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31_覚悟を試される時









 ――――コンコンコン。



 「――入っていいよ。」


 

 ドアを開けて入室した先には執務机で書類仕事を片付けるアルファンと側近の姿が目に入る。


 「――人払をお願いできますか。」


 

 神妙な面持ちで乞う声が部屋に響き渡る。


 「いきなりやってきてどうしたんだい?弟よ。」



 「――――人払を。」



 アルファンは嘆息すると目で合図を送り側近を下がらせた。


 二人きりになるともう一度アルファンは尋ねる。




 「それでどうしたんだい?弟よ。」



 「――何故チェリーナに私の名前を出したのですか?」


 「あぁ。誕生日パーティーのときの話しかい?彼女はずいぶんヴィンセントに興味があるようだったからチラッと名前を出してみただけさ。」



 「―――約束が違うのでは?」

 ヴィンセントは鋭い眼光をアルファンに向ける



 「おいおい。実の兄にその眼はないだろう。傷つくぞ?」



 「揶揄わないでください。私の身分を隠せと命じられたのは兄上ではないですか!何故チェリーナに仄めかす必要があったのですか!」



 「そんなの決まっているだろう?興味があるからだよ。」



 「・・・興味?・・・まさか・・本気で求婚する気じゃないですよね?」



 「―――本気ならどうだって言うんだい?別に皇太子が公爵家の娘と結婚しようとなんの問題もないではないか?」



 「――兄上には婚約者がいるではないですか!」



 「何を言うかと思えば。お前だってわかっているだろう?婚約者など誰でも変更などできるのだよ?

 【魔法使い】を伴侶にするなら婚約解消など当然だ。」



 「チェリーナは魔法使いではありません!!」



 咄嗟にヴィンセントは否定したが、きっぱりと【魔法使い】とアルファンは告げた。間違いなくバレている。そして自分とチェリーナの関係を知っているという事は、冒険者仲間であることも全てバレているということだろう。



 「ヴィンセント・・何故私に隠せると思う?お前は私と約束したじゃないか。自由を得る代わりに身分を明かさずひっそり生きると。

 しかしそんな口約束だけで私が信じるわけないだろう?お前には四六時中、影が監視しているんだよ?お前を見張っていればおのずと全てが見えてきただけだ。

 影の存在にも気づけないならお前はまだまだだな。」



 「―――そんな・・ではチェリーナを本気で妻にするつもりなのですか?!」



 「そうだと言ったら?」



 「お願いしますっ!!俺はチェリーナを愛しています。ずっと守ると約束したんです!俺に彼女と添い遂げることをお許しくださいっ!!」



 「お前は自分が何を言っているのかわかっているのか?【魔法使い】は帝国が求め続けてきた女神の祝福を受けた人間なのだぞ?

  そんな貴重な娘をただの第3皇子であるお前に譲れるわけがないだろう。」



 「確かに!女神の祝福を受けた娘と、俺とでは釣り合わないのはわかっています!しかし、どうかチャンスをください!!」



「――何もわかっていないね。例えかわいい弟であっても、ただでチャンスを与えられるわけないだろう?

 お前は私に何を差し出すんだい?」



 くすりと微笑むアルファンは昔と同じように悪魔のような表情で私に問う。







 ヴィンセントにとってアルファンは父である皇帝よりも恐ろしかった。

 普段から冷静で微笑みを絶やさず、まるで受け入れられているようにすら感じる面差しで、役に立たない人間は表情を変えることなく切り捨てることができる非情な心を持っている。


