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第13章:黒狼(フェンリル)の産声

汎銀河共和連盟の主要補給動脈である第8セクター。


恒星の光すら届かないこの辺境宙域を、連盟の最新鋭護衛艦『イージス』級5隻に守られた巨大な物資輸送船団が、幾何学的に完璧な陣形を組んで航行していた。


彼らのコンソールには、統合戦術AI『ミネルヴァ』が弾き出した「安全確率99.9%」の緑色の文字が輝いている。


この宙域に帝国軍の熱源はなく、小規模な海賊船団が近づいたとしても、イージス級の張る強固な重力シールドの前に手も足も出ないはずだった。連盟の兵士たちは自動航行システムに船を任せ、退屈そうにあくびを噛み殺していた。


しかし、その「絶対の数式」は、自らが放逐した一人の天才によって無惨に書き換えられようとしていた。


『――空間跳躍ワープアウト反応! 距離わずか300! 暗礁宙域のデブリ帯から、所属不明の艦影多数!』


突如としてレーダー手が金切り声を上げた。


防衛AIが警告音を鳴らすよりも早く、漆黒の宇宙空間から飛び出してきたのは、各所の装甲が剥がれ落ち、辛うじてエンジンの推進力だけで飛んでいるような20隻の「旧式武装スクラップ艦」の群れだった。


船体には無骨なスプレーで、血に飢えた狼の紋章――『フェンリル』のマークが描かれている。


「なんだあのポンコツの群れは! 海賊か!? しかし、跳躍直後のあの速度と密集陣形は異常だ! AIの予測軌道を完全に無視している!」


護衛艦の艦長が絶叫する。通常、海賊の寄せ集め艦隊がこれほど統制の取れた機動を行えば、互いに衝突して自滅するのがオチである。しかし、そのスクラップの群れは、まるで目に見えない一本の糸で操られているかのように、流麗かつ変態的な軌道を描いて連盟の護衛艦隊の死角へと滑り込んできた。


タータラスの海賊船の薄暗く悪臭の漂うブリッジで、アレクセイ・イワノフは、粗末なパイプ椅子に脚を組んで深く腰掛けていた。


彼は奪い取ったタブレット端末を指先でなぞりながら、優雅にコーヒーの入ったマグカップを傾ける。


「驚くことはないさ、連盟の諸君。君たちの戦術AIの『最適解』は、私が少将時代に基礎アルゴリズムを設計したものだ。君たちが右に避けるか、左にシールドを張るか、私には痛いほどよく分かる」


アレクセイの背後では、荒くれ者の海賊たちが信じられないものを見るような目で彼を見下ろしていた。


彼らはただ、アレクセイが端末から送ってくる『タイミング』と『座標』に合わせてスラスターを吹かしているだけなのだ。それだけで、無敵の連盟艦隊がまるで止まっている的のように見えた。


「主砲、エネルギー充填。目標は敵護衛艦の左舷エンジンブロック。……連盟のシールド発生器は、位相を切り替える瞬間に0.03秒だけ、座標X:44、Y:12の位置に極小の『穴』ができる。そこを撃ち抜け」


「で、できるかよそんな神業! こちとら旧式の手動照準器だぞ!」


海賊の砲術長が唾を飛ばす。


「できるさ。私が『今だ』と言った瞬間にトリガーを引け。考えなくていい、ただ私の手足になれ。……三、二、一。今だ」


海賊が半ばヤケクソでトリガーを引いた瞬間、旧式艦から放たれた貧弱なレーザー光線は、連盟の最新鋭護衛艦が展開する巨大なシールドの表面を、まるで針の穴を通すようにすり抜けた。


真空の宇宙で、閃光が弾ける。


連盟の護衛艦のエンジンブロックがピンポイントで貫かれ、連鎖的な小爆発を起こして一瞬で機能を停止した。


「ば、馬鹿な……! 我が軍のイージスシールドが、あんなジャンク品のレーザーで抜かれただと!?」


連盟の艦長が絶望の声を上げる中、アレクセイの指揮する『黒狼』の群れは、一切の無駄のない機動で次々と護衛艦の弱点を突き、その手足を無力化していった。


わずか10分。一人の死者も出すことなく、連盟の輸送船団は完全に制圧された。


「す、すげえ……!! 本当に一発で沈めやがった!」


「将軍様! あんたマジで魔法使いかよ!」


歓喜に沸き立つ海賊たちを背に、アレクセイは静かに立ち上がった。


「略奪の開始だ。水、食料、そして何より『星晶スター・クォーツ』の予備カートリッジを根こそぎ奪え。命まで奪う必要はない。彼らには生きて本国へ帰り、私の名と恐怖を宣伝してもらわねばならないからな」


アレクセイはブリッジのメインスクリーンに映る、無惨に機能停止したかつての味方たちの姿を冷酷に見つめた。


「さあ、見ているかローゼンバーグ少佐。私の新しい牙は、君が教えてくれた『泥水』の味を完璧に覚えたぞ。綺麗事を捨て、君と同じ泥沼まで降りていった狂犬がどれほどの力を持つか……その絶対の数式ロジックを噛み砕くまで、私は決して止まらない」


連盟の暗部から、民主主義の喉首を喰い破る第三勢力『フェンリル』が、凶星のように産声を上げた瞬間であった。

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