17_伝道者と魔法使い
ウィッシェントローズへ向かうことを決めると、オーウェンは半刻足らずで使用人や皇宮へ連絡をして一日の予定を空けてしまった。
更に、チェリーナとエリンと3人で1日外出することも、あっさりお父様に許可をもらってきてしまったのだ。
「お嬢様。オーウェン様は先に馬車でお待ちになっているそうです。私たちも急ぎましょう!」
エリンは昨夜からそのままの恰好のチェリーナを、てきぱきと入浴から身支度まで整えて忙しく動き回った。
まだ何もチェリーナはエリンに自身の事を話せてはいない。それでもエリンは気にする素振りを見せず、自分の仕事に集中してくれている。
今朝突然オーウェンがローリーとヴィンセントに会うと言い出したので、チェリーナも外出用のデイドレスに着替えている。
しかし、ウィッシェントローズへ行くという事は、自分がコリンであることも話すことになる。
すでに討伐に参加したことは話しているし、ヴィンセントがパートナーであることも話したのだが、チェリーナが男になってギルド登録したとは伝えていないのだ。
後で男の姿も見せなければならないかと思うと、驚愕するオーウェンの顔が思い浮かび胃が痛くなる。
(――昨日の今日で怒涛の流れ過ぎるんじゃ?)
すでに出かける前から疲れ始めたチェリーナであったが、もうオーウェンにもエリンにも隠さないと決めたのだ。
気持ちを引き締めて用意を済ませると、チェリーナとエリンは馬車に乗り込んだ。
ウィッシェントローズには30分程馬車を走らせた距離にあるので、その中でオーウェンがエリンにもチェリーナの事を一緒に説明してくれた。
説明の上手なオーウェンに驚愕したチェリーナではあったが、エンハンス公爵家が有能という話をヴィンセントが話していたのを思い出し、こういう事なのだろう。と、1人納得する。
「――あの・・それでは今からウィッシェントローズには、【魔法使い】としてのお嬢様に仕えている方々が、本当に信頼できるかを判断するために行くという事で良いのでしょうか?」
「そうだ。それと、ギルドに加入しているチェリーナのパートナーも相応しいか見定めるつもりだ。」
エリンの確認に、オーウェンは硬い表情で腕組みをして足を組みながら答える。
「――あの・・お兄様。もう一つお話しないとならないことがあります。」
「――なんだ?言いそびれていたことがあるなら言ってごらん。」
チェリーナが申し訳なさそうに横に座るオーウェンの顔を見つめ、瞳を潤ませながら見上げて話しかけると、オーウェンはチェリーナを不安にさせないように口元を緩ませ微笑む。
(・・・お兄様がめっちゃ優しいっ!)
思わず驚きすぎて前世の自分が顔を出し、溶けてしまいそうなオーウェンの優しい声音に思わず頬を紅潮させてしまう。
「――私は魔法使いであることを誰かに知られたくないのです。本当であれば、昨日もバレずに一人で討伐をするつもりでした。だからこそ、身バレを防ぐためにギルドの申請を、【偽りの名前】と【姿】で登録しています。」
「――偽りの姿?」
怪訝そうな二人の表情にチェリーナは思わず居住まいを正す。
「そうです。後ほど着替えてからご覧いただきますが、今の私の姿ではギルドの登録はしていません。
お兄様にもエリンにも、私が魔法使いであること、癒しの石の作成者の一人であるという事は他言無用でお願いしたいのです。」
「・・確かにチェリーナが魔法使いとバレるのは問題だろう。それに女が冒険者であると周りに知られれば、チェリーナが世間の色々な悪意ある噂の的になりかねないな・・それに・・皇帝陛下が黙ってはいないだろう・・」
「――ですよね・・」
納得するチェリーナの向かいに座るエリンもうんうんと黙って頷いている。
「――間違いはないだろうな。俺が皇帝なら公爵の娘が魔法使いなら、皇太子殿下の正妃に何が何でもしたいと考えるはずだ。婚約者はいるが、そんなもの皇帝陛下がどうとでもできるだろうからな・・お父様にも話さないつもりか?」
「!!―――・・まだ・・お父様には話す勇気はありません。」
「――そうか・・。俺はお前が言いたくなったら言えば良いと思う。その方がお父様も喜ぶはずだ。」
「・・そうだと・・嬉しいですけど‥」
思わすチェリーナは顔を俯かせる。しかし、オーウェンはそれを許さず、両手でチェリーナの頬を持ち上げじっと見つめる。
「チェリーナ。俺は何があってもお前の味方だ。万が一家族がお前より皇帝を取ったとしても変わらない。
――エリン。お前もそうだよな?」
オーウェンはチラッとエリンに目配せする。
「勿論ですっ!私は、ウィッシェントローズの方々よりも、お嬢様にしっかりお仕えしますし、お守りいたします!」
(―――エリン・・まさかローリーたちに対抗心燃やしてる??)
