ネバーランド
小さい頃、私はネバーランドに行くことができた。
それは部屋のタンスの中やベットの下、公園の木の上や教室のロッカーの中からでも、いろんな場所から行くことが出来た。
私は毎日のようにネバーランドに行っていた。正確に言えば、意識せずともそこへ向かっていた。
そこでは、望むことは何でもできた。空を飛んで、鳥たちと話すことも、海を歩く事もできた。
なりたいものにはなんだってなれた。人魚にでも妖精にでも、犬にだって鳥にだってなれた。
望めば何だってできた。
いつからか、私の前にネバーランドは現れなくなっていた。
大人になってからも、たまに思い出すと部屋のタンスを開けたり、ベットの下を覗いてみたりした。やっぱりネバーランドはどこにもなくて、気づけば、そんな事は当たり前のことなんだと思うようになった。ネバーランドなんてものはただの妄想で、この世のどこにもないものなんだと。そうして私は、ネバーランドを望む事も無くなった。
ある日の帰り道、一人で路上ライブをやっている20代くらいの若者がいた。必死な顔で、叫ぶように声を出して歌っていた。彼の前に立ち止まっている人は誰もいなかった。それどころか通り過ぎる人々の中には、睨みつける人、指をさして笑う人もいた。
いつもの私なら、路上ライブで立ち止まることはなかった。いつもなら、そのようなものを見ているとなんだか気恥しさを感じた。けれどその日は何か違った。彼の顔から目を離す事が出来なかった。足が止まっていた。
歌い終えた彼は私の前に近づいて、「いつか絶対売れて見せます。今日、聴いてくれたあなたの事絶対に忘れません。本当にありがとうございました。」掠れているけど、力のこもった声で私にそう言った。
私はあの時、確かに見た。彼の瞳に映るネバーランドを。




