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ある日突然 ある親子の1週間  作者: 春原 恵志
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琵琶湖畔 みゆき

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みゆきは自転車での旅行にもようやく慣れたのと、長野の山から離れて坂道が減ってきたため、走るのがずいぶん楽になっていた。結局、予定よりも早く進行し、名古屋は素通りして琵琶湖に向かうことになった。でも、ベアさんは、ちゃんと名古屋でお昼にして、ひつまぶしの大盛を頼んでいたけど。

ベアさんの話によると、彼女は子供のころから、よく自転車に乗って出かけていたそうだ。なんと日本全国を走りぬいたらしい。どうりで道をよく知っていると思った。

上手くいけば、あさってには大阪に着くことができるそうで、今日はそれほど急がずに琵琶湖近くで泊まることになった。そして琵琶湖のほとりにあるビジネスホテルに泊まる。

観光案内で調べたら3000円以下で朝食もつくホテルとのことでベアさんは大喜びだった。

明日にはベアさんとお別れなのか、そう思うとみゆきは複雑だった。

今日の夕食が最後の晩餐なのだ。ベアさんのリクエストで駅前の串焼き屋になった。でも子供を酒場に連れて行くかな。ベアさんはホテルの受付で安くてうまい居酒屋を聞いてこの店にしたらしい。特に安いというところを重要視した模様だ。

お店は昔ながらの居酒屋といった串焼き屋で、全体が燻した木でできている店だった。のれんをくぐってお店に入る。

お店は厨房をお客さんに見せる形でその前にカウンターがあり、さらにその後ろにテーブルの座席が3、4個あった。店内にもいぶし銀の太い木の柱がしっかりとあり、趣を感じさせる。

