原田女史 橘
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橘たちは2回目の厄災の原因を探る手段を講じていたが、やはり一向に進展することはなかった。
そんななか、原因についての報告は難しいとの話であった北沢教授から連絡があった。どうやら今日の昼過ぎになって、思わぬところから連絡があったとのことだった。北沢教授からはオンラインでは話せない内容で、とにかく大学まで来てくれとの要請がきた。橘らは忙しかったが原因究明が何より優先とのことで、取り急ぎ清水と京都大学に赴くこととなった。
相変わらず、畿内の電車は運休が続き、交通手段は車に限られた。渋滞覚悟で出かけるしかなかった。教授からの電話の後すぐに出発したが、到着は夜となってしまった。
運転は清水と橘が交代でおこない、お互い、運転中は仮眠をとるようにした。徹夜続きでいつ事故が起きるか分からない状態だったが、なんとか京都大学に到着した。
大学の受付ではあらかじめ、来訪者登録がされており、そのまま地震災害研究センターに向かった。
京大の研究センターは思ったよりも新しい建物で、橘の大学時代とは大きく異なっていた。橘は都内の大学で昔ながらの建物だった。
橘と清水が研究センターに入る。そしてその内装にも驚いていた。
「清水さん、まるでカフェテリアですね」
「ここは最新の研究所ですからね。私も何度かおじゃましてます」
まさしくどこかのサロンのような趣で、絨毯がひいてある。さらにウッド調の壁で、こんなところで研究できる若者たちが羨ましいと思った。受付で研究室の部屋を確認して、エレベータに乗った。北沢教授の研究室は、部屋の雰囲気には似合わない近代的な機器がたくさん設置されていた。
二人で研究室に入る。
「失礼します。内閣府の橘です」
「ああ、よく来たね」
奥から北沢教授が顔を出す。
「やっぱり、道が混んでたの?遅かったね」
「そうなんですよ、4時間もかかりました」
橘らはあいさつもそこそこに本題に入る。
「教授、今回の現象について何かわかったということですか?」
「いや、うちの研究室では原因について思い当たるものがないんや。過去の文献や世界の実例なんかもあらためて見てみたんやけど、地すべりや陥没現象でもここまでの被害は思い当たらん」
「はい、そうですか・・・」
「それで、来てもらったんは、唐突なんやけど、実はこの件で、ケンブリッジ大学から連絡が来たんや」
「ケンブリッジ大学ですか?」
「海外の知人にも連絡したんやけど、想定外のところから連絡がきた。ケンブリッジ大学のジョンブラウン博士からなんやけど、彼は物理学の世界的権威でね。その彼が言うのは今回の現象がブラックホールに見えるって言うんや」
「ブラックホール?」
「そうなんや。こっちも専門外なんで、うちの宇宙物理学の伊藤教授にも確認を取ったんやけど、確かにそう言われると、そう見えないこともないって話でね」
「どういうことなんでしょう?」
「それでね。ブラウンはんが言うには、こういう事の解明に京大の物理学研究所に適任者がいるという話なんや」
北沢教授が妙に奥歯にものが挟まった感じで話をする。
「唐突ですね。どなたなんですか?」
「うん、それで君らに来てもらったんや。面通しや。ちょっと待っといてんか」
北沢教授が電話する。
『もしもし、原田君か、今、お客さんがきたんや、こっち来れるか?うん、すぐ終わるから。』
電話が終わって、北沢教授が話をする。
「うちの大学、始まって以来の変人かもしれんな。元々、変わった人間が多い大学やったけど、彼女は頭抜けとるな」
「女性なんですか?」
「そうそう、女性という括りが適当なのかはようわからんけどな」
しばらくして隣の部屋から、のそっと人間が出てきた。橘の予想に反して、小柄な若い女性が出てきた。むしろ、子供に見えなくもない。背格好はみゆきよりも小さいかもしれない。顔は大きめで眼もくりくりしている。髪はボサボサで、化粧なんて全くしていない、さらに妙に黄ばんだような白衣を着ている。普通に会ったら不審者と思えなくもない。
「こちらが、原田さん。原田なんだっけ?」
「明世。そんなことはどうでもいい」実につっけんどんな態度である。仮にも教授に対する言い方ではないように思う。
「はいはい、原田君は物理学の大学院生で、実は9月から先ほど話したケンブリッジ大学に留学することになってるんや。彼女の研究成果が認められて、先方から是非にと請われて行くそうや」
橘の目の前の小学生みたいな女性が、ケンブリッジに留学するとはにわかには信じられない。
「じゃあ、原田君のほうから話をしてくれ」
原田は何の前置きもなく、いきなり本題を話し出す。
「画像データからの推測、正確にはまだデータが不足。簡単に話をすると地下にブラックホールを生成するものがある可能性が高い」
「ブラックホール?」橘と清水が同時に話す。
「ホーキング放射があった」
「ホーキングなんですって?」
「ホーキング放射。スティーヴン・ホーキング博士が提唱した理論。ブラックホールからの熱放射現象。実際の放射を見たのは多分、人類初、おそらく」
「それが発生してたんですか?」
「映像の最後に炎みたいな放射が出てた。これはブラックホールがないと発生しないもの」
「ホーキング放射だと断定できる根拠はありますか?」清水が質問する。
「断定はできないが、中心部から垂直に熱が放射している。他の噴射や爆発では起きない現象。熱分布からも判断」
とにかく、この原田は紋切り調に話をする。なにかロボットと話をしているみたいだ。
「それよりも、なぜ、ブラックホールが発生したんですか?」
「地下にブラックホールを生成するものがある」
