43_ファーストダンス
「叙任式はこれにて終了致します。この後大広間へ移動していただきまして、夕刻より夜会を開催いたしますので皆様ご承知おき下さい。
チェリーナ・エンハンス様は、そのままこちらでお待ちください。」
宰相の告げる言葉に謁見の間に揃っていた貴族はざわつき明らかに動揺している。
その中には様々な貴族たちの殺気が大商問わずありありとよくわかる。
このような厳格な式のあと、一人残るという事は明らかに何かあるとわかり切っている。
・・・例にもれず第2皇子も物凄い形相で宰相を睨みつけた後、こちらを妖し気にじっと見つめてくる。
(――――怖いっ!!)
第2皇子の眼光は鋭く、チェリーナは蛇に睨まれたカエルのように委縮してしまう。
視線を逸らし俯いても、向こうの視線は痛いほど感じるし、誰に向けているのかもわからない第2皇子の殺気が痛いほどに伝わってくる。
しかし、すっと第2皇子の視線が途切たのを感じて前を見ると、ヴィンセントの背中がチェリーナと第2皇子との視線を遮っていた。
叙任されたばかりのヴィンセントが、婚約者でもないチェリーナに堂々と声をかけられるわけがなくとも、明らかに第2皇子から守ろうとしてくれているのはよくわかる。
チェリーナの心は早鐘を打ちヴィンセントを想う気持ちでいっぱいに満たされていく。
『チェリーナ。お前の事は俺が守るから。』
優しく甘い声音がチェリーナの頭に響き渡る。
チェリーナは嬉しそうにこくりと頷いたのだった。
「チェリーナ様こちらへお越しください。」
宰相の声にハッと気が付き言われるままに歩みを進めると、玉座に座る皇帝陛下はにこりと微笑んだ。
謁見の間には皇帝陛下、宰相、皇太子、ヴィンセント、チェリーナの5人だけが残り、チェリーナは恭しく頭を垂れた後跪こうとした時、皇帝から静止の声がかかった。
「跪く必要などない。魔法使いよ。」
なんのためらいもなく皇帝はチェリーナをそう呼んだ。
(――――バレている!!)
第2皇子に正体を知られたのだから、皇帝が知らない訳がないのだが、それでも不安は膨れ上がる一方だった。
「恐縮でございます。」
震える自身を奮い立たせ冷静に言葉を紡ぎだす。
「そなたと話すのは初めてではあるが、功績は全てこちらで報告は受けている。
帝国の為に尽力してくれていることに心から感謝している。」
(感謝?!)
信じられない言葉に、チェリーナは皇帝を思わず不躾に見つめてしまう。
「そう驚かずとも良い。そもそも魔法使いは女神の祝福。帝国の皇帝であろうとも、そなたをわが物のように扱ってよい権限などないのだ。
むしろ危険を顧みず、討伐や貴石の販売、慈善事業に貢献してくれていたことに感謝せねばならぬ。」
皇帝の言葉は民の言葉なのだろうか。はっきりと断言する物言いはサバサバとしていて冷たく感じられもするが、帝国を心から想う気持ちはしっかりと伝わってくる。
―――もしかしたら見た目以上に皇帝陛下は帝国を愛しているのかもしれない。
チェリーナは殺気を感じられない皇帝に無意識に国に対する愛情を感じ取っていた。
「もしや私をお呼びになったのは感謝の気持ちを伝えて下さるためだったのでしょうか?」
チェリーナは遠慮することなく皇帝に疑問を投げかけることにする。
「それもあるが、頼みたいことがあってな。」
「頼みたいことですか?」
皇帝は穏やかな表情のまま返事を返してくれている。
「今から行われるヴィンセントの披露目の夜会で、ヴィンセントにそなたをエスコートさせてもらえぬだろうか?」
「エスコート・・ですか?」
チェリーナは突然の皇帝からの頼みにドキリと鼓動が跳ねる。
まさかの思ってもいなかった言葉に、本当に一緒にヴィンセントと夜会に参加できるのかと期待してしまう。
「――私からも頼みたい。是非貴女をエスコートさせていただけないだろうか。」
横に立っていたヴィンセントは真剣な眼差しでチェリーナに乞う。
「わ・・私でよろしければ喜んでお受けいたします。」
皇帝や皇太子の前で誘われて真っ赤に染まった頬を隠すこともできず、何とか返事を返すチェリーナを、ヴィンセントは蕩けそうな微笑みを浮かべて喜んでくれたのだった。
エスコートされて移動する間、皇帝や皇太子と共に移動していた為、声を発することはできなかったが、ずっとヴィンセントは念話で愛を囁き続けてくれていた。
