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ある日突然 ある親子の1週間  作者: 春原 恵志
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家族の救助 みゆき

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 地震の後もみゆきは走り続ける。相変わらず、幹線道路は渋滞しており、車はほとんど動いていない。そんな中でもゆっくりではあるがみゆきの自転車はどんどん走っていける。

 ベアさんはやっぱり見えなくなっては、途中でみゆきを待っているを繰り返していた。

 みゆきは筋肉痛だったけど、たしかに走っているうちに少しづつは楽になってきた。ただ単に麻痺しただけなのかもしれないが、ひょっとするとベアさんが言うように乳酸とやらが抜けたのかもしれない。 

 曇天ではあるが、長野の山の中の道なので景色はいい。まさに森の中を走ってる感じだ。

 マウンテンバイクも坂道に合わせて、前のギヤ、インナーっていうらしい、を切り替えていくと坂道でもゆっくりとなんとか登れる。その感じは分かって来た。この調子で走っていくと時間はかかるけど、いずれは本当に大阪にも着くかもしれない。そう思えてきた。

 途中のコンビニで軽食を取った。その時店員から話を聞いたところによると、今度の東京の地震は地すべりだそうで、

 東京が海に沈んだとのことだった。話だけなのでにわかには信じられないけど。

 それにしても、東京がなくなるほどの地震って、どういうんだろう。今まで交流のあった人たちがどうなったのか、気にはなるけれどちょっと実感がわかない。みゆきは長野にいて助かったけど、そう考えると人間の運命って不思議だ。おとうさんも去年までは霞が関で仕事をしていたので、絶対助からなかったはずだ。お父さんにとって一緒に働いていた人たちが根こそぎいなくなるってどんな感じなんだろう。そんなことを考えながら、自転車をこぐと痛みは忘れられた。

 でもベアさんはすごい。また、全然、見えなくなったぞ。

 コンビニで軽食を取ってから数時間がたった頃、みゆきは遅れて一人で走っていた。

 するとどこからか、悲鳴が聞こえた。どうしたんだろうと、周りを見渡すと、道をはずれた森の中から声がしているのがわかった。みゆきは自転車を止めてそこで待っていると、森の中から女性が走って出てきた。その女性は子供をかかえているみたいだ。何事だろう。

 その女性は路肩に停めてあった近くの車に駆け寄り、叫ぶ。

「パパ、大変、海渡かいとが、けがした!」

 お父さんらしき男性が血相を変えて車から飛び出してきて女性に駆け寄る。

海渡かいと!」

 みゆきが見ると母親に抱かれた子供がぐったりしている。さらによく見ると血まみれになっている。

「大変だ。出血がひどいぞ」

 お父さんらしき男性が真っ青な顔になっている。渋滞になった車から人々が続々と降りてきて、心配そうに周りを囲んでいる。

 その夫婦はどうしていいのかわからないようで、うろたえている。周囲にいたおじさんの一人が助言する。

「早く病院に連れて行ったほうがいい」

 さらにもうひとりのおじさんが言う。

「その先に県立病院がありますよ」

「早く連れて行かないと・・・」父親が途方にくれて言う。母親が叫ぶ。

「パパ、この渋滞じゃどうしようもないよ。早く救急車を呼んで!」

「そうだな。早くしないと」

 父親がスマホで救急車を呼ぼうとしている。しかし子供の足付近からどんどん血が流れている。母親は真っ蒼になって叫ぶ。

「ああ、誰か助けて!」

 ただ、周りの人もどうしていいのかわからないようだ。そこへ、みゆきが遅いと思ったベアさんが戻って来た。

「みゆき、どうした?」

「子供がけがをしたみたいなの、病院に連れて行かないと」

 ベアさんは両親のところに行くと、すぐに言う。

「けがをされたのですか?私は自衛官です。応急手当をさせてください」

「お願いします。助けてください」

 両親はとにかく助けてくれるなら、藁にもすがる勢いでベアさんにお願いする。ベアさんは子供の患部を確認する。

「動脈を切ったみたいだ。止血帯を使います」

 ベアさんは専門用語を使う。なんだ止血帯って?

