第14章:帝都の毒杯とクーデターのROI
神聖ヴァレリア帝国の首都星・オラトリオ。
その中心にそびえ立つ白亜の軍令部本部・特別査問室は、息が詰まるような重厚な沈黙に包まれていた。
「ローゼンバーグ少佐。貴官はまたしても我が帝国の『名誉ある陣形』を無視し、あまつさえ貴重な配給燃料を宇宙空間に投棄して敵を巻き込むという、野蛮極まりない暴挙に出た!」
分厚いマホガニーの机を脂肪だらけの拳で叩きつけるのは、第8艦隊最高司令官のフォン・ブラウン大将だ。
その顔は怒りに満ちているように見せて、実際には自身の地位を脅かす若き天才を排除できる喜びに醜く歪んでいた。
彼の背後には、黒い軍服に身を包んだ完全武装の軍警察兵士たちが二十名ほど立ち並び、リネアの背中に一斉にブラスターの銃口を向けている。彼女が少しでも抵抗の素振りを見せれば、即座にハチの巣にする構えだ。
「黒曜石の宙域での勝利は、あくまで偶然の産物に過ぎん。貴官の非騎士道的な振る舞いは、神聖なる帝国宇宙軍の顔に泥を塗った。もはやユリウス大佐の庇護もこれまでだ! 貴官の艦隊指揮権を直ちに剥奪し、国家反逆罪にてこの場で銃殺刑に処す!」
死刑宣告が下された。
しかし、銃口の森のど真ん中に立つリネア・フォン・ローゼンバーグ少佐の顔には、恐怖はおろか、一滴の汗すら浮かんでいなかった。
彼女は氷のように冷たい灰色の瞳でブラウン大将を見据え、手元の小型演算端末を静かに操作し続けている。
「……大将閣下。ご自身の『投資利益率(ROI)』を計算されたことはありますか?」
「何だと?」
ブラウン大将が眉をひそめる。
「あなたの年間報酬、横領している軍需物資のブラックマーケットでの売却益、そしてあなたの無能な指揮によって喪失した艦艇と兵員の育成コスト。それらを総合的に計算した結果、あなたの存在は帝国という国家法人に対して、年間約1,500億クレジットの『赤字』を生み出しています」
リネアは端末を閉じ、無機質な声で結論を告げた。
「極めて非合理的だ。あなたのような不良債権に、これ以上帝国の予算と兵士の命を浪費させることは、国家運営において致命的な損失と言わざるを得ない」
「き、貴様ッ! 狂ったか! 撃て! その女を今すぐ肉塊に変えろ!」
大将が絶叫し、軍警察がブラスターの引き金に指をかけた。
――その瞬間、査問室の堅牢なチタン製の扉が、外側からの指向性爆薬によって木っ端微塵に吹き飛ばされた。
「な、何事だ!?」
もうもうと立ち込める硝煙を突き破り、室内へ雪崩れ込んできたのは、皇帝直属の近衛兵に匹敵する重武装を施された精鋭特殊部隊だった。
彼らは瞬く間に室内に展開すると、無力な軍警察の兵士たちを制圧し、ブラウン大将の眉間にレーザーポインターの赤い光を無数に照射した。
その精鋭たちの中心を、一人の青年将校が優雅な足取りで歩いてくる。
プラチナブロンドの髪を揺らし、軍服の埃をハンカチで払いながら現れたのは、ユリウス・ハインリヒ大佐であった。
「反逆ではありませんよ、大将。これは帝国の未来のための『腐敗した患部の外科手術』です。……リネア、待たせたな。計算通り、軍令部本部の通信網と第1から第4格納庫は、すでに我が派閥の制圧下にある」
「ユ、ユリウス大佐! 貴様、実家である侯爵家の権威を盾に軍令部を乗っ取る気か! これは明らかなクーデターだぞ!」
床に這いつくばったブラウン大将が、豚のように脂汗を流しながら悲鳴を上げる。
「ええ、その通りです」
ユリウスは美しく微笑み、大将の頭に銃口を突きつけた。
「この帝国は、あなた方のような寄生虫に血を吸われすぎた。私はこの国を、最も効率的で強靭な戦争機構に作り変える。そのための大掃除(粛清)の第一歩ですよ」
リネアは倒れた軍警察の兵士を跨ぎ、ユリウスの隣へと並び立った。
「ご苦労様です、大佐。帝都オラトリオの防衛システムと、軌道上の防空衛星のコントロールは、すでに私の手元で掌握・ロックしました。彼らが外部の近衛艦隊に援軍を要請する確率はゼロです」
「素晴らしい手際だ、私の冷徹なメスよ。残る不確定要素は、元老院に立て籠もっている保守派の老貴族どもだけだな」
「ええ。彼らの私兵部隊との市街戦に発展する確率は92%。弾薬の消費と民間人の犠牲を最小限に抑えるため、包囲網を敷いてライフラインを絶つ『兵糧攻め』を提案します」
リネアは感情の一切こもらない目で、眼下に広がる豪奢な帝都の夜景を見下ろした。
そこではすでに、ユリウスの反乱部隊と正規軍の交戦による閃光が、華やかなネオンを切り裂くように上がり始めていた。
「さあ、大佐。合理的な『掃除』の時間です。不良債権どもを血の海に沈め、この国の帳簿を黒字化させましょう」
泥沼の星間戦争の裏側で、神聖ヴァレリア帝国の歴史を永遠に変える、凄惨なクーデターの夜が幕を開けた。




