37_綻びと接触
―――ぴちゃんっ・・
薄暗い部屋の中には1つの燭台の蝋燭の明かりのみ。
冷たい石の壁に囲まれ、出入り口は鉄格子の扉のみ。窓などついていない。
部屋には質素な机と椅子とベッドのみ置いてある。
椅子に縛り付けられた男は、体中に痛々しい傷をいくつも作り荒い呼吸をしながら目の前に座る男を睨む。
「――おや。まだ話す気にはなりませんか?簡単な話を聞きたいだけなんですけどね?」
「・・お前が・・・知りたいことなど・・俺は気絶していたから知らない・・」
「・・・そうですか。もう1週間以上も同じことを繰り返して飽きないかい?ウィル・ドレンティア。」
「・・・・・」
ウィルの目の前に座る第2皇子は呆れたように笑う。
遭難していた時よりも更にやつれ、恐らく食事も死なない程度でしか出されていないのだろう。
「あんた・・俺にこんな事したら国際問題になるってことも・・わかんねぇのか・・。」
「国際問題?・・・そうですねえ。貴方の国が強ければ怯えたかも?しれないですけど。
うちには魔法使いがいますから!君たちに怯える必要なんてないんですよ。ふふふ」
「な・・何故それを!」
「・・・おや?―――貴方他国の人間なのに、何故魔法使いがいると知っているんですか?
可笑しいですね・・これはお話をちゃぁんと聞かないとならなさそうだなぁ♪」
「な・・・あんたらが俺を攫ってここに連れてきて話せ話せっていうから魔法使い(そういうこと)かと思っただけだ!!」
「いえいえ。私はそんなことは一言も言ってません。ゼリス。最悪殺しても構いません。しっかりと追及しておくように。どうせアルダナ森林で襲われたことにしたらいいんですから。簡単でしょう?ふふふ。
貴方も生き残りたいなら賢い選択をしたほうが良いと思いますよ?では失礼♪」
言いたいことを伝えるとゼリスに後を任せ第2皇子は去っていく。
それから3日後、隣国にはウィル・ドレンティアの遺体が第2皇子派から送られるのだった。
「殿下。――ご報告をしてもよろしいでしょうか?」
「あぁ。簡潔に頼むよ?」
ゼリスは深々と頭を垂れたのちに姿勢を正しこの数日の報告を行っていく。
部屋は豪華な装飾で至る所に金の装飾が施されている。執務机の椅子に腰かけたままふんぞり返り報告を催促する。
「ふふ・・・ははははっ!!やっぱりね!!!とうとう見つけた。私の魔法使い!!
―――それじゃあ迎えに行こうか!!
――ゼリス。一番最適な場所、時間を選んで準備をしておくれ。」
「――仰せのままに。」
***
月に2回訪れる帝都の教会に、今日もチェリーナは家族全員が揃って礼拝に訪れている。
帝都の教会は帝国内でも最も大きく立派な造りとなっている。エンハンス家のタウンハウスの敷地位建物は大きいだろう。
この1年で家族の団欒行事の1つとなっていたので、滞在時間も以前よりずっと長くなったのだろう。
いつもであれば1時間程の滞在だったのが、今では2時間は家族で礼拝と談話をするようになっていた。
この状況を一番喜んでくれたのは神父様だった。
「今日はいかがでしたか?」
「神父様。とても心癒されました。家族も皆晴れやかな面持ちでしたわ。ありがとうございます!」
「それはエンハンス公爵家の皆様が心から礼拝してくださるからこそですよ。」
いつもと変わらぬ神父様の優しい言葉にチェリーナの頬も緩んでしまう。
どこに行くのもべったりなオーウェンは、教会での礼拝の後はチェリーナが神父様と談笑するのを邪魔しないように表で待ってくれているので、礼拝堂の中は神父様とチェリーナと数名の司祭様とシスターだけ。
「神父様。以前お話してくれていた女神様のお話をして下さったこと、覚えていらっしゃいますか?」
「勿論覚えております。今も私は3つの信念を大切にしております。チェリーナ様も何かお変わりがあったんですね?」
「はい。私は神父様のお話で、高熱を乗り切ろうと頑張れました。
―――だから、いつかお知らせしたいと思っていたんです。」
「チェリーナ様??」
チェリーナは神父様の手を掬い取り両手でそっと優しく握ると、握られた手から淡い灯のような光がぽうっと浮かび上がってから消えた。
「・・・これは一体・・まさか・・貴女は・・」
浮かび上がった灯火の光を目にして神父様は驚愕してチェリーナを凝視すると、チェリーナは頷く。
「――まだ未熟だったので、ちゃんとコントロールできるようになったら告げたくて。1年も経ってしまいました。あのお話の後、力に目覚めたのです。」
「――そんな。このような奇跡を私に見せてくださるなんて・・とても光栄です。チェリーナ様にめぐり合わせて下さった神に感謝しかございません。」
神父様は体を歓喜で震わせながら感謝の気持ちを伝える。まさか信徒が魔法使いになるなどきっと信じられなかっただろう。
