二日目 大阪分室 橘
二日目
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震災以降は内閣府大阪分室が実質の政府を肩代わりしていた。
まずは満足に動けない官公庁および公共機関への指示を分室がおこなっていた。最も早く動かすべきは救援活動であり、その対応をおこなう自衛隊と警察関連への指示が優先であった。権限移譲については、半ば強引に如月政務官に移譲させた。
しかし、もし分室がなく、内閣府全部が東京に残ったままだった場合は、国家が存続できなかったことにもなり、あらためて今回の内閣府の分割のよるリスク管理が有益だったことが結果的に証明できたことになる。少なくとも分室主体で国家としての最低限の活動をおこなうことができていた。しかし,如何せん人数が本来の2割程度であり、職務は10倍以上の内容となっていたため、優先順位を付ける判断も困難な状況だったのだが。
政府主体の地震調査が始まるよりも民間の動きは早く、地方放送局を中心に被害状況の報道が始まっていた。丸の内を中心とした半径10km圏内は消滅に近い状態となり、耐震構造を疑うほどに建物が損壊していた。道路も大量のガレキなどで寸断されており、現場に入ることも出来ない状況になっていた。そういった報道が各局から流されていた。しかし結局、状況は空からの確認のみで、報道のヘリによるものが中心となっていた。
また、あらゆる企業がBCP(事業継続計画)に基づいた危機管理をおこなっていたはずだったが、首都圏消滅といった危機管理までは考慮していなかった。さらにBCPでの最終決断がトップにゆだねられていたため、都内本社の企業はトップ不在のため、決定権が速やかに移譲できない事態になっていた。トップの死亡確認ができない、次点の管理者も不明となると、作業が進められないことが露呈したことになる。しかしながら、そもそも誰もが、ここまでの被害を想定出来なかった点が問題だった。
そんな中、如月らは超法規的措置を取ってでも臨時政府を発足するべく奔走する。
周辺各国がどのような行動に出るかも全く未知数で、国防と言う立場での対応も必須だった。米軍横田基地の被害は甚大であったが、沖縄や北海道は被害がなく、軍としての機能は維持していたため、抑止力は確保できていた。ただ、自衛隊については、本省が壊滅的被害となり、権限移譲に時間を要することになった。
必要としていた気象庁の地震火山部担当については、たまたま、清水という研究員が関西に出張していたため生き残っていた。急遽、その清水を内閣府に呼び出した。清水は気象庁で地震の研究に従事しており、実におあつらえ向きの人材だった。年齢は40歳と橘と同世代で、分厚いレンズの銀縁眼鏡をかけた研究者然とした人間だった。
清水が分室に到着後、小会議室にて如月、橘、清水とで打ち合わせをしていた。
如月が話す。
「清水さん。データを確認してもらったと思うが、現状分かる範囲で報告をお願いする」
「はい、そうですね。データを見る限り丸の内が震源地のようです。プレート型よりも直下型地震の傾向が強いです。しかし、直下型でここまでの破壊力は生まれないはずなんです」
「どういうことだ」
「地震というものは、基本はプレートがずれることで起こります。当初から東京においては直下型地震を想定していました。これは内陸のプレートが動くことで発生するため、太平洋プレートと比較すると東日本震災ほど大きな地震は起こらないと考えていました。東日本は太平洋プレートによるもので被害も甚大でした。直下型だとプレートの歪み量がそこまでないということです。よって最大でもマグニチュード7が限界と思われていました。それが今回10を越えるような地震が起きてしまいました」
「じゃあ、なにが原因なんだ?」
「それがわかりません。現場へ行って、調査をすれば何か見えてくるかもしれません」
「気になるのは今後余震が起きるのかどうかなんだが、その辺はどうだ」
「すみません。これについても何とも言えません。仮に直下型であれば、余震はあるかもしれません。ただ、現在まで余震らしきものは起きていないので、やはり直下型地震ではないと思います。それよりもこれが地震だったのかが疑わしい気がします」
「地震の場合は通常は余震が起きるものなんですか?」橘が質問する。
「そうです。これだけ大規模の地震だと当然余震もあるはずです。それがほとんど起きていない」
如月が頭を抱える。
「どういうことだ。推測でも良いから何か情報をくれないか」
「推測ですか・・・・うーん、すみませんが、何とも言えません。あと、地震だけでなく、その後の爆風が気になります」
「爆風ですか、地震で嵐が起きることがあるんですかね」橘が話す。
「逆に嵐から地震が起きるということがあるかもしれませんが、地震が要因で嵐は起きません。よって、これはまったく根拠がないですが、地震ではなくなんらかの爆弾が使われたのかもしれません」
「爆弾?核爆弾みたいなものですか?」
「それなんですが、この規模の地震は水爆でも起こせないです。ツァーリ・ボンバクラスでもこれほどの破壊力は無いと思います」
「ツァーリ・ボンバってロシアの大型爆弾でしたか、たしか世界最大の水爆」
「そうです」
「新型爆弾って言う考えもあるのかな」
「そうですね。そっちのほうが可能性は高いと思います。放射能の被害もないですから、とにかく天然の地震とは思えないです」
「橘、衛星情報でミサイルのたぐいはなかったんだよな」
「ないです。防空システムからの情報でもそういった攻撃はありませんでした。さらに日本近海に艦船情報もなかったです」
「潜水艦ならどうだ?」
「その辺は防衛省管轄になりますが、防衛省やアメリカからもそういった情報は入ってません」
「内閣府に防衛省の人材も必要だな。橘、防衛省の人材はどうなった。チームに入れたほうがいいな」
「それについては今、候補者を選定中です。急がせます」
「清水さんは地震の専門家にもあたって欲しい。こういった案件の調査に適した人材に心当たりはないかな」
「やはり、京大の北沢教授ではないでしょうか。頭も柔らかいですし、地震については日本の権威です」
「そうか、面識はありますか?」
「学会で会うこともありますし、分科会でも一緒でした」
「それは、いいな。早速、調査依頼してください」
「わかりました」