「いらっしゃいませ」

二人が入ると店員の若そうなあんちゃんが寄ってくる。

「お二人ですか?」

「うん」

「カウンターでよろしいか?」

「いいよ」

カウンターに案内される。お店はまだ早いのか、お客さんはパラパラと言った感じだ。

あんちゃんはいったん厨房に引っ込んで、おしぼりを取って戻ってきた。「何しましょうか?」メニューを見ながら、ベアさんが話す。

「とりあえず、生ビール大きいの。それと彼女は小生ね」

えっ、中学生にビールなの。

「はい。わかりましたって、だめですよ。子供なんだから」

「おお、ボケ突っ込み。さすが関西」なんだ。ボケたのか。

「みゆき、何にする」

「えーっと、ウーロン茶にする」

「はい。かしこまりました。あれ、彼女、川辺涼に似てるわ。本人とちゃうよね」

「いえ、違います。よく言われるんです」

「誰だい、それって」ベアさんはきょとんとしている。

「ああ、芸能人ですよ。アイドルグループでセンターやってはります」

「へー、そうなんだ」

「奥さんの娘さんじゃないんですよね」少し訝しげな顔で聞く。

「そうなんだ。似てるけど違うんだ」

「すいません。そこ突っ込めへんわ」

あんちゃんはこれについては突っ込めないみたい。

「あと、つまみはどうしますか?」

「とりあえず、串焼きの盛り合わせを4人前ください」

「はい、了解です」

陽気なあんちゃんはひとまず退散。

みゆきは居酒屋初体験だ。まあ、中学生だからそれが普通だと思うけど。

ベアさんはおしぼりで顔をごしごし拭きながら話す。おっさん臭い。 

「そのアイドルってみゆきに似てるのか?」

「そうみたい。私はそういうのを見ないのでよくわからないけど、よく間違えられる」

「へー、見てみたいな」

「スマホがあれば、見れるけどね」

「なるほどね。さあて、みゆき、いよいよ、とーちゃんの大阪までもう少しだな」

「うん、なんか思ったよりあっという間だった気がする」

「そうか、もう一人前のチャリダーだな」

「そうかな。最初はどうなるかと思ったよ。でも、自転車って素敵な乗り物だね」

 ベアさんはその言葉で嬉しそうに言う。

「そうだろ、みゆきもそう思ってくれてよかったよ。これからも自転車に乗りなよ」

「うん、そうする。レースは無理だけどね」

「そうかい、惜しいな。もう少し頑張ればなんとかなるのに」

「むりーーーー」

「みゆきの得意なフレーズだな。ふふふ」

そこへさっきのあんちゃんがビールと付け出しを持ってくる。

「お待たせしました」

「スマホ持ってますか?」唐突にベアさんが聞く。

「え、持ってますけど。何か?」

「さっきのなんとかっていうアイドルの画像を見てみたいんだけどさ」

「お客さんスマホ持ってないんですか?」

「うん、落としちゃったんだ」

「そうでっか、それは困りますね。ちょっと待ってください」

あんちゃんが自分のスマホを操作する。早速、見つかったみたいで、

「ああ、この人です。川辺涼ちゃんね」

「どれどれ、おーーー、ほんとだ、みゆきそっくりだな」

 あんちゃんのスマホに川辺涼が映っている。

「今、高校生だったかな。彼女も同じくらいかな?」

「いえ、中三です」

「へー、そうでっか、大人っぽく見えますね」

「私は誰に似てるかな」

ベアさんが無茶振りする。あんちゃんが困った顔をする。

「そうですね。芸能人というよりも、」

「言うよりも・・・」

「くまさんみたいですな。プーさんとか」

「はあ、微妙な表現だな。うれしいのかうれしくないのか、よくわからん」

「うん、私はわかる。かわいいプーさんだよ」

「ふーーん、まあいいか」

ちょっと納得しかねる感じで、ベアさんとみゆきはビールとウーロン茶で乾杯する。

「かんぱーい」

ベアさんはビールを豪快に飲む。大ジョッキなのに、あっという間に減っていく。

「すごい。一気だ」

「うまいね、ビールは水みたいなもんだ」

また、凄いことを言っている。串焼きも4人前なんてあっという間だろうな。

「淵さんはお酒どのくらい飲めるの」

「どうかな。限界まで飲んだことないから、分からないけど、一晩飲み続けたことはあるよ。みんな、酔いつぶれてたけど、私は平気だったな」

「えーー、凄すぎる」

「身体がアルコールを分解できるんだろうな。二日酔いもあんまりない」

「大食いはどのくらい行けるの」

「大食いはやったことないな。でもラーメン4人前とかは平気で食うな」

「大食い大会とか出ればいいのに」

「そうだな。今度、挑戦してみるよ。でもみゆきは少食だな。若いんだからいっぱい食べないと大きくなれないぞ」

「あんまり、食事がおいしいと思ったことないんだ」

「そうか、今回はみんなおいしいおいしいって食べてたのにな」

「うん、そうなの、今回は美味しいものが多かったよ」

「そうか、この串焼きも美味しいぞ」

みゆきはベアさんと食べてるからなのかなっと思った。楽しい食卓って食べ物を美味しくする。

しばらくして串焼きが出てきて、ベアさんは来たとたんに追加注文をしていた。絶対、大食いで優勝できるな。

「私、あれから淵さんから言われてたやりたいことを考えてたんだ」

「うん、それでどうなった」

「まだ、はっきりしないんだけど、淵さんみたいに人助けをするって素敵なことだと思った」

「うん」

「でも、わたしは運動音痴だから、自衛隊とかは難しいと思う。それでさ、医者になってみたいと思ったんだ。まあ、無理だろうけど」

「何言ってるんだ。無理なもんか、そうか、いいな。みゆき先生か、私も病気になったらみゆきに診てもらいたいな」

「そう?そう言われると、頑張れる気がする」

「私なんか運動バカだから、頭脳労働は難しくて医者は無理だけどな。みゆきは頭が良さそうだから、良い先生になるな」

「昨日の男の子を手術した眼鏡先生って、かっこよかった。人の命を救う仕事って大変だろうけど、やる価値があると思った」

「そうだね。格好良かったな」

「淵さんもかっこよかった」

「あれぐらいだったら、みゆきもすぐできるぞ」

「うん、がんばる」

みゆきは俄然やる気が出てきた。その前に勉強しないと。

「あと、いじめの話をしたけど、淵さんみたいに言われたのは初めてだった。今までは親も学校も誰が悪いとか、学校の体制がだめとか、みゆきの行動に問題があるとか、そんなことばっかり言われてた。でもそんなこと言われてもどうしてらいいのか、まったくわからなかったよ。でも、淵さんはやりたいことをやれって言ってくれて、自分次第なのかなって思えた。なんか、やれそうな気がしてきた。いじめなんかどうでもいいことかもしれない。みゆき次第って気がした。どうなるかはわからないけど」

