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第9章:星の海を焼く狂炎

「第7、第12小隊、通信途絶! 依然として敵の熱源は捕捉できません! このままでは全滅します!」


連盟軍旗艦『アストライア改』の艦橋は、もはや悲鳴と怒号の坩堝と化していた。


暗黒星雲の濃密なガスとデブリの海。そこは、超高出力の「星晶スター・クォーツ」を積んだ連盟の最新鋭艦群にとって、底なしの泥沼だった。


見えない死角からの精密射撃により、すでに60隻以上の『黒鳥ブラック・スワン』級が虚空の塵と化している。


しかし、艦隊司令官アレクセイ・イワノフ少将の顔に、かつての敗北時に見せた焦燥はなかった。その琥珀色の瞳は、不気味なほどの静けさと、狂気に満ちた歓喜に歪んでいた。


「……素晴らしい。さすがは私の見込んだ女だ。圧倒的なスペック差を、ここまで泥臭いゲリラ戦術で相殺してくるとはな」


アレクセイは血の滲む唇を舐め、冷酷な命令を下した。


「ならば、盤面ボードごとひっくり返すまで。全艦、積載している『星晶』の予備カートリッジを全て射出管に装填しろ」


「予備カートリッジを? 少将、まさか推進剤を捨てるおつもりですか!?」


「ただ捨てるのではない。射出後、後方から主砲で撃ち抜け。目標は、我が艦隊を包み込んでいるこの暗黒星雲のプラズマガス帯そのものだ」


副官は息を呑んだ。


星晶は極めて不安定で高エネルギーな物質だ。それを起爆剤として、この広大なガス帯に引火させればどうなるか。


「閣下! それは自爆行為です! シールドを捨てている我が軍の装甲も、引火の熱量には耐えられません!」


「構わん。我々の装甲が溶けるのが先か、あの小賢しい亡霊どもが炙り出されるのが先か、我慢比べといこうではないか。……やれッ!!」


狂犬の咆哮と共に、無数の星晶カートリッジが暗黒の海へ射出され、そして閃光が走った。


「――ッ!? 外部センサーに異常なエネルギー波紋! 敵艦隊が、自らの周囲で星晶を起爆させました!」


帝国軍・第11独立機動艦隊旗艦『ガルム』の艦橋に、これまで聞いたことのないけたたましい警報が鳴り響いた。


リネア・フォン・ローゼンバーグ少佐が戦術モニターに目を向けた瞬間、メインスクリーンを覆っていた絶対の漆黒が、暴力的なまでの白昼の光に塗り替えられた。


宇宙空間を漂っていた数百万キロメートルに及ぶプラズマガス帯が、星晶の起爆による連鎖反応で「大火災」を起こしたのだ。


「外部装甲温度、急上昇! 表面温度が3,000度を突破しました! 熱源偽装システム、完全に焼き切れました!」


操舵長が絶叫する。


「馬鹿な……」


リネアの灰色の瞳が、驚愕に見開かれた。


「自分の艦隊ごと星雲を焼き払うだと? 被害担当艦すら設定せず、自軍の生存確率を度外視したただの放火テロルではないか。……狂っている。これが軍人の、いや人間の指揮か!」


彼女の「絶対の計算式」には、指揮官が自軍の損害を完全に無視するという非合理バグは入力されていなかった。


隠れ蓑であった暗黒星雲は、今や燃え盛る恒星の内部のような地獄のオーブンと化していた。


安い代替燃料による「低熱源」という最大のアドバンテージは、周囲の異常な高温によって完全に無効化された。赤裸々に剥き出しとなったリネアの艦隊群が、モニター上に次々と「捕捉」の赤いターゲットマークを点灯させていく。


『――チェックメイトだ、ローゼンバーグ少佐』


ノイズの向こうから、アレクセイの歓喜に震える声が響いた。


モニターの向こう側、燃え盛る炎の海を突き破り、装甲をドロドロに溶かしながらも狂ったような速度で突進してくる『黒鳥』の群れ。彼らは自らの命と引き換えに、ついにリネアの喉元へと牙を届かせたのだ。


「敵艦隊、全兵装のロックオンを本艦に集中! 回避不能! シールド出力、熱量に耐えきれず低下しています!」


ガルムの艦体が、激しい衝撃に大きく揺れる。


火花が散り、コンソールが次々と爆発する艦橋で、乗組員たちはついに死を覚悟した。


「……少佐」


副官が、絶望の混じった声でリネアを見る。


しかし。


紅蓮の炎に照らされたリネアの横顔は、恐怖に歪んではいなかった。


その冷たい灰色の瞳は、この文字通りの「炎上状態」にあってもなお、自らの血肉すら計算の歯車に組み込むかのように、恐るべき速度で次なる『解』を弾き出そうとしていた。


「泣き言を言う暇があるなら、代替燃料のメインタンクの圧力を限界まで高めろ。……狂犬が火遊びを好むなら、極上のガソリンをぶちまけてやる」


圧倒的な狂気と質量が迫る中、合理の化け物はまだ、死んでいなかった。

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