「それは何ですか?ブラックホールなんて宇宙の話ですよね」
「そうでもない。いずれは実験室でも作れるかもしれない。今回は非常に小さいブラックホールが生成された」
「これで小さいんですか?」
「ブラックホールは本来、恒星規模で起きるものだ。これだと極小」
橘は質問も出来ない。いったい何の話だ。清水が続けて質問する。
「えーと、それは自然にですか?それとも人為的に生成されたということでしょうか?」
その点、清水は専門的な話が出来る。
「自然にではない。作ったものがいる」
「誰がそんなことを?」
「データ不足。欲しいデータがある。そろえて」
「わかりました。なんとかします」
「今回の地すべりと前回の地震は関連性があるんですか?」清水が質問する。
「それも証明する。そのためのデータが欲しい」
「あるってことですね」
「こんな短期間にこれほどの被害を出すんだから、関連性があるはず」
「わかりました」
北沢教授が話す。
「というわけなんで、これからは原田くんに一任することにするよ。彼女の担当教授は伊藤さんやけど、伊藤さんからも了解を取ってるから、今後は直接、原田くんに連絡取ってくれてかまへん。原田君、よろしくな」
原田はうなずきも返事もしない。橘が代わりに言う。
「わかりました。よろしくお願いします」
あまりに突拍子もない話だったが、今回の厄災自体がすでにもう日常とは思えない事象になっている。東京が消滅したことを考えると藁にもすがる思いだった。
原田女史は自身の連絡先と欲しい情報の一覧を列記した紙を出してきて、こと細かく説明した。確かにこの内容だとオンラインで如何こう出来るものでは無かったと思う。原田はこういった専門的な内容についてはしっかりと話をする。もちろん、清水でないと理解できない事柄だった。女史はひととおり話をするとそのまま、引っ込んでしまった。
橘と清水は呆気にとられていた。その様子を見て北沢教授が話す。
「変わってるだろ」橘も変わってるとは思ったがそのまま返事は出来ない。
「なんか、不思議な人ですね」
「うん、とにかく変人で有名なんや。しかし、頭は凄いよ。これから彼女が物理学を根本から覆していくかもしれへん。アインシュタインが相対性理論を発表したように、なんかすごいことをしそうな気がするよ」
「いくつなんですか?」
「たしか、大学院を卒業したところなんで、24歳かな」
「若いですね」
「でもね。アインシュタインが相対性理論を発表したのは26歳だからね。若くもないかもしれない」
「そうなんですか」
「それじゃあ、あとはよろしく」
「わかりました。ありがとうございます」
橘と清水は要求された資料を収集するため、大至急、分室に戻ることにした。
資料収集については、一分一秒も無駄にできない緊急性が高いため、京大から分室のメンバーに指示した。米国の偵察衛星のデータ要求もあり、それについては如月政務官に依頼した。これについては機密事項なので、多分、無理だろうとのことだった。
分室への帰途の車中で橘と清水が話をする。両名とも少し希望が見えてきたために眠気も覚めて、前向きになれてきた。橘が話をする。
「清水さんは物理学の知識はあるんですよね」
「一応、理系だったので、相対性理論は理解しています。量子力学もあるていどは分かります」
「原田女史の話は理解できましたか?」
「言ってることはわかりますが、現象を推定できた理由はわかりません。それと女史が要求した資料の意味もわかりません」
「そうなんですか?私は文系なんでさっぱりわかりません」
「理系でもわかりませんよ。おそらく、女史はある程度、現象の要因を把握しているはずです。それを立証するための資料要求ではないかと思います」
「ブラックホールってどういうものなんですか?」
「簡単に言うと恒星、太陽ですね。我々の太陽系以外にも太陽はあるんです。こいつの大きなものが最後に崩壊して、ブラックホールになるんです。周囲のものをすべて吸収するので、光も含めてですが、それでブラックホールという名前になってます」
「ブラックホールになる恒星って相当大きなものですよね。地球なんか比較にならないぐらいの」
「そうです。太陽だって地球の100倍はあります。ブラックホールになる恒星だと、我々の太陽の比ではないぐらい大きいものです」
「そんな大きいものが作れるのかな・・・」
「私にもわかりません。でも最近は実験室でブラックホール現象を再現した云々の話がでてますが、そういった類の話なのか、まったく違うのか、どうなんでしょう」
「いずれにしろ、そんなものを作ったやつがいたとしたら、許せるものじゃないな」
「まさか、それは無いと思いますよ。一千万人も虐殺するなんて・・・意図がわかりませんよ」
「たしかにな。日本は日出国なんてのは、過去のもので、いまや下手をすると斜陽国だからね。そんな国を攻撃する意味がないよな」
「ただ、自然現象とは思えないのも事実です。原田女史に期待するしかないです」
「そうだね」
「そういえば、原田女史で思い出したんですが、ネイチャーって科学情報誌がありますよね。たしか、彼女はそこに論文を載せたはずですよ」
「ネイチャーって、けっこう有名だよね」
「そうです。それも彼女が中学生の時に寄稿して、掲載されたんじゃなかったかな」
「中学生って、どうやって」
「なんでも、同級生とネイチャーに載る載らないで、賭けでもしたのか、意地でも載せるって、寄稿したそうです。当時の新聞で話題になってた気がします」
「へー、中学生でね。英文なんだろ、なんか、すごいな」
「そんな人ですので、原因究明出来る気がします」
「そうか、期待するか」
相変わらず、畿内の道路は渋滞しており、二人が分室に戻るのは深夜になりそうだった。




