出会い みゆき
5
みゆきはそのまま誰にも気づかれることなく、学校から逃走して駅に向かうことができた。学校内は混乱していて誰もみゆきの事は気に留めなかったというのが、本当のことだろう。さらに元々、みゆきは影が薄いのかもしれない。
学校から最寄りのJRの駅までは2kmぐらいなので、歩いて行ける距離だ。
みゆきは駅に向かう道すがら、周囲を見ると辺りは騒然としており、建物の倒壊はないがブロック塀が壊れていたり、道路も至る所でひび割れがあったりして、先ほどの暴風の影響なのかガレキも道に散乱していた。ここだけではなくて、同じように色々な所で被害が出ているのかもしれない。
ただ、駅までは歩いて行けた。
駅はローカル線のそれで駅前はロータリー兼駐車場になっている。タクシー乗り場もあるがタクシーはそこにはいなかった。一階建ての小さな駅舎があり、そこに人の気配はない。
みゆきは駅舎の中に入るが電車が動いている気配はなかった。改札付近にいた駅員に聞いてみる。
「電車は動いてないんですか?」
駅員は困った顔をする。同じような問い合わせが多いのだろうか、
「だめですね。この先のトンネルの安全確認が出来ていないのと、運行は線路の状態を確認してからになります」
「どのくらいかかりますか?」
「すいません。今のところ復旧の見通しはたっていませんね」
「私、大阪まで行きたいんですが、どうすればいいですか?」
「大阪ですか、どうですかね。一応、振替のバスが出るはずですが、今のところそれもどうなるかはわかりません」
「バスが走らない可能性もあるってことですか?」
「そうですね。もう少し立たないと何とも言えないです」
「でもバスが出るとすればどこから出ますか?」
駅員は増々困った顔になる。ただ、答えないわけにはいかないので返答する。
「その先の駅入り口ロータリーを出て、左側にバス亭があります。でも、走るかどうかはわかりませんよ」
「わかりました」
そういわれてもみゆきに方策もなく、仕方なくそのバス亭まで行くことにした。
ロータリーを出て左を見ると確かにバス停らしき、屋根と看板があった。
やはり、そのバス亭には誰もいない。道路も県道なのかそれなりの広さがあるが、バスどころか車もほとんど走ってない。
これは地震とさっきの爆風のせいだろう。これだといくら待っても無駄なのかな。そんなことを考えていると車が来た。
赤いスポーツカー。これはどう見てもバスではない。それがみゆきの前に停まると、車から降りてきたのは見るからにヤンキーっぽい2人組だ。鼻ピアスなんかして髭もはやしている。みゆきはとっさに逃げることを考える。やばい逃げなきゃ。しかし、付近に人はいないし、車もほとんど走っていないのだ。
「ねえ、彼女、バス来ないよ。送ってくよ」
みゆきは答えず逃げだす。ところが下りてきたそのヤンキー2号が、みゆきの行く先に回り込んできて、いきなり羽交い絞めされる。
「おいおい、逃げるなよ。送っていくだけだよ」
「離して!」みゆきは抵抗するが所詮、中学生の力では歯が立たない。
「送っていくだけだって」
「いやだって、離して!誰か助けて!」みゆきはあばれる。
「言うこと聞けよ、仕方ない、早く,載せろ!」
ヤンキー1号が指示を出す。みゆきは必死にあばれて逃げようとするが、男性2人の力で抑え込まれて、車の後部座席に載せられる。すると一緒に後部座席に乗り込んだヤンキー2号がナイフを出す。
「騒ぐと刺すよ」
みゆきは恐ろしくなって抵抗するのをやめる。もう万事休すだ。車は走り出す。
「たけし、そいつのスマホを捨てるんだ」
「了解!出せよ」
みゆきが拒むと、ヤンキー2号はみゆきのポケットから強引にスマホを取りだし、窓から投げ捨てた。買ったばかりの新製品アイフォンが捨てられてしまった。
