キャンプ みゆき
7
その頃、ベアさんとみゆきはベアさんの車で大阪方面に向かっていた。依然として電車は軒並み不通らしく道も落石などで閉鎖されたところもあり、移動する車が増えてきたこともあって渋滞が増えてきていた。
「中央高速道路はトンネルの崩落事故で不通になったって下道をいくしかない」
「そうなんだ。困ったね」
「ここらへんは山道なんでがけ崩れもあったかもしれないから、どこが走れるか走れないかがさっぱり分からないな。走ってみて不通だったなんて事態もあるよ」
それでも地元長野放送局のラジオはつながっていて、地震の被害状況については段々とわかってきていた。今も車のラジオ放送から情報が流れてきている。
『政府や官公庁からは依然として情報はありませんが、現在局に入っている報告を判断すると、今回の地震の震源地はおそらく東京のようです。直下型の地震ではないかと思われます。さらに被害は甚大で都心は壊滅状態のようです。地震の規模や被害の詳細は今もってわかりません。これは気象庁や政府機関からの発表がないことから、政府自体が機能していない可能性があります。詳しい情報が入り次第放送いたします』
どうやら、驚いたことに東京そのものがなくなったようだ。ベアさんが話す。
「いったいどこまでの被害が出てるのかな。私は自衛隊で千葉にいたんだけど、その木更津基地もどうなったのか。市ヶ谷の防衛省の被害は甚大らしいから、自衛隊自体も機能していないんだろうな」
「そんな大きな地震だったんだ。私はてっきり長野県が震源地だと思ってた」
「そうだな、となると東京の揺れってどのくらいだったのかな」
「その後の嵐が凄かったです。あれも東京からだったのかな」
「ああ、そうだな。こっちであの風だったら、東京は恐ろしいことになってるな」
その時、みゆきのお腹が鳴った。ベアさんが話す。
「ああ、そうだ。お腹も減ったな。もう4時か、そろそろ今日の宿を探す時間だな。どうする?」
「おまかせします。」みゆきには何も策がない。
「私はまともな宿に泊まったことがないんだ。社会人経験不足なものでキャンプでいいかい?」
「キャンプですか。面白そう」
「じゃあ、この近くのキャンプ場を探すか」
ベアさんは車を路肩に停めると、地図をみながらキャンプ地を選んだ。ちょうど、近くにあったらしく、そのまま車を山の方に走らせる。途中、コンビニに寄り食べ物を購入し、そのキャンプ場に到着した。しかしその駐車場に停まっている車はほとんどなく、やってるのかどうかも分からない状態だった。
周囲を森で囲まれた駐車場の車から降りてみゆきがつぶやく。
「やってるのかな?」
「管理人がいるはずだから、聞いてみよう」
その駐車場の近くに管理人事務所があった。ベアさんはそこに入っていく。
「すみません。これからキャンプしたいんですが」
中にいた管理人はもう帰ろうとでも考えていたのか、人が来てびっくりしていた。
「キャンプしますか?今日はキャンセルばっかりでもう店じまいかと思っていたんですが」
「出来ればキャンプしたいんですけど」
「泊りですよね」
「はい、泊まります」
「テントは持ってますか?」
「持ってます」
やっぱり持ってたのか、ベアさんは元々、キャンプで回るつもりだったようだ。
「わかりました。じゃあ、こちらに記載してください」
管理人は申請書を出してきた。
「一人730円になります」
申請書に二人分書いていると、名前を見て管理人が気付く。
「ああ、親子じゃないんですか?」
「そうなんだよ。ちょっとした知り合いでさ。親子に見える?」
「ああ、そういえば似てませんね」
管理人はベアさんと私の体形をみていた。その目に気づいたのかベアさんが話す。
「わたしも若いころは痩せてたんだよ」
「いえいえ、けっしてそんなことは・・・」
管理人さんはあせった顔をする。ベアさんが質問する。
「そういえば、ここら辺の被害はどうなんだい?」
「一部、がけ崩れがあったみたいですよ。道路も何か所は不通になったみたいです。それよりも心配なのは噂でこれからもっと大きな地震が起きるって話があるんですよ」
