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第4章:民主主義の算盤と反撃の狼煙

汎銀河共和連盟・星系首都テミス。


最高評議会の大議事堂は、帝国のそれのような豪奢な装飾は一切ない。その代わり、冷たいチタン合金の壁面には無数のホログラムパネルが浮かび、リアルタイムの株価、資源の市場価格、そして与党の支持率を示すグラフが秒単位で乱高下していた。


議場の中央に立つアレクセイ・イワノフ少将に向けられる視線は、帝国の老将たちがリネアに向けた「軽蔑」とは異なる。それは、不良債権を見つめるような「冷徹な計算」の目だった。


「イワノフ少将。統合戦術AI『ミネルヴァ』の予測では、我が第5機動艦隊の勝率は98.7%でした。にもかかわらず、一発の砲火も交えることなく補給物資の7割を喪失。ヘリウム3燃料と希少金属の損失額は、国家予算の3%に達します」


恰幅の良い軍産複合体出身の国防委員長が、手元の端末を見ながら無機質に告げた。


「次の選挙まであと半年なのです。市民と株主は、この『無様な大損害』に対する合理的な説明を求めています」


アレクセイは静かに息を吸い込み、軍人としての毅然たる態度で答えた。


「委員長。統合戦術AIが弾き出したのは、あくまで『正規戦』における確率です。敵の指揮官――リネア・フォン・ローゼンバーグは、戦争のルールそのものを無視しました。彼女は我が艦隊の撃滅ではなく、経済的損失と経戦能力の破壊のみを目的とした局地的なテロルを仕掛けてきたのです」


「言い訳は不要です、少将。AIの予測を上回る『バグ』が出現したというのなら、我々はそのバグを速やかにデバッグしなければならない。あなたの美しい艦隊機動は、もはや旧時代の遺物だという声すら上がっていますよ」


屈辱に、アレクセイの奥歯が鳴った。


彼が追求してきた「芸術的で無駄のない勝利」は、連盟の市民にとってはただの「見栄えの良いエンターテインメント」に過ぎず、政治家にとっては「支持率を稼ぐためのツール」でしかなかったのだ。


だが、アレクセイはただの温室育ちの秀才ではない。一度の敗北から学び、自己をアップデートできることこそが彼の真の天才性だった。


「……おっしゃる通りです。私の戦術は、論理的すぎて予測が容易だった。故に、敵にハッキングされた」


アレクセイは琥珀色の瞳に、かつてないほど暗く鋭い光を宿して議長席を見据えた。


「提案があります。予測不能の『バグ』を狩るためには、AIの教義ドクトリンから完全に逸脱した独立部隊が必要です」


議場がざわめく。アレクセイは構わず言葉を続けた。


「現在、第4造船廠でテスト中の次世代型ステルス駆逐艦『黒鳥ブラック・スワン』級。大艦巨砲の時代に逆行するあの紙装甲の欠陥艦を、私に300隻お預けください。そして、戦術AIへの接続義務を免除していただきたい」


「馬鹿な! 人間の勘だけで動くなど、それこそ非効率の極みだ!」


「非効率の極みにこそ、彼女の死角があります」


アレクセイは断言した。


「彼女は合理的すぎる。いかに効率よく敵を殺し、自軍を生かすかしか考えていない。ならば、その『合理性の計算式』の中に、狂気を孕んだ不確定要素を放り込めばいい。私が自ら猟犬となり、あの銀髪の魔女の喉首を喰い破ってみせます。……次の選挙までに、帝国の英雄の首という最高の配当をお約束しましょう」


政治家たちは「選挙」と「配当」という言葉に顔を見合わせ、やがて渋々ながらも承認のランプを点灯させた。


一時間後、議事堂のバルコニー。


アレクセイは冷たい人工の風を浴びながら、宇宙の彼方――リネアがいるであろう帝国の宙域を睨んでいた。


「司令。よろしいのですか? 『黒鳥』級は被弾=死を意味する棺桶です。あなたの美学に反する戦い方になりますが……」


心配そうに尋ねる副官に対し、アレクセイは自嘲気味に笑った。


「美学など、あの小惑星帯に置いてきたよ。彼女が私に教えてくれたんだ。戦争とは芸術ではなく、血泥にまみれた算盤弾きだと」


アレクセイの手は、手すりを軋むほどに強く握りしめられていた。


「待っていろ、ローゼンバーグ少佐。君のその冷え切った論理の城に、泥水をぶちまけてやる。君が最も嫌悪する『非合理的で執念深い死』をプレゼントしよう」


論理の極致を行く帝国の異端児と、芸術を捨て修羅となった連盟の天才。


相反するベクトルを持った二つの才能が、再び星の海で激突する日は、そう遠くはなかった。

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