くたばる狐亭にて 後編
朝――。
くたばる狐亭の裏手にある、崩れかけた薪小屋で、レミィはひとりバットを振っていた。無数の素振りが、まだ湿った地面に円を描く。
「レミィ……朝から?」
ミナが湯気の立つスープを持ってやってきた。雑に刻んだ根菜に、狐亭特製の辛い肉団子が浮かんでいる。
「うまそう」
「先に体の燃料入れてから動けって、何度言えば……」
ミナはふと、レミィが振るバットの刃のような鋭さに目を細めた。
「バットって……武器なんだね」
「いや、道具だよ。でも、戦うために使えば武器になる」
「じゃあ、整備士のスパナも……?」
「たぶん、戦えるな。お前の投げスパナ、魔獣の目に命中してたし」
「ふふっ……」
ミナが笑う。けれどその背中には、今まで見せたことのない決意の色があった。
「わたし、鉄機を捨てるわけじゃない。あれを直す道は諦めない。でも――今はそれがないなら、手にあるもので戦う。スパナでも、フォークでも」
「じゃあ俺は……」
レミィがスープを飲み干す。
「バットに、釘でも打ち込むかな。最強の木製武器を目指すよ」
**
その夜。
グリマルドもついに二人に計画を打ち明けた。
「トボルクは、ただの暴力魔術師ではない。“魔力補給線”そのものを支配している」
「えっ……」ミナがスプーンを落とした。
「奴は、地下の魔導鉱脈を使って周囲一帯の魔力流通をコントロールしている。だから、あの台座も浮かぶし、魔獣の出現頻度も操作できる」
「じゃあ……奴を倒せば、全部止まるってこと?」
「逆だ。奴を倒すには、先に“補給線”を断たねばならん。でなければ、何度倒しても蘇る」
レミィが低く唸った。
「……やっぱり、“補給”が肝なんだな」
「この宿の下にも、補給路の一部が通っている。次は、その調査だ」
静かに、ふたたび戦の火種が灯る。