「デマじゃないのかい。根拠がない」
「それでも、東京がなくなったらしいじゃないですか。政府もなくなって日本が終わっちゃうって大騒ぎですよ」
「そんなことはないよ。偉い人が何とかするのが日本さ」
ベアさんは自信満々で答える。それも根拠がない気がするけど・・・
キャンプ場はさすがに人も少なく、結局、私たちだけのようだ。管理人も本当にキャンプするのかと聞くのがわかる状態だった。このキャンプ場は森の中にありバンガローも装備されているみたいだった。丸太で組まれたバンガローが数軒建てられていた。まさに森の中にキャンプ場を作った感じで、森林浴をしながらキャンプも出来るところが売りのようだ。自然にあんまり触れたことのないみゆきには新鮮だった。
「わたしらだけで貸し切りみたいだな」
「私、キャンプなんて初めてです」
「学校で臨海学校とかやらないの?」
「私の学校ではなかったです」
「そうなのか、飯盒炊飯とかやらないのかな?」
「はんごうすいはんって何ですか?」
「これこれ、これでご飯を炊くのさ。お米がいるけどね。当たり前か」
といって、なんか黒い弁当箱みたいなものを出してきた。微妙に曲がっていて、豆を筒状にしたような形だ。
「みたことないです。臨海学校は、昔はあったみたいですけど、食中毒が心配だとかで、なくなったとか言ってました」
「なんだい、ちょっとはお腹を壊して、腹を鍛えないと免疫もつかないだろうに」
ちょっとこの人、恐ろしい事を言ってる。ベアさんは手慣れた感じでテントを設営した。やっぱりキャンプ慣れしているのがわかる。みゆきはただ見てるだけだった。その後は二人で森の中に入り、火の材料になるもの木切れや松ぼっくり、これは火が付きやすいそうだ、などを拾ってきた。水はポリタンクでキャンプ場にある水道からくんで来た。森林浴なんて久々なんで、みゆきは生き返る気がした。自然っていいな。
「よし、じゃあ、飯を作るよ。火を起こすか」
ライターで新聞紙に火をつけて、続いて先ほど拾ってきた松ぼっくりを中心に火を起こした。みゆきも手伝うのだがうまく火が付かない。そのたびにベアさんが教えてくれる。
ベアさんはキャンプしながら、鳥取まで行くつもりだったみたいで、生米も持って来ていた。黒い弁当箱のようなもの(これを炊飯というらしい)に米と水を加え、金網に乗せて火にかける。徐々にお米が炊けてきて蓋から汁のような泡があふれる。みゆきはご飯が炊けるのを初めて見た気がする。こんなものでご飯が炊けるとはちょっと驚きだ。飯盒炊飯って面白い。その汁みたいなものが吹き出したら、火から下してしばらく蒸すようだ。
ベアさんは昔から、こんなことばかりやっていたらしい。同時に焚火のお湯で温めたインスタントカレーを飯盒炊飯で出来たご飯にかけて食べた。みゆきはこんなおいしいカレーを初めて食べた気がした。インスタントカレーなんかいつも食べてるのに。
ベアさんによると、本当はカレー自体を最初から作るのが臨海学校でやることみたいだった。ベアさんは料理は得意じゃないと言っていた。基本は食べるのが専門で今回もレトルトカレーを3人前は食べていた。飯盒を3個も使う理由がわかった。
食後、たき火にあたりながら、ベアさんが缶ビールを飲んでいる。やっぱりこの人は心底やさしい顔をしている。ベアさんはいろんな話をしてくれた。自衛隊の話、学生時代のクラブ活動の話、あんまり、色恋の話はなかったけど・・・。
しばらくして、みゆきは話し出す。
「淵さんは長野のどこに住んでたの?」
「軽井沢にいたんだ」
「へーえ、かっこいい」
「そうか、避暑地で有名だからかな。でもいいところだったよ。みゆきは、どこにいたの?」
「私は東京の多摩地方に住んでた」
「東京か、多摩地方だったら、今回の地震は大丈夫だったかもね」
「だったらいいけど、中学1年生まで住んでたんだ。そのあとは静岡に行った」
「そうか、静岡もいいところだな。魚もうまいし、ウナギもうまいんだ」
