41_告げられる想い
「――――です。ヴィンセントの件ご承諾いただけますでしょうか?」
広い謁見室で恭しく膝をついて頭を垂れ発言する皇太子を皇帝はじっと眺めていた。
「お前はそれでよいのか?」
「なんのことかわかりかねます。」
白々しく白を切る皇太子に、皇帝はふんと鼻を鳴らし追及する。
「何故魔法使いを弟に譲るのだ?お前が娶ってしまえばよかろう?」
「私は約束を致しました。ヴィンセント・ヨーゲンバレンが試練を乗り越えた暁には魔法使いとの婚姻を譲ると。反故には致しません。いかに皇帝陛下であってもご承諾いただきたいのです。」
頭を上げ皇帝陛下を見つめる皇太子の眼差しには覆ることのない強い意思が籠っていた。
「ははは。お前が好きなようにするがよい。ヴィンセントもまさか騎士団長たちを倒すほど実力を隠しておったとは。全く【無能皇子】など仮初の姿に騙されたものよ。
帝国の剣と魔法使いとはこの帝国も安泰だな。」
「―――しかし皇帝陛下。一つご英断いただくこととなるでしょう。」
ぎらりとした眼差しを皇帝陛下にチラッと向けるとすぐに隠し微笑み告げる。
「今回帝国を揺るがす不届き者が皇族の中におります。証拠が得られ次第断罪する事となるでしょう。
すでにご存じかと思いますが、どうか同族を擁護なさることがないことを祈るばかりでございます。」
「――――わかり切ったことだ」
「私もそうであることを心から願っております。」
淡々と告げる言葉に皇帝陛下が一瞬の反応を示したことを皇太子は見逃さなかった。
(――早々に私が帝国を治めることにならないと良いが・・)
皇太子はどこまでも帝国の繁栄のために尽力を尽くしてきた。それを揺るがすものは例え肉親であろうが親友であろうが関係ない。
そのことに気づいているのだろうか。
皇帝陛下の笑いは直ぐにおさまり沈黙が謁見室に漂うのだった。
***
『チェリーナ。今夜会って話がしたいが会えるか?』
『ヴィンセント?勿論大丈夫よ!』
夕食を食べ終わり、1階の客室に部屋を用意してもらい寛いでいたチェリーナは突然のヴィンセントの声に思わず居住まいを正してしまう。
『良ければ夜、屋上で話さないか?待たせたくないから、着いたらまた連絡するよ。』
『わかったわ!それまで部屋でゆっくりしているわね。何時頃になりそう?』
『あと2時間は必要かな。後をつけられないように向かわないとならないからな。もしかしたら夜中になってしまうかもしれない。すまない。』
『私の方は大丈夫だから、無理せず来てね!待っているわ!』
離れてから数時間しかたっていないのに、恋人になったヴィンセントの言葉は甘くて優しくて溶けてしまいそうだった。
午後に2人で空で想いを伝えあったことも思い出し思わずにやけてしまう。
(――もしかしたら言えないって言っていた話をしてくれるのかな・・)
こんな夜中にわざわざ会いに来てくれるということは余程大切な話に違いない。
チェリーナはそう思えた。
銅像していたよりも遅くなってヴィンセントの到着の知らせを受け屋上に向かいドアを開けると、目の前には満点の星空の下、ヴィンセントが屋上のベンチに一人腰掛けていた。
「ヴィンセント!お待たせ!」
「チェリーナ!」
ヴィンセントは立ち上がるとこちらに駆け寄りぎゅっとチェリーナの体を抱きしめる。
「会いたかった。・・・たった数時間が何年もの時が経過したかのように長く感じた・・」
「――――私も。」
ヴィンセントの心から嬉しそうな微笑みに、きっと良いことがあったのだろうとチェリーナは感じ自分まで嬉しくなってしまう。
外で待っていたにも拘わらず、ヴィンセントの胸の中はほのかに爽やかな香りがする。
何時間も馬を駆け、きっと汗もかいたはずなのに不思議で仕方ない。
ヴィンセントの香りと温もりに包まれて夢見心地に浸かってしまう。
「チェリーナ。
俺。やっと話せるんだ。長くなるが聞いてもらえるだろうか?」
名残惜し気にも抱きしめた腕の力を緩めると、ベンチへ誘導し共に腰掛ける。
ヴィンセントはなんとヨーゲンバレン帝国の第3皇子だった。世間では、【無能皇子】と蔑まれ、もう何年も社交界にも公務にも参加していないと聞いたことがあった。
それがまさか後継者争いから逃れるための皇太子との約束だったとは・・。
「俺は急遽明日公の場で第3皇子としてではなく、帝国の剣として英国騎士団統括に叙任されることになっている。」
「帝国の剣?!統括?!す・・・すごいじゃないっ!!!」
「まぁすごいけど、俺は帝国の番犬になるってことだ。忠誠を誓い、兄上を皇帝にすると約束したからな。」
「・・・そうなのね・・・・でも誰もがなれるわけではない素晴らしい栄誉だわ。私は尊敬するわ。」
「ありがとう。チェリーナ。俺・・実はもう一つ兄上と約束していたんだ。」
ヴィンセントは立ち上がるとチェリーナの前に跪く。
「え??ヴィンセント?どうし――――。」
「チェリーナ・エンハンス嬢。どうか私の妻になってもらえないだろうか。」
真剣な面持ちでヴィンセントは懐から小箱を取り出し蓋を開け美しい指輪を差し出した。
「け・・結婚?!どうしてそんないきなり?!!」
チェリーナはあまりにも早急な求婚に頭がついてこない。
だって今日恋人になったばかりなのだ・・早すぎないだろうか?
