11_初めての討伐
アルダナ森林の中は、とても広く場所により地帯や空気もだいぶ変わるらしい。
先ほどから前を進むヴィンセントが、のらりくらりと進みながらアルダナ森林の中の話をしてくれていて、今日はギルドの依頼を受けて、ランページディールを5頭討伐するらしい。
「チェリーナの腕試しもできるし、駆除対象だから罪悪感もわかないだろうし丁度良いだろう?一緒にいこう!」
とヴィンセントに誘われて獲物を探している最中だ。
チェリーナの探知魔法は、相手が敵意や害意を持っていなければ探知できない。それに、どこまで自分が戦闘に役に立てるかもわからない。とりあえず何も伝えずに、身体強化だけは先にヴィンセントと自分にかけておき、戦闘直前で必要な魔法を重ね掛けすることにした。
二人組でのペアも初めてなので、魔力量がどれだけ消耗するか不安もある。ヴィンセントが動けるなら積極的に戦ってほしいとさえ思った。
しかし、この機会で自分の力量も判断できるので、戦闘に参加しないという選択肢はない。
チェリーナは周りを警戒しながらも、念のため自分たちの周り2メートル範囲内に、薄い防御シールド魔法も重ね掛けした。
行動を共にするヴィンセントは、魔法をかけたことに気づいてはいない。
魔法をかけるときにチェリーナは基本動作を取らない。余程かける先を指で示したい時以外、何の身振りもせず魔法を一瞬でかけてしまうので、気づかなくてもおかしくはない。
二人は歩みを進めると、チェリーナは敵意を探知で感じ取った。
「ヴィンセント!前方に何か獣がいないかしら!」
チェリーナは小声でヴィンセントに告げる。
「・・いる。ランページディールじゃない。――あれはダークフォックスだ。」
少し渋い口調でヴィンセントは続ける。
「今は一匹だが、群れでも行動する野生生物なんだ。もし近くに他にも仲間がいたら二人では厄介かもしれない。合図したら俺は攻撃を仕掛けに行く。念のため援護を頼めるか?」
「任せて!!」
二人は足音を立てないようダークフォックスに近づいていく。ヴィンセントがチラッとこちらを向くと黙ったまま頷いた。
その直後、ヴィンセントは剣を構えると走ってダークフォックスに向かう。
今の時点で敵がこちらに気づいていても、他の害意を感じないので単独の可能性は高い。万が一の場合を考えて防御シールドを彼の1メートル範囲に重ね掛けし、チェリーナは応戦のタイミングを見計らった。
剣撃は素早く正確で、一瞬で敵は倒れる。
探知しても他の害意ある生物反応はない。
――無事に敵を倒せたようだ。
ヴィンセントは敵の息の根がしっかり止まったか確認後、チェリーナの元に走り寄ってきた。
「――どういうことだ?!凄かったぞ!」
言っている意味が分からないが、恐らく自身の体の変化に気づいたのだろうか?
「どうしたの?」
「どうしたのじゃない!――体が物凄く軽くて、足もいつもよりめちゃくちゃ早く走れたし、剣劇の繰り出しスピードも全然違ったんだ!!――絶対なんかしたよな??」
興奮したようにヴィンセントが捲し立てるので、チェリーナはコクンと頷く。彼は破顔して興奮しながら喜んでいる。
「魔法ってすごいな!攻撃だけじゃなくて身体の強化まで!しかもいつ魔法かけられたのか全く気付かなかった!」
彼はとても嬉しそうに話すのでなんだかチェリーナまで嬉しくなった。
――――――――!!!
チェリーナは何体かの敵意を感じ取った。そしてジェスチャーでヴィンセントに敵がいることを声を出さずに伝えると、敵意の方向を再度注視した。
(5頭はいる・・)
先ほどの森林内での戦闘の張り詰めた空気で森の中の野生動物に警戒芯が高まり、ランページディールも敵意を周りに向けて警戒しているのかもしれない。
「もしかしたら討伐対象がいるかも。前方1時方向50メートル以内だと思う。」
素早く場所を把握し告げると、ヴィンセントは目を丸くして驚いていたが、黙って頷くと戦闘態勢のままゆっくりと気配を消しながら敵の方に向かって進んだ。
目視できる範囲に野生生物を発見した。
チェリーナはランページディールを見たことはなかったが、ヴィンセントがすぐに気づき教えてくれた。
「あれが討伐対象だ!!5頭であの大きさを相手にすると、チェリーナにも敵意を向かれる可能性は高い。どうする?一緒に戦いに行くか?それともここで隠れて待っているか?」
「――私が指示してもよい?」
ヴィンセントの瞳を見つめ、真剣に話しかけると彼は頷いた。
「恐らく5体であれば、まとめて雷撃で一度動きを留めて弱体化すれば、剣で攻撃しやすいはずよ。倒し切れなかった敵は私が魔法で攻撃するわ!あと、それぞれの1メートル範囲に防御シールドも張っているから、何度かは敵の攻撃をもらわずに済むはずよ。」
「助かる!それでいこう!」
即座にヴィンセントは判断し、二人は頷き合うとそれぞれの目的地点まで駆けた。
チェリーナが全ての敵に雷撃を範囲攻撃で浴びせ、敵の動きを留めることに成功した。その後、ヴィンセントは幾度かにわたって剣撃を繰り出し、3体は倒れさせることに成功した。