「そうか、よかった。人のせいにしても何も解決しないからね。みゆきが自分でなんとかできそうって思ってくれて本当によかったよ。あれ、みゆき、あんまり食べてないな。串焼きうまいぞ」

「うん、おいしいよ」

いやいやベアさんのペースが速すぎるんだよ。みゆきは食べるのもとろいの。串を入れる竹のケースがもう満杯になってる。

その後もベアさんはたんまり、串焼きとビールを給油した模様で、満足したようだった。

みゆきはウーロン茶と串焼きで、ゆっくりでしたが美味しくいただきました。


勘定を済ませて店を出る頃には辺りはすっかり夜になっていた。食後の夕涼みで、琵琶湖のほとりを歩くことにする。季節は初夏だ。今が一番いい季節かもしれない。琵琶湖からいい風が吹いてくる。

みゆきが話をする。

「いつもおごってもらってすみません」

「何言ってるんだ。子供が言うことじゃないぞ。気にするな。そうそう、昔のことだけど、自衛隊の先輩とよく飲みに行って、いつもおごってもらってたんだ。その先輩もおごりっぱなしだったから、たまには私が出しますって言ったら話してくれてさ。先輩がおごる、後輩がごちそうになるってのを繰り返していけばいいって話だったよ。後輩だった人間がいずれ、先輩になるだろう、そうしたら後輩におごるってサイクルを続けていけば、お金は回るって、考え方さ。そうやって人との結びつきがずっと続いていくっていうのかな、なかなかいい考えだと思ったな」

「そうだね。でも、私もそうだけど最近の若い人はそういった関係を嫌う人も多いから、段々、すたれていくのかもしれない」

「さびしいけど、そうかもしれないな。でもみゆきはそうじゃないことを期待するよ」

「うん、鋭意努力します」

「政治家の答弁だな。ははは」

「最初は自転車でなんか、大阪まで行けないと思ってた」

「そうかい、意外と大丈夫だっただろ、みゆきは若いから色んなことがどんどん上達するんだよ。もうちょっとやれば、もっと早く走れるよ」

「でも、足がムキムキになっちゃうよ」

「いや、自転車って、ゆっくり走ると有酸素運動だから、むしろ、スリムになるんだ。ムキムキなのは競輪選手とか、短距離を目いっぱい走るような場合だけだよ」

「そうなんだ。淵さんはなんでも、よく知ってる」

「こう見えても運動バカさんだよ」

「はあ?見た目もそのままなんですけど」二人が笑う。

夜道を歩いていく。琵琶湖の水面に灯が映っていて、けっこう幻想的だ。

みゆきが思い出したように話す。

「淵さんもみゆきのことが嫌になるのかな・・・」

「え?何だい急に」

 みゆきはベアさんに母親の話をしようと思った。

「みゆきが小学6年生の時だった。2学期になってどんどんいじめがひどくなってきた」

「うん」

「学校から帰るころには体中泥だらけだったり、水浸しだったり、あいつら逃げても追っかけていじめるんだよ。もうつらくって・・・そんな時、家でも母さんが段々冷たくなってきて、どうしてかなって思ってた。みゆきの話も聞いてくれないし、みゆきを見ても逃げるようにいなくなったりしだしたんだ。だからもう家に帰るのもつらくて。ある日、家に帰って母さんがリビングにいたんで、話しかけたんだ。その時のお母さんの顔が忘れられない。みゆきを見たらいきなり言ったんだ。