「これで、追跡はできねえっと、まあ、元々つながらないみたいだけどな」
ヤンキー2号が気持ち悪い笑顔をさらす。
「たけし、山行くぞ!」
ヤンキー1号の運転手の男が言う。
「おっけー、楽しもうぜ」
みゆきは何もできない。顔も青ざめて息が出来ないぐらい苦しくなる。
ヤンキーたちは慣れた感じで車を山の方向に走らせる。おそらくこういうことを常習的にやっているのかもしれない。車はどんどん町からは離れていき、山の中の林道を走っていく。みゆきは何も出来ずにただ震えていた。
林道をさらに奥にはいって行く。まったく人気がなくなり誰もこない薄暗い山奥に入る。いよいよ絶対絶命である。このまま乱暴されてもしかすると殺されるかもしれない。
「彼女、川辺涼に似てるな。本人じゃねえよな」
ヤンキー2号が話す。いつものみゆきが似ているというアイドルの話だ。みゆきは恐怖で口もきけない。
「おお、久々の上玉じゃんか」
ヤンキー1号もにたりとする。やっぱりこいつらは常習犯だ。
結局、車は20分近く走って、とうとう林道の行き止まりまできたようだった。
「この辺でいいか」
車が止まった。その瞬間にみゆきは最後の力を振り絞って、ヤンキー2号の手に思い切り?みついた。
「いてぇー、何すんだ」
みゆきがドアを開けて逃げ出す。とにかく逃げるしかない。みゆきは震えが止まらないがふらふらしながらも走る。
「たけし、追いかけろ」
ヤンキーたちが追いかけてくる。山は木が生い茂ってはいるが隙間もあり、林道から外れていくと丘のようになっているのか、ずっと下る形のなだらかな斜面が続いている。みゆきは転がるように走るがしょせん女の子だ。ヤンキー達は追いかけるのを楽しむようにじわじわと徐々に迫ってくる。
「助けて!誰か!」
「馬鹿じゃないの、こんな山の中に誰もいないよ」
「ヒャッホー、面白いな。燃えるぜ」
みゆきは山肌を転がるように駆け下りていく。男たちが歩きながらゆっくりと追いかける。みゆきは元々、運動音痴で走るのも苦手だ。ついに転んでしまって木に頭をしこたまぶつける。頭がクラクラする。ああ、起き上がれない。もうだめだ。
「観念しろよ。命まではとらねえからよ。楽しもうぜ。」
ヤンキー1号の手がみゆきの制服にかかる。みゆきはあきらめて目を閉じた。
ヤンキー達の臭い息がかかる。と思ったが・・・・あれ、やつらの身体が離れていくのがわかる。
「何しやがる」
そっと、目を開けると、なんとそこに正義の味方が現れた。うそみたい。それは小柄な女性だった。
「おばさん、なんだよ。じゃますんじゃねえよ」
「見逃してやるから、このまま消えな」
「ふざけんじゃねえよ」
ヤンキーたちがその女性に襲い掛かる。みゆきは格闘技については、よくわからないけど、その女性の動きはまるで踊りをみているようだった。実に軽々とヤンキーの攻撃をかわし、滑らかに相手の腕を取り、関節を外すような動きを取る。
「痛!」
ヤンキー1号はそれで戦意喪失。なんと腕が変な方向に曲がっている。多分折れたのかもしれない。相当、痛そうでその場でのたうち回っている。
ついにヤンキー2号がナイフを出す。
「殺すぞ」
普通はたじろぐと思うが、その女性は全く動じない。ヤンキー2号と間合いを取って戦闘ポーズをとっている。半身の姿勢で右手を前に出しており、左手は添える形である。何かの格闘技のポーズだと思う。
ヤンキー2号はナイフをつくように差し出す。女性はいとも簡単にナイフを右手ではじくと、ヤンキー2号のナイフを持っていない左腕をつかんでひねるようにする。これはさっきと同じような関節技かもしれない。ヤンキー2号ももんどりうって倒れこむと、そのまま、うめくだけになる。見るとやはり腕が変な方向に曲がっている。