チェリーナは状況を確認すると、残り2頭に向かって風の刃をいくつも放ち2頭のランページディールを倒した。
それは作戦開始後5分もかからないあっという間のできごとだった。
ヴィンセントは自分の攻撃した3頭と、チェリーナの倒した2頭の絶命を確認した後で、興奮を隠さずに延々といかに凄い攻撃であったかをチェリーナに語り始めた。
(――成功して良かったけれど・・・ヴィンセントすごい饒舌だわ・・)
討伐の証を確保したヴィンセントは、休憩するためにアルダナ森林を一度出たいようだ。
「――わかったわ!早く移動したほうが良いでしょうし、飛行魔法を使っても良い?」
チェリーナの告げた言葉にヴィンセントが了解してくれたのを確認後、自身とヴィンセントに透過魔法をかけた。そして、ヴィンセントの手を握ると二人の体は浮き上がった。ヴィンセントは驚愕し、手足をバタバタさせていた。
「私と体の一部が繋がっていれば一緒に飛行できるの!だから手を離さないでね!このままアルダナ森林の出口まで飛ぶけれど、ギルドは森林の出口はどの方角がよい?」
「方角的にはこのまま前方直進がいい!――すごい・・・まさか飛べるとは・・・」
「あと、私に探知できるのは敵意を向けてくる生物のみなの。だから空を飛んでいる間、他の生き物が近寄ってこないかヴィンセントが私の代わりに警戒してね!行くわよ!」
チェリーナは森林の木の上まで浮き上がると一直線に出口へと向かって飛び始めた。
飛ぶ速さは馬車の走る位の速度だったので、風抵抗はそこまで強くはなかったが、やはり何度か敵意のない野鳥が飛び立った。
自分が動揺したら魔法が解けてしまうので、念のため防御シールドも2メートル範囲にかけて先を急ぐ。
20分程飛行すると出口が見えたので降り立つ。チェリーナは地面に足が着いたとたんペタンと腰を下ろした。
体力が限界だったようで、腰が抜けたらしい。動きたくても動けなかった。
「お疲れ様。あっという間に戻ってこれて助かったよ。立てるか??」
ヴィンセントは飛行した喜びを噛み締めながらもチェリーナを案じて声をかけてくる。
「――流石に体力を使いすぎたみたい。魔力切れは起こしてはいないようだけど、休憩すれば問題ないわ!」
「――それなら良かった。ここからなら1キロ程先に俺が馬を預けた馬留があるから、そこまで俺がチェリーナをおぶるよ。」
ヴィンセントは自信満々に胸を張って告げる。
「――え?!いいよっ!!1キロもおんぶさせられない!!」
「・・・でもどう考えても歩けるように見えないけど?」
「うぅ・・・」
チェリーナは黙った。魔力回復用の石はあるが、あまり予備があると思われたくはなかった。
無理して良いことはないし、頼られ過ぎても困ると思ったから・・
魔力回復の石を使うのをどうするか悩んでいると、ヴィンセントはチェリーナの目の前にしゃがみこんだ。
「チェリーナ。そのままでいるつもりなら強引に横抱きにするぞ?おぶられるのと、横抱きどっちが良い?」
「!!!」
――とんでもない選択を迫ってきた・・・でも何となく本当に選ばないと本気でヴィンセントに横抱きにされそうな気がした。
(――ずっと目の前にヴィンセントの顔があるなんて絶対無理っ!!)
「―――――・・・おぶって・・」
チェリーナは蚊がなく様な声音で頼った。
ヴィンセントはにかっと笑うと背中を向けて「乗れ!」と声をかける。
「・・・ありがと・・」
チェリーナがヴィンセントの背中に乗っかる。最初ヴィンセントは細身の美少年だから、おぶられたら倒れてしまうのでは?と感じたのに、背中はあったかくて大きく感じて安心できた。
(男の人って・・自分”女”と全然違うんだ・・)
ふわふわした心地でチェリーナは感じた。
二人はギルドにつく前に、これから活動するのであれば私は変装した方が良いだろうという話になった。
馬留についてヴィンセントは馬に跨ると、チェリーナにはフードを被らせて前に横向きで乗せる。
帝都へ向かうことにしたが、二人の行く先は決まっていなかった。
「変装はどうする?魔法は使えるのか?それとも何か今から買って用意するか?」
「そうね。多分幻影魔法でなんとでもなると思うわ。だけど、女の姿でいるより男に見えるほうが安心だろうし、後で男物の服は買いに行きたい。だけどその前にギルドに入る事をパートナーにも伝えたいの。」
「・・・パートナー?・・・恋人とか?」
「なっ!!違うわ!魔法使いにはサポートしてくれるパートナーがいるのよ!彼女は帝都にいるから、一度そこに行きたい。商店街のウィッシェントローズという店よ。」
突然のヴィンセントの【恋人】という言葉に思わずチェリーナは頬を赤らめながら慌てて否定する。
「ふぅん?なるほどな。わかった。それじゃそこまで馬を走らせるからちゃんと捕まってろよ?」
ヴィンセントはわざとらしく勢いよく馬を駆けさせると、チェリーナは慌ててヴィンセントに両手でしっかりと抱き着いた。帝都の商店街へ向かったのだった。