14_ウィッシェントローズ
――――ぎぃぃぃ・・
「いらっしゃいませ。」
扉を開くとカウンターにはチェリーナより少し背丈の高い可愛らしいフリルたっぷりのメイド服を着た女性が経っていた。
「リア。ローリーはいるかしら?」
「―まぁチェリーナ様!ようこそお越し下さいました。ローリーは奥におります。少々お待ちくださいませ。」
チェリーナが頷くと足早に微笑みながらリアは奥に入っていった。
今日も店内の商品は魔力を込めたものは全て完売したようだ。それでも2人店内を見ている客がいる。
【癒しの石】の評判が良すぎて毎日客が開店前に用意した商品数以上に客が並んでしまうのですぐに店内は魔力なしの貴石のアクセサリーのみになってしまうのだが、アクセサリーのデザインもかわいいので、普通に商品を見る客もいるのだと聞いている。
「凄いな。こんなところに貴石を販売している店があるなんて知らなかった。」
ヴィンセントは魔法使いの事を学んでいたのか、貴石の事を知っているようだった。
「―私のパートナーがここのオーナーで石を揃えてくれているの。今日必要なものも用意してくれるはずだわ。」
「?――石が必要なのか?話にきただけじゃないのか」
「えぇ。これからの私たちには必要だと思うわ!」
意味ありげに話すチェリーナを怪訝そうに見つめる。
「チェリーナ様っ!!今日はいらっしゃらないはずでは?」
店の奥から美しい女性が頬を紅潮させながら急いでやってきた。
「ローリー!今日アルダナ森林に行ってきたのだけど、ちょっと報告と探してほしい石があってきたのよ!」
「アルダナ森林に?!ご無事で何よりですが大丈夫でしたか?――そちらのお方は・・」
今まで一人で野外に出たことのないチェリーナがアルダナ森林に行ってきたなどととんでもない話に驚愕したが、彼女の冷静な話しぶりから全く問題はなかったと判断し、隣に佇む男をローリーは微笑みながらも訝し気に見つめる。
「彼はヴィンセントよ。詳しくは奥で話せるかしら?」
「承知しました。どうぞお入りください。」
ローリーは二人を部屋に案内すると、リアが紅茶を用意してくれる。
「――それで昨日の今日で一体何があったのですか?アルダナ森林だなんて何かあったら私・・」
ローリーは悲痛さを訴えかけるような真剣な面持ちでチェリーナを見つめる。
「ごめんなさいね?私パーティーが終わったら野外トレーニングを絶対するつもりだったから心配をかけると思って詳細は話さなかったの。まずは説明させてもらって良いかしら?」
「はい。是非お願いします。」
チェリーナはローリーに事の顛末を話した。
「―――とりあえず、お試し討伐が上手くいったのは良かったです。ですが、早速人に魔法使いだとバレるだなんて・・こちらにも腕のたつ者はいるのにヴィンセント様でないとだめなのでしょうか?」
「私は自分で見て彼と共闘したいと望んだわ。だから大丈夫よ。」
「・・ですがチェリーナ様の身の上をわかっている者の方が安心なのでは・・それにギルドに入って男として活動するというのも気が気ではありませんっ・・ご家族にばれたら大変なことに・・」
ローリーは食い下がりどうにかしてヴィンセントと拘わらせたくはないように見える。
「ローリー。これは私が自分で決めたことよ。貴女は私をサポートしてくれるのでしょう?助言はありがたいけれど、決めた言葉には従ってちょうだい。」
チェリーナは熱の籠らない声音で言い渡す。
「―――仰せのままに。」
「―それで探してほしいものがあるの。私の着る男物の冒険者服と、短剣、それと通信魔法に適した貴石と、変装用に幻影魔法に適した貴石が欲しい。通信用、変装用は常に身に着けたいから、指輪や腕輪、ピアスがよいわ。」
「承知いたしました。伝達と意識操作に適した丁度良い貴石は店にありますのですぐご用意できます。お持ちしてよろしいでしょうか?」
「えぇ。お願い。通信用はヴィンセントにも渡すから2つ用意して頂戴。ローリーも連絡用に使うなら3つでも良いわ。」
「承知いたしました。少々お待ちください。」
ローリーは用意の為に部屋を退出していった。
「チェリーナ。俺の分まで用意してくれるのか?」
先ほどまで黙って話を聞いていたヴィンセントは突然チェリーナに声をかける。
「勿論。お互いが持っていないと連絡に不便でしょう?何かあった時困るじゃない?」
「それはそうだが、今日知り合ったばかりだぞ?気を許しすぎじゃないか?」
ヴィンセントは流石にチェリーナの気の許し方が異常だと感じた。
(俺の事信用しすぎているのか?!箱入り娘なのか?!)
