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ある日突然 ある親子の1週間  作者: 春原 恵志
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地震発生 橘

 地震発生から、さかのぼること数十分前である。大坂コンベンションホールの会議室にはみゆきの父親、橘隼人と上長の如月満がいた。如月は内閣府政策統括官で橘は彼の部下兼、補佐役でもある。同じく内閣府に在籍している。

 如月は政界進出も噂されるキャリア組の出世頭で現在50歳。当然、内閣府でも力を持っている。非常に切れ者である。一方、橘は45歳、キャリア組ではあるが、出世できるか否かは未定である。つまりは如月の出世次第で橘の将来も見えてくる。

 橘は学生時代にラグビーをやっており、体力にはそこそこ自信があったが、最近は運動不足で、今や中年真っ盛りである。体形も徐々にお腹周りが出てきており、いわゆるメタボ予備軍となっている。髪の毛もチラホラ白いものが混じってきている。

 昨年度より、政府内に内閣府の機能を分散させようというプロジェクトが発足した。

 これは如月統括官の政府への進言により、ようやく始まったものである。元々、如月は遷都論者であり、東京一辺倒の政府主導に疑問を提示していた。東京だけでなく、地方に国家機能を分散させ、リスク回避や地域の課題解決を国家主体で優先的に進めていこうというプロジェクトである。将来的には各地方に均等に人員を分散させたいと考えていた。

 上申が通った背景は如月の政界進出を目論む与党幹部の支援もあったようで、成果次第では如月は次期衆議院選挙の目玉候補の可能性が見えてくる。

 プロジェクトの第一段階として、内閣府大坂分室として組織運営が始まることとなったが、業務自体は東京本部、いわゆる霞が関と共同で行う部分はまだまだ多い。大阪分室の人員は本部から2割程度の異動で対応しており、今のところ、霞が関と同じ部署が関西地区にもあるという組織になっている。内閣府全体で1万5千人近くの人員がおり、大阪分室には2千人程度が勤務している。

 現在はオンライン会議などを有効利用して業務を進めている。その上で関西地方で優位性のある事案については、分室が主導的に進めていることになっている。

 そのプロジェクトが1年を経過した時点でもあり、成果について東京本部に報告する必要があり、今回、その会議が開催されることとなった。出席者は東京本部だけでなく、政府関係者、大阪府や各省庁からも代表者が参加している。

 如月が話す。

「橘、報告資料の確認は済んでるよな?」

「大丈夫です。今回、霞が関にも良い報告が出来そうです」

「まったく、本部は言いたいことをいいやがって、何回、作り直したことか、報告書作成の時間が勿体なかったな」

 如月が答える。

「まったく、この時間で通常業務をやりたかったですよ。残業続きで死にそうです」

 今回のプロジェクト如何で如月の今後が見えてくる。よって気合の入り方は半端ではない。

「如月さん、分散の効果は関西方面の業務にはメリットが出ましたが、本部がらみの仕事は若干、デメリットもありました。本当の成果は有事の際の対応です。東京に何かあった場合のメリットは計り知れません」

「そのとおりだ。ここまで東京一極集中の国家が存続していることの脅威に誰も気づいていない。おれが主張している最も重要な部分はそこなんだな。この国は平和ボケが続いていて危機感がないんだ。これまでも遷都問題は論じられてきたが、これは実現への第一歩となるべきものだ」

「報告書もそこのテーマをベースに入れて、実作業上のメリット、デメリットを合わせるとトントンだったという形にしています」

「うん、とにかくデメリットばかりを言われて来たからな。しかし実際、俺も分室で作業して、思ったよりデメリットがないことに感心したんだ。つまり分室はもっと全国に増やすべきだ」

「私も同感です。現場の連中も概ね同じ思いでした」

「うん、それでいいんだ」

 そんな中、如月が思い出したように唐突に橘に話をした。

「ところで、娘さんはどうなった?」

 実は如月にも娘がいて、子育てに苦労した経験があり、橘の娘の相談にも個人的に乗って貰っていた。

「ああ、相変わらずです。どうもあの年頃の女の子はよく分かりません」

「そうだよな。うちはもう成人したんだけど、今でもよく分からない。特に中学生の頃が一番難しかった。自分が若いころはああじゃなかった気がするんだが、何に影響されたんだか・・・」

「うちは母親にあんなことがあったんで、余計に気を使ってるんですが、いかんせん、自分がこんな状況なんで目を配ることができません」

「たしか、一時期、君のお母さまが面倒を見てたんだよな」

「はい、しかし、母も子供の扱いが大変で、ついに倒れてしまって・・・それで、4月から転校させて全寮制の学校にいれたんです」

「そうか、俺のせいもあるな。すまない。仕事があまりに忙しすぎるのも困ったもんだな。働き方改革なんて、我々には関係ないからな」

「そうですね。我々が策定した働き方改革なんですが、今の日本の文化では、無理がありますね。わかっていても世界の趨勢で実施しなくてはならない。経済発展させなければならないのに、足を引っ張るような政策ではどんどんおかしなことになります」