「そうなの?うなぎは食べたことないな」
「世の中、うまいものであふれてるぞ」
ベアさんは本当に食い意地が張っている感じだ。みゆきは思い出したように話す。
「東京にいたころに、小学校の高学年の頃からいじめが始まった・・・」
「うん」ベアさんはそう言ってみゆきの言葉を待つ。
「元々、人と話すのが得意じゃなくて、無視した覚えはないんだけど、いじめのグループから眼を付けられて、段々、いじめがひどくなった。もう、学校に行くのが嫌で嫌で仕方なかった。お母さんもそれを気に病んでいて、家でもおかしな雰囲気になって来たんだ。そんな中、お母さんが亡くなって、余計にいじめがひどくなって、小学校で終わるかと思ったら、中学に行っても同じ連中がいていじめが続いていった。もう、限界って思った。それで、おとうさんが見かねて、静岡のおばあちゃんの所に転校したんだ」
「そうかい。大変だったね」
「中学1年の途中からの転校だったけど、田舎だったら、うまくいくかと思ったけど、いじめで転校したって噂が広まって、お母さんの自殺もあったんで変な目で見られて、田舎にもなじめなくて、段々、学校の居場所も無くなってきて、結果として、やっぱりいじめが始まって・・・」
みゆきはつらかった頃を思い出した。毎日、つらくって絶望しかなかった。
「みゆきはそれでも学校に行ってたんだね」
「うん、バカみたいだけど、なんか行かないといけないって思ってた。自分でもよくわからないけど」
「そうか」
「生きるってなんなのかな・・・」
「うん・・・」
「毎日、いやなことばっかりで、なんで生きてるのか、もう死んだ方がましだった」
火を見ながら、ベアさんはしばらく黙っていた。そして思い出したように話をする。
「やりたいことはないの?」
「え?やりたいこと・・・・特にない」
「そうなんだ。私はやりたいことを見つけるために生きていたいんだ。私らの学生時代と今は違うのかもしれないけど、生きてるんだから、何をやりたいかだろ。それを見つけるため生きてると思う」
「やりたいこと・・・・」
「私は今回、仕事を辞めてきたんだけど、それは自衛隊の仕事がやりたいことじゃなかったから辞めたんだ。これから、どうなるかはわかんないけど、やりたいことを見つけていくよ」
みゆきは考え込む。ベアさんは続ける。
「よくはわかんないけど、今は色々な制約もあるだろ、今の学生はあれだめ、これだめって、みんなが型にはめようとするよね。意識はしていないかもしれないけど、世の中がみんなそんな感じだ。みんなが鬱屈している気がする。そんなものに振り回されても仕方ないよね。だったら、一度、全部やめてみたらいいんじゃないか」
「全部、やめる?」
「そうさ、やりたくないこと、面倒なこと、規則とか世間体とか、学校とか、全部やめてみてから考えてもいいじゃないか」
「そんなことできるかな。」
「できるさ、なんにもしなくていいんだからな。引きこもったっていいじゃないか、まあ、そういう考えかたさ。楽になるだろ。そこから何か、出てくるものを見つけるのさ、何がやりたいのかってね」
みゆきはじっと考えだす。そして思った。そうか、そんな考え方でもいいのか。負けたくなくて、意地をはって学校に行っていた。行かなくてもよかったのか。やりたいことって何だろう。今まで考えたこともなかった。
「私は自衛隊にはいって、人助けがしたかったんだ。でも、なんか、上の人に認められて特殊部隊なんかにはいっちゃって、方向性が変わったんだけど、最初はそれはそれで面白かったな」
ベアさんは話を続ける。
「あと、人生はこっちが思った通りにはいかないよね。それが面白かったりする、受け入れるんじゃなくて受け止めるんだ。この話難しいかな」
「うん、難しい。けど考えてみるよ」
「そうだよ。色々考えてみな」
なんか、ベアさんの話は難しいことも多いけど、心にしみた。
ああ、この日の事は絶対に忘れられない日になるのかもしれない。まるで、長野のキャンプ場は、夢の世界にいるかのような蒼い森の中で、夜はいつともなく過ぎていった。