しかし、その考えは杞憂であったとすぐに思い知る。
「大丈夫。何かあったらあなたの記憶を消して私の事は忘れてもらうから。それに私は裏切られたら倍以上で返すから私の信用を裏切るつもりならそれ相応の覚悟は持っておいてね?」
全く熱の籠らない声音で告げると、最後にこてんと首を傾げて微笑んだ。その表情は可愛らしいのに同時に本当にやりかねないチカラを見せつけられたように畏怖すら感じさせられる。
「――俺は絶対裏切らない。」
「なら問題ないね。今日そのままギルドに討伐の報告に行くの?」
「あぁ。ここからなら5分程馬を走らせた場所にあるからな。一緒にいくか?」
「行くわ♪ギルド登録しなくちゃね!」
「・・すごい行動力だな。チェリーナのような女の子は初めてだよ」
「大いなる力を持っているからかな。思考、判断、決断、行動は魔力があるからこそ必要なの。責任があるからほかのご令嬢たちの様にはできないわね。」
微笑むチェリーナは気高く美しい孤高の花のようだ
ヴィンセントは無意識にそう感じた。【魔法使い】故の覚悟が彼女にはあるという事なのだろうか・・
――コンコン。
「お待たせいたしましたわ。用意できました。」
ローリーはリアと共に部屋に戻ってくると、リアは衣類をテーブルに並べた。
「まずはこちら3セット程チェリーナ様の背格好に合う男性服をお持ちしました。試着されますか?」
「・・・したいけど、ここに他に部屋なんてないでしょ?」
「大丈夫ですわ!ヴィンセント様が外でお待ちになりますから!私も外でお待ちしますわ。リアお手伝いして差し上げて。」
ローリーはにっこりと微笑むとリアは頷く。そしてヴィンセントを連れてローリーも部屋の外へ出ていく。
「え?っお・・おい。なんか乱暴じゃないか?!」
ヴィンセントは突然部屋の外に連れ出され不服そうであったが、ローリーは睨みをきかせつつ真剣な面持ちで見つめた。
「ヴィンセント様。貴方は何者ですか?チェリーナ様を偉大魔法使いと知ってどうなさるおつもり?」
「どうって・・俺は平民で魔法使いのチェリーナの事は尊敬してるし、沢山彼女の魔法について見せて欲しいとは思っている。それは魔法に憧れる者ならだれだってそうだろ?」
「えぇ。誰でもそうでしょう。ですが、それだけの気持ちであの方の傍に居られても困るんです。私たちはあの方の為なら皇帝の命令に歯向かう音もよしとされる程魔法使いに忠誠を誓い続けてきた一族なのです。
本当であればいかなる場所へもお供するのが我々の役目だったのに、ぽっと出の貴方が好奇心だけであの方の傍に居られては迷惑なのです。
チェリーナ様のご命令がなければ絶対お傍にだっていさせないのに・・我々はチェリーナ様を守るために貴方の事を見ていますからね。態度にはお気をつけなさいよ。」
厳しい物言いをするローリーに思うことは多々あったが、チェリーナを案じての事だとはわかったのでヴィンセントは素直に頷き受け入れた。
「ローリー様。チェリーナ様のお着替えが終わりましたのでご入室下さい。」
部屋の中からリアが声をかける。
室内に入ると男性服に着替えたチェリーナの姿があった。
「さすがローリーね!サイズぴったりなのがびっくりだわ!3着とも着心地も良いし、安心して戦えそうで安心したわ!」
「それは良かったですわ!チェリーナ様の事でしたら私たちが全て把握致しますのでご安心下さい。とてもお似合いです。」
チェリーナの装いは少年のようだった。素材は平民でも商家の息子辺りが着用しそうな素材でできているように感じる。
「ありがとう。では次は貴石を確認しましょ!」
3人は椅子に腰かけるとローリーは丁寧に木箱から4つの貴石を取りだした。
「まずは幻影用にサファイヤ。そして通信用にアメジストはいかがでしょうか。」
用意された貴石をチェリーナは手に取ると込めたい魔力との相性を確認する。
「―――良さそうだわ。それじゃこの石に魔力を込めてしまっても良いかしら?」
「はい。勿論です。」
チェリーナは頷くとまずは幻影魔法用にサファイヤに魔力を込める。
優しい灯火のような光が数秒程貴石を包みこんだ。
「――――できたわ。変装してみようかな。」
チェリーナは立ち上がると貴石に触れながら瞳を閉じて自分のなりたい容姿をイメージした。
一瞬灯火の光が光った瞬間チェリーナの姿は幼い少年の風貌に変化していた。
「!!!!」
二人は目を大きく見開き様子を見守っている
「どう?少年に見えるかな?」
「・・素晴らしいです。う・・美しい少年に見えます!」
「え?美しい???平凡な少年になったはずなんだけど・・鏡を見せてくれる?」
チェリーナの言葉にリナは素早く手鏡を用意して手渡した。
「・・え?これ普通の少年じゃない!茶色い髪に茶色い瞳。どこからどう見ても平凡な少年だわ!」
「・・・・・普通・・」
チェリーナの【普通】に二人は数秒固まってしまう。
「―――チェリーナ様の基準はとても高いという事ですわね!流石あの家に生まれたらそのようなお考えになるのも納得できますわ。」
「・・・チェリーナって綺麗なものに囲まれているんだな・・」
二人とも苦笑いをしているのを怪訝そうに見つめるが気にしないことにした。
「――まぁ良いわ。次は通信用の貴石に魔力を込めましょう。」
チェリーナは椅子に再び腰かけると、一つずつ魔力を込めていった。
「これで良いわね。二人も石を持って、黙ったまま私の問いかけに心の声で返事をしてちょうだい!」
『ローリー私の声が聞こえるかしら?』
『!!はい!聞こえます』
『ヴィンセント。私の声は聞こえる?』
『すごっ!!聞こえるよ!!』
「問題なさそうね!これなら離れた場所でも念話で連絡が取りあえるわ!この石をアクセサリーにしてくれる?」
「承知いたしました!すぐ加工致しますので少々お待ちください。幻影用はリング。通信用はピアスでよろしいですか?」
「私はそれで構わないわ。」
「俺も構わない!」
「承知いたしました。では30分程でご用意いたしますのでお茶をしながらお待ちください。」
ローリーは素早く席を立つと退出していったのだった。