第6章:黄金の天秤と第三のプレイヤー
「雷鳴の回廊」での激戦から二週間後。
銀河の辺境、どの国家の領域にも属さない巨大な人工重力リング群――中立商業星系機構、通称『カルテル』の総本部。
カジノと闇市場の極彩色ネオンが不夜城のごとく輝くその中心部、最上階のペントハウスで、カルテルの最高幹部であるマダム・シャオは、紫煙をくゆらせながらホログラム・モニターを見つめていた。
「素晴らしいわ。帝国の『亡霊』と連盟の『狂犬』。二人の天才が潰し合ってくれたおかげで、両陣営の主力艦隊は深刻な物資不足に陥っている」
豪奢なシルクのドレスに身を包んだシャオは、妖艶な笑みを浮かべてワイングラスを傾けた。
「戦争は最高のビジネスよ。ただし、どちらかが圧倒的に勝ってしまっては市場が独占されてしまう。双方が血を流し続け、我々から高値で兵器と資源を買い続ける『永遠の膠着状態』こそが、最も美しい利益を生むの」
彼女の背後に控えるサイボーグの秘書が、無機質な声で報告する。
「マダム。計画通り、帝国と連盟の両国に対する『星晶』の輸出関税を300%引き上げ、採掘惑星エルドラドを我がカルテルの私兵艦隊で封鎖しました」
「上出来ね。これで帝国も連盟も、艦隊の再建は不可能になった。……さあ、餌を撒きなさい。二匹の飢えた獣を、同じ檻の中へ」
神聖ヴァレリア帝国軍、第11独立機動艦隊旗艦『ガルム』。
艦長室で報告を受けたリネアは、手元の端末に表示された赤字のグラフを見て舌打ちをした。
「星晶の関税が300%増しだと? ふざけるな、これでは第3、第4小隊の欠員を補充するための新造艦すら買えん。カルテルの守銭奴どもめ、足元を見やがって」
「少佐。ユリウス大佐より暗号通信です。……カルテルから『特使』として、少佐をご指名で招待状が届いていると」
ホログラム通信に映し出されたユリウスは、珍しく険しい表情を浮かべていた。
『リネア。マダム・シャオが、採掘惑星エルドラドの独占採掘権を懸けた「オークション」を主催するそうだ。会場は中立星域の巨大カジノステーション。各国の全権特使として、君に行ってほしい』
「お断りします。私は軍人であって外交官ではない。それに、どうせ連盟側にも声をかけているのでしょう? 罠の匂いしかしない」
リネアは即座に却下した。非合理的なリスクは冒さないのが彼女の鉄則だ。
『断れない理由がある。カルテルは、君が向かわなければ独占権を無条件で連盟に売却すると脅してきている。それに……連盟側の特使は、アレクセイ・イワノフ少将らしい』
その名を聞いた瞬間、リネアの灰色の瞳に冷たい光が宿った。
計算外の被害をもたらした、あの狂犬。
「……なるほど。あの女狐、私たちを競り合わせることで、オークションの落札価格を吊り上げる気ですね。実に合理的なクソ野郎だ」
リネアは冷たく笑った。
「大佐。予算の全権限を私に委譲してください。必ずエルドラドの権利をもぎ取ってきます。……最悪、オークション会場ごと『物理的に』吹き飛ばすことになっても」
同じ頃、汎銀河共和連盟・星系首都テミス。
アレクセイ・イワノフ少将もまた、同じ招待状を手にしていた。
「司令、危険すぎます! カルテルのカジノステーションは無法地帯。暗殺の危険も……」
「行くしかないだろう。星晶がなければ、我が『黒鳥』級の特殊機関は動かせない」
アレクセイは琥珀色の瞳を細め、招待状に記された帝国の特使の名前――リネア・フォン・ローゼンバーグの文字を指でなぞった。
「それに、これはまたとない好機だ。モニター越しの戦術データではなく、直接あの『合理主義の化け物』の目を見て、その底を測ることができる。彼女の数式を崩すための、最大のヒントがそこにあるはずだ」
アレクセイは立ち上がり、軍服の襟を正した。
「手配を頼む。武器は持ち込めないだろうが、私の頭脳は誰にも奪えんよ」
かくして、血で血を洗う星間の戦場から一転、欲望と陰謀が渦巻く巨大カジノステーションを舞台に、冷徹な合理主義者と狂気を孕んだ天才、そして二人を手のひらで転がそうとする資本の怪物の、三つ巴の心理戦が幕を開けようとしていた。