「よし、彼女、逃げるよ」
みゆきは女性に引っ張られるように連れていかれた。ヤンキー達は追いかけようとするが、相当のダメージだったみたいで、動こうとするが腕の痛みにうめいていた。
山肌を登り先ほどの林道まで戻ると、ヤンキーの乗って来た赤いスポーツカーの後ろに茶色の小型車があった。
「乗って」
女性は30歳後半ぐらいで小柄な割にはがっちりした体形のようだ。みゆきと同じぐらいの身長だけど、体重は1.5倍はありそうな感じだ。ボブカットぐらいの短い髪形で、顔は柔和で目もくりっとしていて、なんとなくテディベアを思わせる。特段の美人ではないがけっしてブスというわけでもない。かわいらしい感じだ。
そのベアさんが車のエンジンを掛ける。そしてすばやく方向変換をしてして山から逃げていく。
「シートベルトはしてるね。飛ばすよ」
言うが早いか車はスピードを上げていく、ベアさんは運転もうまいようだ。山道をラリーカーのようにお尻を振りながら走っていく。ジェットコースターみたいでちょっと怖い。タイヤもキーキー鳴いている。
20分ぐらい走って、車はようやく幹線道路に戻った。車の運転も安全運転になる。ベアさんがみゆきに話しかける。
「大丈夫か?ケガはない?もう、大丈夫だよ」
ベアさんがにこっと笑う。何と言う素敵な笑顔だろうか、
「はい・・・・」
美雪はそれしか言えない。もっとちゃんとしたお礼を言わないととは思うが何も言えない。今頃になって震えが出てきて涙が止まらなくなる。ついに、みゆきは声をあげて泣いていた。みゆきは思う。私が声を上げて泣いたのはいつ以来だろう、母さんが死んだときも泣かなかったのになんでだろう。ベアさんはそのまま何も言わずに車を走らせてくれた。
それから、数分間走って、ようやくみゆきの涙は止まった。ベアさんは幹線道路沿いのコンビニに寄った。
「彼女、ここは営業してるみたいだ。何か飲もうか」
私はカフェラテを買い、ベアさんはコーヒーを買った。車に戻りベアさんが話をしだした。
「落ち着いた?自己紹介がまだだったね。私は淵圭子です。淵はへりのふちって書く」
「淵さんですか、わたしは橘みゆきって言います。タチバナは木の橘です。みゆきはひらがなです」
「みゆきちゃんか、今いくつ?」
「中三です。14歳」それにベアさんはびっくりする。
「そうなの、見た目より若いんだ。高校生かと思ったよ。それだと私の娘って言ってもおかしくないぐらいだね。ああ、ちなみに私は独身だよ。歳は秘密ね。ところで、みゆきちゃんはどうしたの?」
歳は秘密なのか、見た感じはお母さんと同じぐらいの歳なのかな。40歳ぐらいかな。
みゆきが答える。
「学校がこの地震で休校になったので、おとうさんの所へ行こうとしていました」
「ああ、そうなの。で、そのとーちゃんはどこにいるんだい」
「大阪です」
「え、大阪、じゃあ今はお母さんと住んでるのかい」
「いいえ、私は寮にいるんです。父は仕事で大阪に赴任してます」
「寮?」
「はい、この近くに全寮制の中学校があるんです」
「全寮制の学校か、お母さんはどうしたの?」
「・・・母は死にました」
ベアさんはまずいことを聞いてしまったという顔をする。
「ああ、ごめんな。そういうことか」
「淵さんはここで何してたんですか?」
「うん、私は鳥取の知り合いのところにいくところなんだ。実はおとといまでは自衛隊にいたんだけどね。そこを辞めたんだ」
ここまでは話して、ベアさんは何かに気づいたように話す。
「ああ、それから、さっきの地震は東京が震源地らしいぞ。よく、わからないけど、相当な被害が出ているみたいだ」
東京が震源地だとは知らなかった。みゆきは驚く。
「そうなんですか?スマホもつながらなくて訳がわからなくて」
