12_ヴィンセントの歓喜
ヴィンセントは心躍っていた。幼い頃に家庭教師から聞いた幻の魔法使いが突然目も前にあらわれたのだ。
大昔女神リノエントが、心優しい人間たちの為に魔力を石に込めて与え、その力の一部を再現させることのできる女神の祝福を受けた人間【魔法使い】が誕生するようになった。魔法使いは帝国を血生臭い争いから人々を魔法の力で癒し、支えたと伝わっている。
幼少期に話を聞いた時はそんな存在がこの帝国にいるなら安泰だ!と安易に思ったが、その魔法使いは数百年も現れていないという事だった。
女神は争いを繰り返す人間に失望したのではないか。ヴィンセントは幼いながら感じていた。
人々は醜い争いを平気で幾度となく繰り返す。
帝国自体も元々は大きな国ではなかった。小さな集落がの人々が団結して集落を守り、小さな国になり、いくつもの国を打ち負かして大きな帝国となった。
その過程でどれだけの陰謀が渦巻いていたか・・・皇宮に居れば嫌という程身に染みて理解できる。
ヴィンセントは帝国の3番目の皇子として生を受けた。実兄であるアルファンはヴィンセントが物心つく頃には周りから王の才覚を認められ、16歳という若さで皇太子となった。その事はとても誇らしい事ではあったが、隣国から帝国にやってきた王女である母は側妃であった為、皇后と側妃に別れ勢力が分かれていた。
更に皇后の子が2番目の皇子だったため、普通であったならば皇太子になるのは第2皇子であったはずが、優秀過ぎたアルファンを、皇帝は自身の権限で【身分】よりも【有能さ】で皇太子にアルファンを認めてしまった。
その結果皇太子率いる皇太子派と、第2皇子派で過激な争いが5年以上続いている。
ヴィンセントは権力争いに辟易していた。万が一にも自分まで後継者争いに巻き込まれたらたまらないと思った。
勉強はあえてさぼり、剣術も指南役は最初の基礎だけ学び、あとは全て影で独学で学んだ。おかげでヴィンセントは遊び惚けている放蕩皇子として忘れられた存在になる。
兄である皇太子だけは、恐らくヴィンセントが敢えてそのように振舞っていることを気づいている気がする。本当に全てにおいて完璧すぎて恐ろしいとヴィンセントは実兄を畏怖している。
―――絶対に敵に回したくない!!
【忘れられた第3皇子】ヴィンセントは、磨き上げ修得した剣技を確認すべくギルドに登録し、更に自身の強さを探求したいとひっそりと動き出した。
―――まさかそこで魔法使いに出会えるなど信じられない奇跡だった。
チェリーナの魔法は全てが素晴らしかった。
気づかないうちに身体強化に防御シールドまでかけられ、援護は完璧。更には周辺の探知や毒の感知までできるという話だった。
沢山魔法を使ったはずなのに、ヴィンセントも一緒に浮かび上がらせ飛行で森林の外まで連れ出してくれた。しかも飛行中ずっと透過していたのだというから驚きしかない・・。
降り立った後体力は限界だったようだが、魔力はまだ尽きていないようだった。
膨大過ぎる魔力・・・もし体力が屈強な戦士のようにあったなら・・・
そう考えると、とんでもない高揚感で胸が高鳴った。
彼女の全てが特別に見えて目が離せない。
(――絶対手放したくない!)
・・しかしそんなことをチェリーナに伝えれば束縛男と思われき逃げられるのではないだろうか・・・
自然に彼女とずっと一緒にいたい。その一心で、まずは冒険者仲間になろうと誘った。
ヴィンセントは、これから先チェリーナを囲い込むためにどうしたものかと馬を走らせながら逡巡していた。
――どうやったら自分にしがみつく彼女を独り占めできるかと。
そして強烈な出会えた喜びが先行し、自分がチェリーナに恋心を掻っ攫われていくとは夢にも思わないのだった。