全然許せないんですけど。
エリス様は、今日一番の貴族の慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。
そっと扇子を当てて耳打ちされる。
「あなたの好きな人も、素敵ね?」
「あなたの好きな人は、素敵じゃないですからね!!」
まだ片想いなんです、とは言えなかった。もしかしたら、違うのかも。




