表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能軍師の精密測量 〜地図を書き換えて最強騎士団を迷宮にハメ、泥沼から小国を救う〜  作者: 水原伊織


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/8

第6話:届いた命令書と、泥の付いた靴

静寂が戻った『嘆きの砦』に、場違いなほど着飾った騎馬隊が現れたのは、帝国軍が撤退してからわずか数時間後のことだった。


 彼らが纏うのは、王都の近衛騎士団が用いる純白の外套。

泥に汚れ、血に塗れた砦の兵士たちとは、あまりに対照的な姿だ。


「……リシャール・ド・ルミエール! 勅命である、直ちに門を開け!」


先頭に立つ男の声に、リシャールは物見櫓から静かに視線を落とした。


 見覚えがある。


王都でリシャールを「無能」と呼び、計算尺を笑い飛ばした騎士団長ガイルスの側近だ。


エリザが剣の柄を握り、低く唸る。


「……ガイルスの犬か。帝国軍が攻めてきている間は一兵も寄こさなかったくせに、終わった途端にこれか」


「正確には、帝国軍が『自滅』したのを遠くで見ていて、手柄を拾いに来た……という計算になりますね」


リシャールは淡々と答え、開門を命じた。


 中に入ってきた使者は、馬を降りるなり鼻をつまみ、泥だらけの地面を忌々しげに睨みつける。


「不潔な場所だ。……おい、無能のリシャール。喜べ。ガイルス閣下が温情をかけてくださった。帝国軍を退けた『まぐれ』を評価し、特別に王都へ戻ることを許してやる。今すぐ荷物をまとめろ」


使者が突き出したのは、仰々しい封蝋がなされた命令書だ。


リシャールはそれを受け取ることなく、手元の計算尺で使者の足元を指差した。


「……三センチ、ずれています」

「はあ? 何を言っている」

「あなたの立ち位置です。そこは先ほど僕が意図的に地盤を緩めた場所だ。あと三センチ左に寄らないと――」


ズブッ、という鈍い音。


 使者の磨き上げられた高級な長靴が、足首まで泥の中に沈み込んだ。


「ひ、ひぃっ!? 私の靴が! この泥、汚い、離れろ!」


「……忠告はしました。それで、王都へ戻れというお話ですが。僕の計算では、今の王都に戻っても『公式地図の修正』という退屈な仕事しか待っていない。ここにはまだ、測りがいのある『未知』が溢れています」


リシャールは使者の目の前で、命令書をひらりと地面に落とした。


泥にまみれ、文字が滲んでいく。


「な、貴様……正気か! これは騎士団長閣下の――」

「閣下によろしくお伝えください。『あなたの戦略図は、まだ十メートルずれたままですよ』と」


背後で、エリザが堪えきれずに吹き出した。


 彼女は一歩前に出ると、大剣を地面に突き立て、使者を射抜くような鋭い視線で睨みつける。


「聞こえなかったか? 私のあるじは、ここがお気に入りだそうだ。……帰れ。さもなくば、その汚い靴ごと、もっと深い泥沼に埋めてやろうか?」


エリザの放つ圧倒的な武人の威圧感に、使者は顔を青くして馬に飛び乗った。


 命からがら逃げ去っていく王都の騎馬隊。その背中を見送りながら、リシャールはふっと息を吐いた。


「……リシャール。いいのか? あれで本当に、王都を敵に回したぞ」

「構いません。数字が通じない相手と仕事をするのは、もう飽きましたから。……それよりエリザ殿、次の測量しごとの準備を。帝国軍は退きましたが、この先の渓谷にはまだ『地図にない道』があるはずです」


リシャールは、泥の付いた計算尺を丁寧に拭い、遠く広がる未踏の荒野を見つめた。


王都の権威も、帝国の武力も、彼の描く「真実の地図」の前では無力に等しい。


「……さあ、世界を正しく測り直しましょう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