その言葉がきゅんとチェリーナの胸を締め付け続け、思わずエスコートしてくれていたヴィンセントの手をきゅっと握ってしまう。
くすりと微笑むヴィンセントを見つめ続けることなどできず思わず視線を逸らすが、ヴィンセントは周りに悟られないようにくいっと顎を彼の指で向き直されるのだった。
夜会会場に入場すると、一気にヴィンセントに注目が集まる。
帝国騎士団統括の任にヴィンセント・ヨーゲンバレンが就任した知らせは直ぐに帝国へ知らせる運びとなっており、夜会に参加している貴族たちは当然周知している。
【無能皇子】と呼ばれていたヴィンセントは、夜空を纏ったような濃紺と金糸の美しい刺繍の正装に身を包んでいる。
所どころに装飾された金糸の刺繍は、まるで星空のように美しい。蔦模様の柄すらもヴィンセントの高貴さを際立たせているように感じる。淡いゴールドのマントは星屑を纏っているかのうようだ。留め具等は淡いグリーンの宝石で彩られている。もしかしなくてもチェリーナの瞳を思い起こさせる。
貴族たちからはいくつもの殺気も感じられる。恐らく妬みや嫉妬などもあるのだろう。
いつ爆発するかもわからないような殺気は今のところ第2皇子からしか感じられない。
それにしても遠くで顔もよく認識できないのに、殺気だけはありえない程に主張されている。
チェリーナは皇宮から昨日届いたドレスに着替え、夜会に参加している。
本当は一度邸に戻り着替えてから再度登城するつもりだったが、謁見が長引いてしまった為、短時間ではあったが皇宮から侍女を借りて着替えを手伝ってもらえたのだ。
柔らかい灯のような色合いのドレスはベアトップの胸元にふわっとした淡いゴールドの薄い生地で結ばれた大きなリボンが飾られ、その中央には豪華な宝石のブローチが留められている。
ウェスト切り返しからは幾重にも重なったフリルと金糸の刺繍レースがプリンセンスラインを美しく魅せている。
グローブと揃いの刺繍のチョーカーは光沢感のある純白でペンダントトップは炎を閉じ込めたような色味の宝石で彩られていて、ヴィンセントの瞳を思い起こさせる。
ヘアセットは普段編まれた髪に宝石が散りばめられ美しく輝いていた。
皇帝からヴィンセントの紹介がされた後、ヴィンセントとチェリーナはファーストダンスを踊る。
ヴィンセントはチェリーナをスマートにエスコートしてダンスフロア中央へ歩み出る。
優雅な楽団の美しい音色に合わせ、ヴィンセントは初めて一緒に踊ったとは思えない程息ぴったりにチェリーナをリードしていく。
「ヴィンセント・・ダンスも得意だったの?」
まるでオーウェンと踊っている時のように蝶が舞うようにステップを踏むことができるのは、間違いなくヴィンセントのリードのお陰であった。
「俺は何でもいざというときのために独学で学んでいたからな。」
「・・独学でこんなスマートに踊れるものなの?!一回は誰かと踊ったりはしているのでしょう?」
独学という言葉にチェリーナは思わず疑ってしまう。
「チェリーナと踊ったのが初めてだな。まさか踊る日が来るとさえ思っていなかったからな。
つい先日まで平民だったのにそんな予想するわけないだろ?
ただ、俺も兄上と同じ血を引いていたってことだな。
兄上は一度見れば大抵のことは直ぐにできるようになってしまうんだ。俺も何度か独学で学べばできるようになっていたからな。」
「なにそのチートな能力・・・」
チェリーナは思わず苦笑いしてしまう。
「――あはは。敢えて馬鹿に見えるように、皆の前では人から学ばないようにしていたんだけど、独学でできちゃうくらいだからこの血には存外助けられてきたよ。」
大したことでもないように言っているが、平民だと思っていたヴィンセントが何故あんなに強くて賢かったのか、チェリーナは少しだけわかった気がした。
夜会では皇帝の命により思っていた以上に他の貴族はチェリーナに近づけないように様々なガードが張られていたらしい。例にもれず、第2皇子も全くこちらには近づけないようだった。
しかし、第2皇子の殺気が更に強まりチェリーナは怖くて仕方ない。
更に、この大広間に集まっている貴族のほとんどが野心が強いのか、ひっそりと殺気を漂わせている者の多い事多い事・・・
殺気を感じ取るだけでチェリーナは疲れが溜まっていくのを感じていた。
(社交界ってやっぱり恐いところだわ・・)
チェリーナは改めて貴族の醜い心を痛感してしまったのだった。