「スマホはまだ、繋がらない、だめみたいだな。ラジオが情報を流してくれてる」
「あの、どうして助けてくれたんですか?」
「どうしてって、普通、助けるだろう」
「いや、私が拉致されたのが、どうしてわかったのかなって意味です」
「ああ、実は私には超能力があるんだ」
「え、まじですか?」
「ははは、そんなわけないか、実は後ろを走ってたんだよ。赤い車が見えて、いかにもってやつらが乗ってただろ。後部座席に貴方がいておかしいなって思ってさ。なんとなく脅されてるように見えたしね。それでそのまま林道に入るから、もしやと思って後を追っかけた」
「そうなんですか、おかげで助かりました。あの、あと、格闘技をやってたんですか?とっても強いんでびっくりしました」
「自衛隊でやらされたな。まあ、元々、合気道もやってたんだけどさ。自衛隊でやったのは実戦向きの格闘技だったな」
「すごかったです」
「まあね。大会で優勝もしたこともあるからな」
「へえ!」やっぱり道理で強いと思った。
「もう自衛隊もやめたから、今はプー太郎だけどな」
「はあ。」熊のプーさんだ。
「私はこのまま鳥取まで行くから、みゆきが良ければ大阪まで送っていくよ」
「ほんとですかよかった!電車が止まっててどうしようかって思ってました」
「じゃあ、大阪まで行くよ。料金はとーちゃんからいただくね」
「はい、大丈夫です」
「ばか、冗談だよ」ベアさんの素敵な笑顔が出る。ほっとする笑顔だ。「そろそろ行くか?」
「はい」
なんか楽しい人だ。みゆきもうれしくなる。
「車の運転もうまいですね」
「自衛隊だからな。戦車も動かせるぞ」
「へー、すごい」
「まあ、仕事だったからね」
「淵さんは鳥取に行くって言ってましたけど、なぜ長野にいたんですか?普通、高速で行くんじゃないんですか?」
「ああ、それね。昔、長野に住んでたこともあったんだ。そこに寄ってから鳥取に行くところだった」
「ああ、それで長野を走ってたんですか、でもそのために私は助かったんだ。運が良かったな」
「運命だよ」
「はい、ほんとにそう思う。人もいなかったし、あのままだと私、どうなったか・・・」
「うん、そうだけど、あんまり気にすることはないよ。みゆきの日頃の行いがよかっただけさ。神様が見てたんだ」
「はあ」
みゆきはそんないい子じゃないけど・・・
「地震は大丈夫でした?」
「ああ、ちょうどその知り合いの家に居たから、大丈夫だったよ。でもけっこう揺れたな」
「はい、びっくりしました。地震の後の嵐もすごくって」
「そうだったね。長野であれほどの被害だったら、東京はどうなったんだろうな。知り合いも多いから心配だよ。みゆきは東京に知り合いはいないのかい?」
「はい、いません。あと、おばあちゃんが静岡にいます。静岡は大丈夫なんでしょ。おとうさんは大阪なんで大丈夫だと思います」
「そうか、で、とーちゃんは何をやってる人なの?」
「政府関係の仕事をしてます」
「へー、政府関係か、それはすごいね。大阪にいるんだ?」
「私も良く知らないんですけど、元々、霞が関で働いていたけど大阪に分室を作ったとかで去年から大阪勤務なんです」
「ああ、そうか、じゃあ内閣府だね。大阪分室を作ったって聞いたな」
「とーちゃんはキャリアなのかな?」
「キャリアってよくわからないけど、割と上の方らしいです」
「おお、じゃあキャリアだ。自衛隊も偉い人は大卒でキャリアなんだ」
「大阪にいて助かったのかな?」
「そうだね。東京だったら心配だったな。それでとーちゃんに連絡したのかい?」
「いえ、まだです」
「心配してるぞ、早めに連絡しとけよ」
「はい」
みゆきはスマホがない。どうやって連絡すればいいのか、それに少し面倒だ。