 男の子は幼稚園か小学生の低学年に見える。顔がすでに真っ白になってぐったりしている。意識がない。さらに出血が酷そうだ。するとベアさんは慣れた手つきで、リュックから救急グッズを出してきた。患部を確認すると消毒と手持ちの包帯で患部を止血していた。さすが自衛官だ。応急手当の材料は一式持ってたみたいだ。止血にも方法があるみたいで、包帯の巻き方が普通と違うのがわかる。この辺もさすがだ。ベアさんは患部を診ながら、

「止血はしましたけど、出血量が多い。輸血や手術が必要です。この近くに病院はありますか?」

 そこで、さっきのおじさんが再び出てきて、

「その先に県立病院があるよ」と言う。

「どうやって行きますか?」

 おじさんが得意げに説明を始める。

「その先に交差点があるだろ。そこを左折して、駅方面に5,6km走ったところにある。大きい病院だから、すぐわかるよ」

「わかりました」

 母親はもう半狂乱で泣き叫んでいる。確かに道路の先に交差点が見える。そこから駅も近くにあるのか。父親が話す。

「でも、この渋滞で車が動かないので、今、救急車を呼んでいます」

「いや、この渋滞だと道も狭いし救急車も時間がかかります。私が自転車で運びます。みゆき、荷物をよろしくな」

「大丈夫なんですか?」父親が心配する。

「リュックに入れて運びます。大丈夫です」

 そういうと、ベアさんの大きなリュックから荷物をドサドサ出しまくって、リュックを空にしてから子供をリュックに入れた。子供はちょうど、すっぽりリュックに収まる。確かにこれで大丈夫そうだ。

「坊や、ちょっと我慢してな」

 子供はショック症状なのか、反応もなく、ぐったりしている。

「海渡!」母親が叫ぶ。

「それじゃあ、行ってきます。子供の血液型は何ですか?」

「A型です」父親が答える。

「」わかりました。それと病院にはあらかじめ血液型と名前を連絡して置いて下さい。名前は海渡くんですね」

「はい、お願いします・・・」

 両親は必死だ。言うが早いかベアさんは猛スピードで走り出した。うわあ、凄いスピードだ。これまで見せなかった速度だ。これじゃあ救急車より早いのがわかる。両親はあまりの速さに呆気にとられている。

「あの人は車より早いです」みゆきが解説する。父親は我に返って、

「とにかく病院に電話しよう」スマホで指定された病院へ電話をする。

 運のいいことにその病院は救急病院も兼ねていて、父親が症状を言うと対応できそうだった。

 電話が終わって両親も病院へ行く準備を始める。道路に散らばったベアさんの荷物を車に積んでくれて、渋滞の中、車はのろのろと走り出した。

 みゆきも自転車で病院へ向かう。おじさんに言われたように交差点を左に曲がって、そのまままっすぐ走る。たしかに道路は一本道だった。それにしてもどこも道路は渋滞している。この道は駅につながる道路なんだろうか、自転車だからこんなに早く走れる。やっぱり自転車って便利かもしれない。渋滞の中、しばらく走ると確かに病院らしき建物が見えてきた。ああ、あれが病院だ。3階建てでけっこう大きい病院だ。なんとか県立病院と看板もあった。みゆきの自転車で病院までは30分ぐらいかかったかな。

 みゆきは病院に入る。入ってすぐの病院の廊下でちょうどベアさんと先生らしき人が話をしていた。先生はベアさんと同じ歳ぐらいのひょろっとした眼鏡くんでした。けがをした子供はそこにはいなかった。多分、病室か手術室にでもいるんだろうか。眼鏡くんがベアさんに話す。

「ご両親はこれから、来られるのですね」

「はい、今、こちらに向かっているところです」

「そうですか。私はこれから緊急手術します。あなたからご両親にお伝えください。レントゲンの結果ですが、骨折もあります。それと右足の動脈に損傷があります。輸血が必要です。それでも止血が適切だったので、危険な状態とまではいかなかったですが、まだ予断を許さない状況です。さらに足に壊死の恐れもあるので、血管の再建手術をおこないます」