「確かにそうだな。戦後の日本成長の武器になってたものが、どんどん失われていく。この国の勢いは、いまや風前の灯だ。ただ、国際化の波はいやおうなしに訪れる。米国スタイルに移行したいが、それはそれで、日本の風土には合わない部分が多すぎる」

 いつもの愚痴に近い会話が始まった。会話が途切れた段階で、橘が切り出す。

「如月さん、それで、ちょっと娘に電話したいんですが、席を外してよろしいでしょうか?」

「うん、大丈夫だ。」

 橘は会議室から出て、休憩室へ移動する。娘に電話するのはいつもながら気を使う。小学校の低学年までは、パパ、パパとすり寄っていたのが、10歳前の風呂へ一緒に入らなくなった頃から、段々、疎遠になってきた。子供を持つ同僚などから聞くとだいたい、同じような話で、その頃から父親は娘にとって汚物になるらしい。特にうちは母親の問題があり、さらに関係がおかしくなってしまった。

 娘と話すときは自分が若いころの彼女候補に電話するよりも気を使う。まずは怒らないようにしないといけないし、あまり、機嫌を取りすぎても、さらに機嫌を悪くする。その匙加減たるや、今日の会議の比ではない。ベンディングマシンでコーヒーを飲みながら、気を落ち着けてから電話をする。呼び出し音から緊張する。

「はい、何」

 はい、何はないだろう、父親が電話してるというのにこいつはまったく。

「みゆきか?」

「そう」

 もう少ししゃべれないのか、会話は手旗信号じゃないぞ。

「どうだ、変わりはないか」

「ないよ」

 カチンとくるのを抑えつつ、こちらからの提案事項を厳かに述べる。ここが重要だ。

「あのさ、今度の連休なんだけど、こっちに来ないか」

「いいよぉ(行かないよ)」

 案の定、そうきたか、ここでめげてはいけない。

「そんなこと言うなよ。前に海遊館に行きたいって言ってなかったか?」

 海遊館は大阪にある水族館、みゆきはイルカショーが見たいと言ってた気がした。

「言ったかな?」

「たまには顔を見せてくれよ。どうなんだ学校の方は?」

「別に、普通」

「普通って、あと、それにさ、・・・かあさんのことで、わかったことがあるんだ」

 如月が本題に入った瞬間に、途端にツーツーという音が流れてきた。

 切れた。いや切られたか?いやいや、そんなことするか普通。もう一度、電話しようとした瞬間、揺れに襲われた。地震だ。いや、これは大きいぞ。立ってられない。

 会場内から悲鳴があがる。震度5はあるか、あたりを見るが、今のところ倒れてくるものは近くにない。さらにこのビルは最新建築の耐震構造だ。マグニチュード10でも倒壊しないはず。それでもこういった高層ビルは揺れるようだ。むしろ、揺れることで倒壊しないような構造になっていると聞いたことがある。とにかく揺れがひどくて立ってられない。仕方なく座り込んで地震が終わるのを待つ。

 思ったより長い揺れで30秒は続いた。

 ようやく、地震が収まって、橘は会議室に戻る。

 案の定、会議室内も大騒ぎで、政府関係者でも女性は叫ばずにはいられないようだ。こんなこと言うとセクハラ発言になるが・・・。

 如月を見るとすでに議長席についていて、特に問題はないようだった。橘が駆け寄る。

「如月さん、大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ。それにしても大きかったな。震源地はどこだろう」

「確認しますが、この揺れだと、おそらく、ここら辺じゃないかと・・・」

 スマホを点けるが、案の定、通信不能になっている。

「東京本部に確認を取らないとまずいな」如月が言う。

「了解です。連絡できそうなネットワークを確認します」

 たしか衛星回線があったと思った。

「そうだな。しばらく待てばネットワークも復旧すると思うが、取り急ぎ東京には一報を入れて置きたいからな」

「そうですね。そういえば、前回の大震災の後も2時間ぐらい不通になりました。早めに連絡できる方法を探します」

「今回はどのくらいで復旧するのかも課題の一つだな。総務省管轄で指導したはずだから企業側で十分改善されたはずだ」

 確か、1階に非常事態用の通信施設があった気がする。

 橘はエレベータを確認する。やはり動いていない。地震対応の停止処置がとられたようだ。ちゃんと地震に対して機能していることになる。こっちには迷惑だが、仕方ないので、非常階段から1階に向かうことにする。幸い非常階段の扉は開き、問題なく降りられそうだ。まあ、非常階段だから、使えなかったらそっちのほうが問題なのだがなどど思いながら階段を下りていく。