「すまない。本当はもっと長い時間をかけて、恋人の時間を過ごしてから求婚したいとは思っていた。だが、ケヴィンは待ってはくれないだろう。
俺はあいつのイカれ具合を間近で見てきたからこそわかる。
きっとあいつはすぐに求婚状を送ってくるに違いない。
俺はチェリーナが隠し事をしている俺ですら受け入れてくれた気持ちを信じたいし、必ず一生愛し続ける。
例え断られても諦める事なんてできない。
俺を選んで欲しい!!」
「ヴィンセント・・・」
チェリーナはヴィンセントの想いはとても嬉しかった。しかし、第2皇子殿下のことで煽られて決めてしまって良いものなんだろうか。
その答えを早急に出す事が後で自分が後悔することにならないか不安がよぎる。
ヴィンセントは小箱をしまうと黙り込んでしまったチェリーナの両手を救い上げ、優しく自身の掌で包み込むと優しく微笑む。
「急にすまない。困らせるとわかっていてもあいつに先を越されたくなかった。
俺は求婚だってもうだいぶ前から決めていたことだったんだ。だから急ぎはしない。
チェリーナが考えたいのなら求婚状は送るが、返事を急がなくてもいい。
だけど俺は諦めない。チェリーナが帝国を人々を守りたいと思ってくれているから、兄上と約束を交わしたいと思ったんだ。もう俺の覚悟は決まってる。」
「ヴィンセント・・私・・好きよ?・・・ただ、今は頭の中がお花畑なの・・付き合えた喜びできっと冷静じゃない。そんな状況で大事なことを決めていいのか不安なの。」
チェリーナはか細い声音で頬を紅潮させ目を潤ませながらヴィンセントを見つめた。
「・・・そんなに喜んでくれているのか?」
チェリーナの言葉にヴィンセントの頬も真っ赤に染まっていく。
「うん。・・・すごく嬉しかったから。平民だろうと、皇子様だろうと変わらないよ。」
俯きがちになりながらも想いを言葉にするチェリーナにヴィンセントはどうしようもないくらい心がかき乱されていた。
自分の見目麗しさで平民でも声をかけてくる女の子は大勢いたが、それはあくまで一時のお遊びの感情であったり、もしくは奴隷のように自分の男妾にしようと考えるような貴族の令嬢や婦人ばかりだった。
純粋にヴィンセントに好意を持ってくれていたのはチェリーナやチェリーナの周りの人間位だ。
だから例えチェリーナが魔法使いではなかったとしても、自分は彼女に好意を持っていただろうと確信していた。
そんなチェリーナから嬉しい言葉を立て続けに告げられ平気でいられるわけがない。
「俺も好きだっ!・・・こんなに胸が苦しくなったり、オーウェンに嫉妬したり、兄上に立ち向かうなんて、チェリーナを好きにならなかったら絶対こんな感情知らなかった。」
ヴィンセントは立ち上がりベンチに腰掛けるとチェリーナを掻き抱く。
「チェリーナがいない人生なんて絶対考えられない。万が一結婚できなくても絶対離れない!俺がお前を守り続ける!」
耳元で囁かれるヴィンセントからの愛の囁きは、チェリーナの心をありえない程に揺さぶり続けていく。
心も体もヴィンセントに満たされて結婚をすぐにでも承諾したい気持ちにかられてしまう。
どくどくと鳴り響く胸の鼓動が、どちらのものかわからないほどに2人の熱い感情が溶け合ってぐちゃぐちゃに混ざり合ってしまいそうだった。
「好き・・・好きよヴィンセント。ちゃんと考えるから。
少しだけ冷静に判断できる時間を頂戴?」
「あぁ。待ってる。
――明後日、俺の叙任式が行われる。俺はこれから準備のために、また皇宮に戻らなきゃならない。
その前にどうしても自分の口から求婚したかったんだ。
チェリーナは明日オーウェンとエンハンス公爵邸へ戻って出席の準備をして欲しい。叙任式にも必ず招待するから。」
「わかったわ。明日お兄様にもヴィンセントの立場は誤解されないように話をするわ。」
ヴィンセントをぎゅっと抱きしめ返したまま返事を返す。
「あぁ。俺もちゃんと仲間たちには目の前で話をしたいと思っている。ただ驚かせてしまうと思うから、チェリーナから先に伝えておいてもらえたら助かる。
念話している余裕もないだろうしな・・・。」
「うん。こっちの事は気にしないで。落ち着いたら会いましょ?」
「あぁ。――――でも・・離れたくないな・・」
「・・・・・うん・・・でも待ってるから。」
2人は見つめあうとあわせるだけの優しい口づけを交わす。
満天の星空の下、ほんの僅かな一時のお逢瀬を楽しむのだった。