しかし、チェリーナを信じてくれるからこそ、すぐに受け入れてくれたのだろうと思うと嬉しくて堪らなかった。
喜んでいた神父ではあったが、すぐに居住まいを正すと、「お話したいことがあります。」と、チェリーナを個室へ案内する。
「――どうぞこちらへおかけ下さい。」
「ありがとうございます。ただ家族を待たせているので今日は遠慮いたしますわ。お話手短にお願いできますか?」
「これは失礼致しました。
今まで不思議で仕方なかったのですが、実はここ半年の間に第2皇子殿下の側近の方々がよくお越しになる機会が増えまして、今までほぼお越しになることはなかったので不思議だったのですが、チェリーナ様を狙っているのだとしたら理解できます。
どうかお気を付けください。教会にまで情報を探りに来るという事はチェリーナ様に近づいているからこその行動に感じます。
なるべくご家族と離れずに行動なさってくださいね!!」
「・・・教会にまで来ていたとは・・。神父様教えて下さりありがとうございます。なるべく接触しないよう気を付けますわ。」
チェリーナは神父様にお辞儀するとオーウェンの待つところへ急ぐ。
礼拝堂から表に向かう途中の大きなエントランスの何段もある階段を上ってきた男性は、チェリーナとすれ違う。
「――そこのご令嬢。ちょっとよいかな」
背丈のわりに少し声音が高めな男性はチェリーナに声をかける。
「・・・どうされました?」
チェリーナは嫌な予感がしつつも抑揚をつけずに返事をする。
「突然声をかけてすまないね。神父を探しているのだが、ご存じかな?」
「神父様でしたら、礼拝堂でお見受けいたしました。では私はこれで。」
チェリーナは頭を垂れると階段を降りようと向きを変えた。
「お待ちなさい。私はケヴィン・ヨーゲンバレン。私より先に背を向けることは許されないよ?貴女も名乗りたまえ」
(――第2王子殿下?!!)
まさか先ほど注意するように神父様に言われたばかりなのにすぐに出会ってしまうとは・・
チェリーナは第2皇子の顔を見たことがなかったので言われるまで気づかなかったのだ。
緊張で背中を嫌な汗がつたう。
「私はチェリーナ・エンハンスと申します。第2王子殿下とは存じ上げず失礼いたしました。」
美しいカーテシーで挨拶をする。
目の前に佇む男はヨーゲンバレン帝国の第2皇子。皇后陛下の嫡子で、通常であれば皇太子になっていたはずの皇子。
そして、今一番魔法使いを求めている男だ。
波打つウェーブの肩まで行かない程度の髪の毛は、皇太子殿下と同じ美しい銀髪。瞳は皇后陛下と同じヴァイオレット。唇は薄いがニヤッと笑うと、まるで蛇を思わせるような妖しさ。背丈はオーウェンより低いように感じる。ただの礼拝にしてはごてごてと装飾を飾り立て皇族であることをひけらかしているようにすら思う。
「――君がエンハンス公爵家の有名な冷徹令嬢か。確かにその熱の籠らない瞳で見つめられるとぞくっとするねえ。・・・その表情で奇跡の魔法を使うのかなぁ?」
(!!!やはり気づいている?・・・気持ち悪い・・)
チェリーナは外向けの表情で自信の感情を消すように振舞う。
そんなチェリーナの姿を眩しいものを見るように陰った表情のまま妖しい微笑みでこちらを見つめている。
「――私には殿下が何をおっしゃっているのかわかりかねますわ。
ご挨拶できて光栄でございました。用事がございますのでお先に失礼いたします。」
チェリーナは速やかに階段を降りようと歩き始めたその時――。
―――――ドンっ
何かが背中を押すような衝撃。そしてチェリーナの体は宙を舞い何段も下のエントランスの床手前の階段がチェリーナの目の前に見えていた。
(――ぶつかる?!!―――――駄目っっっ!!!)
チェリーナは思わず瞼をぎゅっと固く閉じて衝撃を待った。
――しかし衝撃は感じられない。
チェロ―ナは瞼を恐る恐る開けると目の前には階段の段差が飛び込んではきたが、チェリーナの体は宙で止まっていた。
(!!!しまった!!)
「ふ・・・・・ふはははは・・・・素晴らしい!!素晴らしいよ!!何もせずに無意識で魔法を使えるのかい!」
カツンカツンと階段を下りながら第2皇子は高らかに笑いながら嬉しそうにチェリーナへと近寄る。
体勢を整えるためにエントランスで降りるとチェリーナは苦々しい表情で第2皇子を見上げる。
魔法を一番見られたくない相手に見られてしまい後ずさりながらも逡巡する。
(――駄目よ・・・捕まったら逃げられない・・・)
第2皇子は愉快そうに笑ったままこちらに手を伸ばしチェリーナを捕まえようとした。
――――――ゴゴゴゴゴゴっ・・・・
(――地震?!)
突然地面が揺れ動き、辺りは騒然とするのだった。