 会議室は8階で1階までは気の遠くなるような階段数になる。階段を見た瞬間に行くと言ってしまった事を後悔した。40歳後半の体にはこたえる。走り出すが5階まで来るとすでに息切れがしてきて、3階で休憩を入れるという体たらくだ。下手をすると通信が復旧するのではと思うほどの時間がかかってしまった。ぜいぜいいいながら、汗だくで1階に着いた。恥を忍んで若手を行かせればよかったと思う。

 1階も騒然としていた。騒がしい。関西人はこういった事象に対する反応が異常に大きいと思う。みんながどこかに突っ込みどころがないかと探している印象もある。

 橘は、フロアーの受付付近に女性がいるのを確認した。受付嬢のところまで歩いていく。

「確か、こちらのフロアーに非常用の通信設備があったと思ったんですが」

 女性は青ざめた顔で、こんな時に何を聞くかなと言った様子を見せる。

「そうなんですが、現在はインターネットも切断されたままで、電話もつながりません」

「緊急用の有線の電話設備がなかったですか?」

「ああ、それなら、警備室にはありますが、一般の方のご使用は出来ないことになっております」

「ああ、すいません。私は内閣府の橘です。身分証を確認してください」

 橘は胸につけた身分証を見せる。受付嬢はそれを確認して、

「失礼しました。内閣府の方だったら問題ないです。こちらの扉からお入りください」

 彼女は後ろにある警備室という表示のある部屋を指さした。

「ありがとう」

 橘は急いで部屋に入る。警備室の中も地震のためか、ものが落ちたりして雑然としていた。警備担当は救助作業にあたっているのか、室内には誰もいなかった。部屋の奥のほうに緊急用という表示のある電話機があった。

 橘が受話器を持ち上げる。音が聞こえ、一応つながるようだ。電話は生きているということか、東京本部に電話をしてみる。電話機は生きているのだが通信ができないようで本部からはまったく反応がない。

 ダメだな。設備のせいか、本部のせいかわからないがつながらないことははっきりした。

 仕方なく会議室に戻ることにする。橘は部屋を出て、エレベータを確認するがやはり地震対応で動作しない状態だった。

 もう、地震は起きないだろう・・・早く動かせよと橘は悪態をつきながら、再度、非常階段で8階に戻るしかなかった。少しは運動しないとそのうち死ぬな。

 登りの方が下りの3倍は苦しい。這うように歩きながら、ようやく会議室に戻った。ここまで時間がかかったのならば、通信再開してるだろうなと這うように如月の所に戻る。

「橘、どうだった。おお、凄い汗だな・・・」

「エレベータが動いていないので、階段で行ったんですよ。だめです。非常用の電話もつながらない状態です」

「つながらない?こまったな。こんなことにならないように、震災以降に色々、対策を講じたはずなんだが。いまだにネットも復旧しないぞ」

「関西地方は神戸の震災もあって、首都圏よりも融通が利くと思っていましたよ」

 橘が言う。

「そうだな。関西地方の通信も復旧が遅いな・・・」

「そうだ。如月さん、ネットがだめなら、ラジオかテレビはどうなってますか?」

「さっき、確認した時点では繋がらなかったが、建物のケーブルが断線しているのかもしれない。うーーん、このままでは埒が明かない。とにかく大阪分室へ戻ろう。あそこなら、衛星電話も使えるはずだ。しかし電車は動いてない可能性が高いな」

「わかりました。大阪府の関係者に車を借りてきます。如月さんは入り口で待機してください」

「ああ、わかった」


 大阪府の関係者からは、車の借用に難色を示されたが、内閣府の力で押し切った。車を借りて入り口に向かう。如月は入り口で待っていた。

「橘、この時間までスマホがつながらないというのは異常な気がする。かれこれ、20分はたっている」

「東日本大震災の時も通信が切れましたが、おおむね30分程度で復旧したはずです」

「そうだな。震災以降に通信が途切れないように各社が対策を打ったはずだった」

「そうでしたね。結局、対策が不十分だったんですかね」

 車で幹線道路を走る。さすがに耐震構造の建物が多く、崩壊などは見られない。市内も落ち着きを取り戻しつつある。如月が言う。

「ラジオを聞いてみよう」

 ラジオのスイッチを入れる。

『現在、被害状況を確認中です。ただ、関係各所からの情報発信がほとんどありません。気象庁、政府からの発表がなく、混乱している状況です。当局の地震計で測定した限り、震度5程度が測定されたとのことで、関西方面での震源ではないかとの推測が出ておりますが詳細は不明です。情報が入り次第、お知らせします』

「如月さん、確かに異常です。ここまで通信エラーが続くのもおかしいですが、省庁関連からの指示がないのも不思議です。なんらかの伝達方法はあるはずですから」

「確かにそうだな。一体、どうなってる」

 橘には、もしかしてという予感はあった。しかし、まさかというのが本心だった。

 とにかく車を分室に急がせていた。

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