トボルク、殴打モード
「――バカな……なぜ鉄なしで生き延びた……?」
大穴の上空、濁った霧の裂け目に浮かぶ漆黒の浮遊台座。その上に立つのは、禍々しき魔力をまとった巨躯の男、オウガメイジ・トボルクである。
彼は密かに一部始終を見ていた。
レミィの世界樹バットによる三首魔獣の討伐を。
鉄機という文明の象徴を失いながら、それでもなお戦う意志を燃やす者たちの姿を――。
「……面白い。ならばその希望、ここで打ち砕いてやろう」
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一方、地上。戦いを終えたレミィとグリマルドは、小川のほとりでミナの容態を確認していた。
「目を覚ましそうだ……!」
グリマルドが癒しの符を額にかざすと、ミナの睫毛が震えた。
「ん……なに、この……匂い……油臭くない……?」
「そりゃ鉄機が壊れたからな。いまはバットで殴って生きてる」
「……へっ?」
レミィが苦笑する。
「説明は後回しだ。今はとにかく生きてる、それが大事だろ?」
「……うん」
そのとき、空が呻いた。
ズオオォォォ……ン
まるで天地を引き裂くかのような轟音とともに、浮遊台座が空から落ちてきた。否――それはゆっくりと地上に向かって降下してくる、“敵の玉座”だった。
「出たな……!」
「こっちも準備はできてる。バットな!」
レミィが笑い、バットを構える。
しかし、その瞬間――空気が震えた。
トボルクが魔力を凝縮し、一条の“紅蓮”を撃ち込んできたのだ!
「ミナ、伏せろッ!」
グリマルドの魔法防御が間に合う。だが衝撃波で吹き飛ばされ、レミィは地面に転がった。
立ち上がったトボルクは、不敵に笑っていた。
「鉄を捨て、木で抗うか……ならば私も応じよう。“魔法を捨て、拳で殴ってやろう”」
「な……!?」
巨大な魔力をまとうはずのトボルクが、己の体から呪力を解き、両腕をぶんぶん回し始めた。
オーガメイジ、武闘モード。
「来い、小僧ども。殴り合おうじゃないか」
いま、真の“殴打の章”が幕を開けた。