『みゆきを生むんじゃなかった』

びっくりして、そのまま固まったよ。自分が全否定されたような、生きる価値がないようなどうしようもない気持ちになった。しばらくは立ち直れなかったよ」

ベアさんも泣きそうな顔でみゆきを見ている。

「私、ずっと死にたかったんだ・・・・」

「・・・・」

「でも、なんか死ぬ勇気がなくて、」

「・・・・」

「お母さんが死んだ話をしたよね」

「うん、聞いたよ」

「お母さんは自殺だったんだ。さっきの話の後、2学期が終わる時期。家に帰ったら、お母さんが死んでた」

「・・・・」

「キッチンに桟があって、そこで首を吊ってたんだ。私は何にもできなかった。人が死ぬのを見たのは初めてだったし、それがお母さんなんて、もう、びっくりして足がすくんで、どうしようもなかった。そのまま、おとうさんが戻ってきて、色々なことをやってたけど、私はショックでしばらく何にもできなかった。

お母さんは、私が嫌いだったんだ。母さんは私なんか生まなきゃよかったって、本気で思ってた。私、母さんが死んでから、ずっと同じ夢を見る。私が家に帰ると、母さんがキッチンで首を吊っていて、死んでるはずなのに、そのまま、振り返って私にしゃべるんだ。『みゆきを産むんじゃなかった』って、私だって生まれてきたくなかったよ。何で生まれてきたの」

ベアさんは私を強く抱きしめた。そして、ベアさんはおんおん泣き出した。

「みゆき、そんなこと言うなよ。私はみゆきが大好きだよ。みゆきと出会えてよかったよ。死んじゃったら、会えないだろ」

みゆきはびっくりした。大人の女の人が声を上げて泣くなんて初めてだ。そしてなんか、熱い思いが込みあげてきた。

鼻をじゅるじゅる言わせながら、ベアさんが話す。

「私の母親の話をしたよね。母さんは私を生んだことで死んだんだ。子供を産むってことは命がけなんだよ。そんな思いをして生んだ子供はかけがいのないものなんだ。私は自分の母さんには会えなかったけど、母さんの思いは分かる気がする。みゆきのお母さんは何か悩みがあったんじゃないの。苦しい思いをして生んだ自分の子供が嫌いなわけがないだろう」

「でも、言われた・・・」

「何かの勘違いだよ。みゆきはいい子じゃないか」

「そうかな・・・」

「そうだよ!」ベアさんは力いっぱい話す。

「今回、おとうさんから、お母さんの話で分かったことがあるって連絡があったの」

「そうか。きっと何か誤解があってそれがわかったんだよ」

「そうかな・・・」

「そうに決まってるよ」

琵琶湖の水面が灯で揺れている。気持ちのいい風が吹いて、みゆきの心にも心地よい風が吹いてきた。ベアさんが話す。

「人の心って、簡単に割り切れるもんじゃないだろ。何故か、思ってもいないようなことを言ったり、言われたりするけど、それが本心がどうかなんて本人だって分からない時もある。でも確かなものは親子の愛だよ。子供を愛さない親はいないし、親を嫌いな子供は居ない。色々あって嫌いになることもあるだろうけど、本質はそうじゃないよ。それが人間だと思う。親子って簡単なようで難しい関係なのかもしれない。私は親が居ないから何とも言えないけどさ。そう思うよ」

みゆきはうなずく。

「それにみゆきにはとーちゃんもいるだろ。どんだけ心配してるか」

「うん、そうだけど」

「私もとーちゃんがほしかったよ」

「うん」

「それからね。みゆきはこれから大事な人と巡り合うはずだよ。そのひとのためには命を懸けることが出来るようなさ」

「そんな人と出会えるかな」

「私も出会うことは出会ったから、絶対だよ」

「えー、淵さんはどうなったの」

「うん、それは国家秘密なんだ」

「なんだよーーー。教えてよ。ねえ」

ベアさんは恥ずかしいのか、どんどん逃げるように歩いていく。

「教えてよーーー」

みゆきが追っかける。ベアさんは逃げる。琵琶湖の夜は更けていく。


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