民宿 みゆき
24
病院での点滴が終わってしばらくして目が覚めた。みゆきは寝ていたのだ。
すでに点滴も終わっていて腕には針も無かった。みゆきは起き上がって診察室まで戻る。気が付いたベアさんが優しく笑顔を向けてくれた。
「大丈夫?」
「私、寝てたんだ」
「歩けるかい?」
みゆきはうなずく。二人で病室から診察室に戻る。みゆきに爺ちゃん先生が嬉しそうに話す。
「点滴はどうだった?」
「はい、初めてだったけど、なんか楽になった気がします」
「そうかい、それはよかったね。また、おかしくなったら、来てください」
「はい、ありがとうございました」
保険証がなかったので、とりあえずベアさんが現金払いをして、後日、請求してくれとのことでした。
みゆきとベアさんは駅前までとぼとぼ戻る。
「淵さん、結構な料金だったね。あとで払うからね」
「大丈夫だよ、みゆきのとうちゃんと話をするよ」
「ほんとごめん、運動不足だったから、私のせいだ」
「いや、ごめんな。私が悪い、もう少し、ゆっくり行くべきだった」
「大丈夫だよ。多分、今までのいろんなストレスもあったのかもしれない」
「そうかな。私はノーストレスだからな」
さすが、ベアさんだ。また、おんぶしてもらえるなら、貧血もいいな。
駅前に戻って、置いていた自転車に乗って、ゆっくりと宿に向かう。なんか、まだ、ふわふわした感じが残ってるな。でも気持ちはすっきりしている。
予約した民宿は駅から数分のところで、2階建てのアパートのようでした。
「なんか、アパートみたいだな」
ベアさんが感想を言う。たしかにみゆきもそう思う。その民宿に入り、ベアさんが声をかける。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ」
奥から宿のおかみさんが出てきた。50歳前後の普通のおばさんだった。
「お疲れ様。さっきの電話の人かな?」
「はい、観光案内から電話した淵です」
「お車で来られたの?」
「いや、自転車です」
「へえ、そうなんですか、どこからですか?」
「長野県からなんですよ」
「長野からここまで、凄いですね。どこまで行かれるんですか?」
「大阪までです」
「へー、じゃあ自転車旅行ですね。でも自転車のほうがよかったですよ。電車は不通になってるし、車は渋滞でまったく動かないみたいだから」
「そうらしいね。今はどんな状況なんですか?」
「知ってますか?東京が無くなったんですよ」
東京が無くなったってどういうことだろう、みゆきは不思議に思う。ベアさんが話す。
「大きな地すべりが起きたとか聞いてます」
「そうなんですよ。こっちでも揺れたんですけどお客さんは大丈夫でしたか?」
「自転車だったんであんまり揺れに気付かなかったけど、少し揺れましたかね」
「揺れましたよ。まあ、前回ほどではなかったですけど。それよりも東京が無くなって、全部、海になったみたいですよ」
みゆきはその話にびっくりする。たしかに東京が無くなったとは聞いたけど、海になったってどういうことなんだろ。ベアさんが代わりに質問する。
「えっ!そんなことあるの?」
「そうらしいですよ。とにかく、情報が入らないので、色々、噂がでていて、」
「どんな噂なの?」
「この後、日本が沈没するって話ですよ」
「そんな馬鹿な」
「そうなんですけどね。以前から2回目の地震が来るって噂もあったし、それがその通りになって、挙句の果てに東京が沈没するんですから、あながち嘘とも思えなくてね」
二人の会話を聞きながら、みゆきは呆然としていた。みゆきは3月までは東京に住んでいたのだ。その時の同級生たちはどうなったんだろう。あらためて現実とは思えなかった。
部屋に入り、荷物を置いてから風呂に入った。ここの民宿は本当にアパートを改造したみたいで、お風呂も家庭用のお風呂でした。それで今回は一人づつのお風呂になりました。
ベアさんの指令なので、ここでも石鹸を使って下着を洗濯しました。貧乏くさい。
二人とも風呂を出て、夕食は民宿の食堂で食べた。
ちょうどそこにテレビがあり、ニュースを流していた。東京が無くなった映像を見たかったけど、東京の地震の映像は流していなかった。どうやら2回目の震災の地盤沈下の時に上空を飛んでいたヘリや飛行機が軒並み墜落したらしく、何の映像も残っていないようだ。さらにそれ以降は飛行機などの飛行を自粛しているそうでした。それでもドローンは飛ばせるようで、その遠距離映像で地震の後の東京の様子は見れた。しかしそういわれても何もない海の映像なので、それが東京とは思えなかった。海の映像を流してるだけじゃないのか、そんな風に見える。でも本当に日本も沈没するのかな? 二人ともあまり会話がなかった。
しばらくして食事を食べ終わったベアさんが話す。
「あれが、東京だったのかな。信じられないね」
「私もそう思った。でも、これからどうなるんだろう」
「あれだけの被害だと、東京だけじゃなくて関東地方全部に被害が出ているはずだよね。いったい、何がおこったんだろう」
「ほんとに日本が沈没するんじゃないの?」
「さてね。大変な事態だけど、なんとかなるさ。とーちゃんもがんばってるし、日本がなくなるなんてことは無いと思うよ」
「うん、そうだよね」
「とにかく、明日は琵琶湖を走って京都まで行くよ。疲れただろう?疲労を取るためには休むのが一番だよ」
「うん、わかった。そういえば、もう眠い」
「布団をひいてもらって、寝ようか」
9時前に寝るのなんて、小学生の時以来だ。みゆきは布団に入ってぼーっとしている。
ベアさんはまだ、眠くないのか、窓に腰かけて外を見ながら缶ビールを飲んでいるようだ。
「淵さん」
「どうした?」
「今日のかいとのお母さん、必死だったね」
「そうだね」
「何か、おばあちゃんを思い出したよ」
「へー、どうして?」
「みゆきが静岡でおばあちゃんの家から学校に通っていた時、よくおばあちゃんと喧嘩したんだ」
「そうなんだ」
「うん、みゆきは東京から静岡の中学に転校して、おばあちゃんとふたりで生活してた。おばあちゃんはみゆきをおばあちゃんの思う理想の子供にしようと思ってたみたいで、私はそれに抵抗してよくケンカになったんだ」
「うん、わかるな」
「そんな時、必死でみゆきに意見してた。みゆきは前の学校でいじめられて、自暴自棄にもなってた。自分の不満やら何かをおばあちゃんにぶつけてたのかもしれない。おばあちゃんはなんとか、みゆきをまともな人間にしたかったのかな。今日のお母さんの顔を見てたら、あの時のおばあちゃんと同じ顔だった。必死にみゆきをなんとかしたかったんだろうな・・・」
「そうか」
「おばあちゃんもみゆきとけんかしてるのが辛くなって、静岡でもいじめが始まって、どうしようもなくなって、今度はおばあちゃんが音を上げちゃった」
「・・・」
「おばあちゃんに悪い事したな」
「それがわかってよかったね。みゆき、おばあちゃんに今の気持ちを伝えたらいいよ」
「え、でも、おばあちゃんはみゆきに懲りたんだよ」
「それは違うと思うよ。おばあちゃんは今もみゆきを心配してるよ。かわいい孫だもん、必死で孫の幸せを祈ってるんだよ」
「そうかな・・・」
「そうだよ。それと気持ちって思ってるだけじゃ伝わらない。言葉にして伝えることが重要だよ」
「うん、おばあちゃんも心配だから、電話してみる」
「うん、そうしな」
なんか、すごく安心した。おばあちゃんに電話しよう。そんなことを考えていたら、そのまま寝てしまった。




