なんでちゃん
なんで?
うちの娘は良くその言葉を口にする。
例えばある時。
「ねぇお父さん、なんで温泉上がりに牛乳を飲む時、腰に手を当てて飲んでるの?」
銭湯にて、湯上がりに牛乳を飲んでいるとそう聞かれた。
「えっ、うーん」
(特に理由は無いけど、それなのに腰に手を当ててるなんて、なんかカッコ悪いな、何かそれらしい理由は……)
「その方が体に良いからだよ」
俺は実際のことは知らなかったが、その場で適当に考えて娘からの問いに返した。
親としてどうなのかと自分でも思うけど、この時の俺は(まだ幼いからすぐ忘れるだろう)などと考えていた。
「そうなんだ、なんで?」
「?……なんで?」
「うん、なんで体に良いの?」
あれ?
「体にいい理由教えて!」
や、やめて、そんなキラキラしたような純粋無垢な瞳でこっちを見ないで。
「ごめん、それはお父さんには分からないかな~アハハ」
この時本当に体に良いかなんて知らないのにああ言ってしまったことに結構罪悪感を感じた。
ちなみに後になって調べたところ、腰に手を当てるのは牛乳瓶の飲み口の形が関係しているらしい。
飲む時によく瓶の口が鼻に当たってしまうらしく、それで瓶だけを傾けるんじゃなくて体を仰け反らせたほうが飲みやすくなるらしい。その際に上体を支えるために思わず腰に手を当てている、ということらしい。
娘よ、すまない。これからはちゃんと本当のことを言うことにするよ、お父さんは学びました。
と、まあこれがうちの娘が4歳の時だな……4歳……よ、ん…さい。
最近の4歳児ってすごいなー、ハハハ。
そしてまたある時。
「お父さん、宇宙ってどうやって出来たの?」
「宇宙はビックバンから出来たと言われているよ」
「なんでビックバンから出来たって分かるの?」
「なんでだろうなぁ、お父さんはその専門じゃないから分からないな」
「ふーん、どうしてそう言われているかも知らないのに答えは知ってるんだね、変なの」
ある時。
「お父さん、なんで人間は娯楽を求めるの?」
「おお、なんだ急に、心理学でも始まったか?……うーんそうだな、本能のようなものなんじゃないか? 他の欲がかなえられたら自然と娯楽を求めるようにできているとか?」
「でもそしたらワンちゃんとか猫ちゃんとかは? その話で行くとこの家に居るあの子も娯楽を求めそうだけどいつも特に不満は無さそうじゃん!」
「人間だけとか? あるいは不満はあるけど俺たちが気づいていないだけだとか」
「不満があったら何かしら訴えると思う! それと人間の本質は獣だと思うの、本能から娯楽を求めるなら他の動物も求めるんじゃない?」
(何この子、聡明すぎないか? これが5歳?)
そしてまたある時。
「ねぇお父さん、なんで死んじゃダメなの? 生きることを強制するのは違うと思うんだ、よくみんな死ぬのはだめ、って言うけど実際死んじゃいけない理由って無いと思うんだ」
「そこまで考えてるの!? う、うーんとそうだな……死んだら悲しむ人が居るからじゃないか? 人を悲しませるのはよくない、だからみんなそう言うんじゃないかな」
「悲しいから死んでほしくない、は別にいいと思うけどそれを押し付けるのはよくないよね、死ぬ権利は誰でも持っているもの、苦しくて自殺したいっていう人も死んじゃダメって言われると最後の手段まで奪われている気持ちになりそうだよね」
「あはは、それは確かにあるかもね」
――数年後
「お父さん、前から思うけどなんで生命は生きようとするの? いずれ死ぬのに、なんで? 思うんだ、生きることはこの世の最大の矛盾だと、でもそう考えてる私も死が怖い、これは本能なのかな? ならなんでそんな本能があるのかな?」
「寿命があるからこその矛盾、なら寿命があり、子孫を増やして命を繋ぐことに何か意味があって、本能的に生きようとするんじゃないかな? 生命が生きる理由はただ『そういう本能があるから』それだけだと俺は思う。なんでそんな本能があるのかは分からない、それらはもしかしたら死ぬ間際に分かることかもしれないし、何かのきっかけで分かることかもしれない、少なくとも今の俺には分からないことだ」
――数十年後
「ねぇお父さん、なんで生命が生きようとするのか分かった?」
「まだ分からないな、もしかしたら死ぬ間際じゃないのかもな」
「そんなこと言って、もうお父さん死んじゃうような気がするんだけどなぁ」
「ハハ、そうだな、今分かったことはあるな」
「え、なに? 生命が生きようとする理由?」
「俺が生きた理由だな」
「……どんな理由?」
「欲だな」
「欲?」
「ああ、俺はお前と一緒に生きたいという欲があった、まあ誰しもが持つ幸せになりたいと思う欲、と似たようなものだろう。いずれ死ぬのに"俺が"生きようとする矛盾に対しての答えはこれだ」
「欲、ね……なんかパッとしない」
「欲に矛盾は付き物、と言うとあってるかわからんが、俺の場合生きることの欲が矛盾を生んでいたのだろうと思っただけだ、これはお前の答えじゃない」
「……そっか」
「ああ」
「ああ、そろそろかもな」
「……そうなんだ……じゃあ最後に、一つだけ」
「答え、られるか分からないが」
「うん、それでも良いよ……ねぇお父さん、なんで大切な人が亡くなる時、こんなに悲しくなるのかな?」
「愛情があるから、だろ、それぐらい、お前も分かる、だろ、まったく……」
「うん、そうだね」
結局最後まで『なんで?』だったな。
いつまで経っても相変わらず"なんでちゃん"のまま。