 幼い頃から暗殺者に狙われ続けたアルファンは、自身の頭の良さで機転を利かせ様々な困難も乗り越え、皇帝を味方に付けるだけの王としての器がすでに出来上がっている。


 帝国の事を一番に考えられる人だからこそ、一個人に固執しない。例え血のつながった弟に対してもだ。


 ヴィンセントは、幼い頃からアルファンの暗殺者に狙われ続ける姿を目の当たりにして恐れていた。

 ひたすら目立たず、自分は役に立たないと周りに示すために、10歳で得た指南役にも基礎だけ学んだあとは止めてもらい、こっそりと自分で鍛錬して剣術の腕を磨いていた。


 周りには勉強もできない、剣すらまともに振れない無能皇子としてさげすまれ、空気のように扱われたことで暗殺者から狙われることを避けることはできた。


 ――しかし、兄の目を誤魔化すことはできなかった。


 13歳の時、自分が勉強も剣術も独学で学院を余裕を持って卒業できるほどのレベルまで達成した頃に突然アルファンから呼び出された。


 そして追及されたのだ。「何を目指しているのか?」と。


 あの時の瞳の奥底の自分を捕える鋭く重い眼光は、逃げられない恐怖を感じた。そして咄嗟に「自由が欲しいです!」と言ってしまった。


 がくがく震えが止まらず、立っていることすらままならないような状態で必死でアルファンの目を背けることなどできず、言ってしまった後悔に思考が停止してしまう。



 「―――いいね。自由か。自由にしてあげようか?」


 微笑みながらアルファンは告げる。しかしヴィンセントにはその真意が全く読めない。



 「よ・・・良いのですか?!」



 「勿論だよ。かわいい弟の頼みなんだ。」



 「あっ・・ありがとうございま――――」



 「――――だけど、ただで自由にすることはできないんだよね。」


 

 「――え?」



 「お前は何を私に差し出すんだい?」



 アルファンの表情は天使の様に美しいのにまるで言っていることは悪魔の様だった。




 無能皇子と呼ばれているヴィンセントに差し出せるものなどあるはずがなかった。


 考えても考えても自分にあるのは身分だけ。



 「わ・・私の身分を差し出します!!」



 「潔いのは嫌いじゃなよ。お前は自分の自由と引き換えに王子という身分を私に捧げるのだね?」



 「はいっ!!捧げます!!」



 「――いいだろう。これからお前は平民ヴィンセントだ。皇宮に住んで構わないが、周りには今まで通りの印象のままひっそりと暮らすなら私もお前の自由を保障してあげるよ。」



 「ありがとうございます!!」



 それはヴィンセント13歳。アルファン18歳の時の二人だけの約束だった。








「兄上!俺が差し出せるものは自分の剣技です!自分の武力で兄上の後押しをし、必ずや皇帝の地位を盤石なものにいたします!チェリーナはきっと兄上が無理に婚約を迫ったとしても、いくらでも回避してこの国から逃げ出すことも容易にできるはずです!俺がチェリーナの信頼を得て帝国の為に彼女が尽くせる環境を用意いたします!!どうかチャンスをください!」



 アルファンはヴィンセントの言っていることは理解できる。


 チェリーナはアルファンの前であっても態度を変えることなく堂々と自分の意思を述べていた。大切な仲間であれば身を粉にしても構わないとすら思っているようだが、そうでない相手に対しては何の感情も抱かないのは明白なのだろう。


 皇帝の命令だと言っても、確かに魔法を使っていくらでも逃げる算段を立てかねない。逃げられるくらいならすでに仲間となり信頼をえているヴィンセントにチェリーナを任せるなら問題なく事は進むだろう。


 今の時点ですでに第2皇子派が【魔法使い】の目星をつけ始めたこともあり、今回アルファンは自らチェリーナに接触をした。時間の余裕はない。

 しかし、ヴィンセントが裏切らない保証もない。



 「よいだろう。それならヴィンセント。お前が【帝国の剣】となりなさい。」



 【帝国の剣】それは帝国に忠誠を誓う最高位の武人の事を表す。アルファンが言いたいのは次期皇帝である帝国アルファンの剣となれという事だろう。




 「なります!!どうすれば帝国の剣と認めていただけますか。」





 ヴィンセントの決意は変わらないのだろう。アルファンはじっとヴィンセントの瞳を見つめ続け、フッと微笑む。






 「良いだろう。お前に命じよう―――――――――。」
















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