「わかりました。手術はどのくらいかかりますか?」

「そうです。概ね1時間程度では終わると思います」

「よろしくお願いします」

「止血はあなたがおこなったのですか?」

「そうです。自衛官なので一応、訓練をしておりました」

「そうですか、おかげで助かりました。出血がひどいと命の危険もありますからね。それじゃあ、これから手術しますので、親御さんによろしくお伝えください」

「はい。わかりました」

 先生はそう言うと手術室に入っていった。私はベアさんの所に行って、

「淵さん、大丈夫だったの?」

「おお、みゆき、大丈夫だよ。でも、早く来れて良かった」

「うん、淵さんはどのくらいで到着したの?」

「ああ、両親の電話が終わったと同時だったみたいで、スムーズに病院は動いてくれたよ」

 えっ?電話が終わったのって、走り出してから、ものの5分ぐらいだったと思うけど・・・

 この人、絶対、車より早い。

「止血って大事なんだね」

「そうだよ。みゆきも止血とAEDの使い方を覚えておくといいよ。助かる命は助けないとね」

「うん。勉強する。AEDって何?」

「心臓が止まった人を助ける器具だよ。多分、学校にもあったと思うよ」

「ああ、あれか、消防署の人が指導に来たかも・・・」

「それだよ」

「うん、使えるようにする」

「道は渋滞してたから、親御さんがくるまでは時間がかかるだろうな」

「うん、車は全然、動かないみたいだった」

「仕方ないな」

 それから男の子の手術は1時間かかっても終わらなかった。両親はその頃になって、ようやく到着した。やっぱり渋滞がひどかったらしい。それでもあらかじめ、病院から情報を聞いていたらしく、命の危険まではないと聞いていたため、取り乱しはしていなかった。それでも十分青ざめていたけど。両親はベアさんを見つけると走り寄ってきた。

「海渡は?」

 それ以外の言葉が出ないみたいだ。

「大丈夫ですよ。動脈の損傷があって血管の再建手術をしています。もうすぐ手術が終わるところです」

 しばらくそこで待つとようやく子供が手術室から出てきた。手術台に乗ったままで眠ってるみたいだ。

 両親が子供に縋りつく。

「かいと!」

 みゆきとベアさんは後ろから両親の様子を見ていた。ほんとによかった。

 眼鏡先生が出てきた。父親が話す。

「海渡は大丈夫ですか?」

「無事、手術は終了しました。血管もつながりましたので今のところは大丈夫と考えます。右足の骨折は単純骨折なので後からギブスしましょう。今、麻酔が効いていて眠っています。まもなく目が覚めると思いますよ」

「はい、ありがとうございました」

 大丈夫だと聞いてようやく両親がほっとする。母親はそのまま座り込んでしまった。

「よかった・・・」

 ベアさんはにこにこしている。みゆきはなんか誇らしい気分だった。ベアさん凄い。

 聞くところによると、子供は渋滞の中で、トイレがしたくなり、森の中に入り、母親が目を離したすきに崖から落ちたらしい。地盤も緩んでいたのだろうか、運悪く何かに引っかかってさらにけがをしたみたいだった。

 手術の麻酔もあり、子供は寝たままだった。両親はベアさんに感謝しきりで、何度もお礼を言っていた。ベアさんは、

「自衛官として、当然のことをしたまでですので、ご心配なく」

と、元がつくのに自衛官づらをして、その場を乗り切っていた。

 唐突にベアさんが両親に話す。

「それでは、先を急ぎますので、これで失礼します。みゆき、荷物は?」

「車で運んでもらったの」

「ああ、じゃあ、車から降ろさせてもらおう、よろしいですか?」

「ちょっと待ってください。このまま行かれても困ります」父親が言う。

「いや、今日の宿の予定があるんで急いでいかないと」

「そうなんですか?」

「はい、すいません」

 仕方なく父親が車まで案内する。ベアさんは車から荷物を降ろして、リュックに再び詰め込む。

 ベアさんは敬礼をしながら、そのまま出かけようとした。それを見て父親が話す。

「いえ、やっぱり何かお礼をしないと、」

「先ほども申し上げたように自衛官としての職務ですので、」

「でも、今回はお嬢さんと旅行なんでしょ?」

「いえ、自転車練習の一環です。この娘は運動不足なので、ちょっとは運動させないと、ははは」

 ベアさん娘というところは否定しないのね。

 結局、恐縮している父親をそのままにして、逃げるようにベアさんと病院を後にした。ベアさんって照れ屋なんだね。ベアさんのあまりの恐縮ぶりはちょっと引くぐらいだった。

それにしても自転車って便利な乗り物だな。みゆきは自転車の有効性を再確認した。そしてふと考える。みゆきの運動不足のための練習の一環とは、しかし、実際その通りなだけに余計に腹が立つな・・・

 ベアさんはその後も相変わらず、すいすい走って、途中でみゆきを待っている。みゆきはベアさんをからかってみる。

「私は淵さんの娘だったんだね」

「ははは、ああ言っておいた方が問題ないからだよ。気を悪くするなよ。こんな小太り母さんでごめんな」

「ほんとだよ。似てないのにね。ふふふ」

 これで今日は自転車もつらくなくなってきたな。筋肉痛は変わらないけど・・・。ベアさん、かっこいいな。自衛官っていい仕事だな。それにしても親ってあんなに必死になるものなんだ。母親の取り乱した様子を見てみゆきはなぜかほっとした。


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