15_絆
「お兄様・・。
――実は・・私は【魔法使い】なんです。」
「―――え?」
チェリーナの言葉にオーウェンは驚愕し、部屋の中は静寂に包まれる。
オーウェンの表情が固まった瞬間、チェリーナは咄嗟に顔を俯かせた。
(――・・やっぱり・・距離置かれちゃうのかな・・)
何秒?何分?時間がどれだけ進んだのかわからない。まるで時が止まったかのように自分の見える世界が凍り付いてしまったかのように感じる。
心臓の音がどくどくと破裂しそうに暴れている感覚に、座っていられなくなるようなめまいを感じた。
(――落ち着いて・・落ち着かないと・・自分を守る魔法をむやみに発動したら大変なことになる!!)
考えれば考えるほどドツボにはまっていくかのように沼に沈んでいくような感覚がする。
(――逃げ出したい・・考えたくない・・私は・・)
「――チェリーナ。」
静かな部屋にオーウェンの声が響く。声に熱が籠っているのかすらわからない。ただ声に反応して顔を反射的に上げてオーウェンを見つめた。
「・・いつ気づいたんだ?」
オーウェンの表情は今にも泣きそうな悲痛さを秘めている。
(――なぜそんな悲しそうな顔をするの?)
「15歳の最後・・に・・高熱が3・・日以上熱・・が出た時っ・・・熱が魔・・力だと・・気づいて・・」
説明したいのにチェリーナの声は、体が力み過ぎて上手く発音できず動悸と浅い呼吸で声がうわずる。
必死なのに上手くできない自分が惨めで涙が込み上げる。
お荷物だった自分がフラッシュバックのように思い出される。
前世の自分も自分だけれど、今まで生きてきた自分も自分だった。前世の自分の生き方のお陰で魔力に負けずにすんでいたけれど、私は魔力がなければただの厄介者だ・・
思考を放棄すると次から次に駄目だった自分がフラッシュバックする。
(――ごめんなさい・・――ごめんなさい・・)
喉から言葉が出てこない。
涙で前も見えない
(・・やだやだやだやだやだやだー―――――)
「―――ごめんな」
「!!!」
いつの間にか陽だまりのような匂いに包まれていることに気づく。
―――いつの間に私の横に??
先ほどまで向いに腰掛けていたはずのオーウェンは、気づくと隣に腰掛けていた。
抱きしめられる体は、オーウェンの胸の中で温もりを感じている。チェリーナは目の前のジレとクラバットの素材をじっと見つめ呆けていた。
「お前がずっと苦しんでいた謎の高熱は・・魔力のせいだったなんて・・俺たち家族は・・訳も分からず放置してしまっていたんだな・・本当にすまない・・」
ぎゅっと抱きしめられながらもオーウェンの声の震えや悲しみが体に伝わってくる。懺悔するオーウェンの言葉がチェリーナを沼から少しずつ救い上げる
――そんな気がした。
「私は・・あの時・・役に立てないなら・・死んで楽になったほうが・・本当は・・よかっ・・でも・・・死にたく・・な・・くて・・っ・・っ」
「生きてて良かったに決まっている。・・もしチェリーナが死んでしまったら、俺は後悔してもしきれなかった・・高熱の後、俺を頼ってくれて・・本当に嬉しかったんだ‥」
「・・お兄様・・でも・・私を避けて・・たのに・・」
チェリーナの涙は溢れたまま止まらない。嗚咽を漏らしながらも、幼い頃に戻ったかのように懸命に自分の想いをあるがままに言葉で返す。
「不甲斐ない兄で悪かった。・・チェリーナが具合悪そうにいつもしていたのに、原因もわからなかったから、どう接してよいかわからなくて避けていた。
きっとチェリーナが声をかけてくれなかったら・・きっと俺はあのまま愚かだったと思う。
――でも大切な妹なことはずっと変わってない。・・ただ向き合い方がわからなかっただけなんだ。」
「私も・・・わかり・・ませんでしたっ・・魔法が・・使えるよう・・になたから、変われただけ・・なんです。」
「俺は・・そのきっかけをもらえて本当に良かったと思っている。
チェリーナ。・・お前は魔法が使えるから凄いんじゃないんだ。魔力に負けない位、心が強かったことが凄いんだよ。そして愚かな私たち家族にも向き合ってくれた優しい子だ。」
「・・お兄様・・」
もうチェリーナの想いは言葉にはならなかった。それでも全身が伝えていた。
―――寂しかったと。
―――怖かったと。
―――愛されたかったと。
「魔法使いかどうかなんて関係ないんだ。チェリーナが生きていてくれて俺たち家族を見捨てないでくれたこと。それが俺は嬉しい。だから、今度は俺がお前を守るよ。帝国を敵に回したって、俺は絶対にお前の兄だ。これから先・・・何があってもだ!!」
オーウェンは泣きじゃくるチェリーナを優しく包み込むように大切に大切に抱きしめた。
「・・私を・・離さないで・・」
「当たり前だ!お前をちゃんと守るよ。この一年お前にしてきたように俺がこれからも兄だ!孤高の存在になっても離れない!そばにいるよ。」
「っうぅっっ・・・うっっぐ・・」
チェリーナは幼子のようにオーウェンの胸に抱き着いて、ただ・・ただ泣いた。
オーウェンはそんなチェリーナを優しく抱きしめ続けた。
***
泣いて、泣いて・・・
――気づくとチェリーナはベッドの布団の中にいた。
(?????)
自分の置かれた状況がわからなかった。
気配を感じ、横を向くとベッドサイドに近づけた椅子に腰かけたままチェリーナの左手をぎゅっと掴みつっぷして眠るオーウェンの姿がそこにはあった。
「――お兄様・・」
チェリーナはいつの間に眠ってしまったのかわからなかったが、オーウェンは泣き喚く私を一人にしないよう離れずそばにいてくれたのだろう。
まだ魔法使いという事しか告げることができていないのに、オーウェンは謝り傍にいてくれると言ってくれた。家族でいてくれると。兄でいてくれると言ってくれたことが嬉しかった。
死にかけて前世を思い出した時、自分は苦しみに打ち勝ったつもりでいた。でもそれは間違いで、強くなったつもりでいただけだった。
本当は自分の気持ちをまともに告げることも怯えて震える弱虫だった。
きっと今も自分は弱いまま。・・それでもオーウェンが自分の傍に寄り添ってくれたことは、私を間違いなく守ってくれた。
(―――ちゃんと気持ちを伝えたい。)
チェリーナは今度こそ心からそう思えた。
〔自分に向き合ってくれるオーウェンに、真実を伝えたい。〕と。