「お兄様・・・エリン・・ありがとう。」
押し寄せる様々な感情に、チェリーナは飲み込まれそうになりつつも、2人のやさしさがとても嬉しい。
目的地を目指す馬車の中で、到着ギリギリまで3人は思い思いに気持ちを伝えあう。
***
馬車を降りると、店に向かう前にチェリーナは2人を引き留める。
「ちょっと魔法で連絡を取らせていただけませんか?」
「――魔法で連絡?」
オーウェンは不思議そうに問う。
「はい。パワーストーンに魔力を込めて、このピアスで昨日から念話で連絡を取り合っているんです。すぐに終わるので少しだけお時間をください。」
「わかった。待っていよう。」
チェリーナはピアスに意識を向け、まずはローリーにもう数分足らずでそちらに向かう事を伝えた。そして、その後、ヴィンセントに連絡をする。
『ヴィンセント!今良いかしら?』
『――どうした?』
『実は今朝家族に話ができて、私がギルドであなたと組んで討伐に参加することを話したの。そうしたらお兄様が見定めると言って、すでにウィッシェントローズの近くまで来ているの。もし可能であれば、こちらに来てもらうことはできる?』
『お兄様?・・・エンハンス公爵家のご子息様ってことか?』
『えぇ。3番目の兄なの。私の理解者で、話も信じてもらえたわ。』
『――なるほど3番目ね・・俺はもしかしてそのお兄様に品定めされるのか?』
『――ごめんね。嫌ならパートナーを断ってくれても良いの。兄までギルド申請して討伐に一緒に参加するつもりでいるから、気を遣うの嫌よね?』
『―――いいや。問題ない。
今から向かうよ。』
『いいの?』
『・・なんだよ?俺と一緒に組みたくないのか?』
『いいえ、組みたいわ。でも私のごたごたに巻き込むのはどうかと思っただけよ。』
『そんなことエンハンス公爵家のお嬢様が魔法使いだってわかった時からわかり切ったことだったんだから気にするなよ。俺はそんなことで諦めない。』
『??わかったわ。それじゃ先に店に入って待っているわね!』
『わかった!』
通信を終え、ふうっと肩を撫でおろすと二人の視線にチェリーナは気づく。
「ん??なあに?」
「連絡は終わったのか?」
「はい。今終わりました!」
「・・・そ・・そうなのか・・」
チェリーナの言葉に二人は呆然としていたが、オーウェンは気持ちをさっと切り替えたようで、チェリーナをエスコートしながら店の中に入るのだった。
***
「――さて。それじゃ君たちの事を教えてもらおうか?」
店の奥の部屋で、オーウェンは隣にチェリーナを腰掛けさせ、向かいの椅子に座るローリーをじっと見つめると感情の籠っていない声音で話を切り出した。
リアとエリンはドア付近に、廊下では護衛のマイケルがそれぞれ立って待機している。
「――ありがとうございます。すでにチェリーナ様にご説明いただいているようなので、ご挨拶させて頂きます。
私はこの帝国の【伝道者】マライセル一族のローリーと申します。
魔法使いであるチェリーナ様に忠誠を誓い、私が伝道者代表としてチェリーナ様のサポートをさせていただいております。
この店に関わるものは、全員マライセル一族の者です。
万が一皇帝陛下より魔法使いを差し出せと命令されたとしても私共は命を懸けてチェリーナ様をお守りする所存です。」
ぴりっと感じる緊張感の空気に怯むことなくローリーは告げたのだった。