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ある日突然 ある親子の1週間  作者: 春原 恵志
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一日目 みゆき

1日目


ああ、憂鬱だ、憂鬱だ。みゆきは中学校からの帰り道をとぼとぼと歩いている。季節は初夏の夕方である。空はみゆきの心を反映するかのような曇天で、足取りも重い。さらに制服は泥だらけでかばんも汚れている。かばんの中身もぐしゃぐしゃである。

あいつら、何が楽しくてこんなことするんだろう。毎日毎日、そんなに人をいじめるのがそんなに楽しいのだろうかと思う。もう家にも帰りたくない。どうせ、母親の暗いさげすんだ顔を見るだけだ。それでも、帰るしかないのがつらい。

自宅が見えてきた。見るからによどんでいる。なんなの家までどす黒い。這うように家について、ようやく玄関の扉を開ける。みゆきはいつもただいまは言わない。そのまま、2階の自分の部屋に向かおうとして、ふとキッチンを見る。

おかあさんがいた。

ああ、なんてことだろう。お母さんがキッチンの桟にひもを結んで身体が釣り下がっているではないか、後ろ姿でもお母さんだという事が分かる。そしてブラブラと揺れている。

そして、あろうことか、その死んでるはずの母が振り返って、ひとことしゃべった。

『みゆきを産むんじゃなかった』


どきっとして、目が覚めた。

ああ、また、いつもの夢だ。いったい、いつまで、この夢を見るんだろう。

ぼーっとする頭で部屋を見る。そこは自分の寮の部屋だった。実際4月からここにいるので、まだ1ヶ月も経っていない。自分がこの部屋にいる実感がまだわかない。部屋は3畳ぐらいでベッドが置いてあり、反対側には勉強机と据え付きのタンスがある。ワンルームマンションのような、いたって普通の寮である。築20年近く経過しているのではないかと思う。それほど新しい建物ではない。

その寮の部屋から外を見る。まだ雪が残るアルプスの山並みが見える。緑がいっぱいで、いい天気なのだがなぜか暗く感じる。起き上がって部屋の窓に近寄ってそこから外を見る。 

ここは4階だ。ここから、飛び降りたら楽になるかな・・・・。

窓から顔を出して下を見る。若干の植木はあるけど、ほとんど地面だ。ふと、その場所に血まみれの自分の死体を想像する。ああ、だめだ。気持ち悪い。飛び降りるのは止めにする。


私、橘みゆき、中学3年生。中肉中背、正確には身長158cmで、クラスでは背の順番で並ぶと真ん中ぐらいになる。今時、あんまり背の順番とかでは並ばないけど。東京に居た頃はよく町で声を掛けられた。スカウトもあったけど、俗にいうナンパみたいのも多かった。私はどこかのアイドルグループにいるタレントに似ているらしく、間違えられたこともある。私自身はあんまりそう言ったものに興味がないので、よくわからないけど。言われてからその娘をネットの動画で見ると確かに似ているのかなとも思う。

この春から、家の事情でこの中学校に転校して、寮生活をしている。

なぜこの学校にしたのかは、よくわからないけど、おとうさんが決めた。学校は長野県にある中高一貫校で、本来は転入は出来ないらしいけど、3年の春から転入することができた。多分、これはおとうさんの力だと思う。この中学に決めたのは、長野の田舎で気持ちを落ちつかせるためらしいけど、わたし的にはどうでもいい話だ。

今は4月も終盤。学校生活にも慣れる頃らしいけど、どうもなじめない。

本来、人付き合いが苦手な性格で、前の学校ではいじめられていた。いまの学校でもそろそろ、そんな気配になってきている。三年生になってからの転入でもあり、そんな性格からか、友達はまったく出来ない。実際、欲しくもないけど、まあ、どうでもいい。

でも、どうしていじめなんてことをするんだろう。何が楽しいのかよくわからない。やられてるほうは、なぜいじめられるのかがわからず、どうしたらやめてくれるのかばかり考えている。いじめられるともう生きるのが嫌になる。それと学校に行く意味が分からない。勉強は一人でもできると思う。あと、そういう話だと生きる意味だってわからない。死にたくないから生きてるだけだ。

さっき夢で見た母親から言われた言葉が、いつも心に引っかかっている。『みゆきを産むんじゃなかった』それはおかあさんから本当に言われた言葉だ。言われた時は、自分の足場をいきなり取られたような、奈落の底に落ちるような感覚を覚えた。自分が生きてることを否定された。どうしようもない気持ちになった。それ以来、このまま生きていていいのかなと思う。

寮は4階建てで女子寮と男子寮は別って、当たり前か。5階建て以上にすると建築法やらでエレベータが必要らしく、そのため4階建てになったという噂がある。本当かどうかは知らない。よってエレベータはありません。

学校は少し高台にあって、中学と高校は同じ場所にあるけど、建物は別になっている。田舎のせいか、野球場二つ分ぐらいの大きさの校庭があり、その先に5mほど高くなった高台に中学校と高校の校舎が2棟建っている。それと学校全体が高さ2m近い壁で覆われている。近年、学校が暴漢に襲われるなどの被害が出ているため、警備目的でこうなっているらしい。万里の長城じゃないんだから、ここまで長く高い壁は要らないとおもう。

寮生活の朝ごはんは、1階の食堂で寮生みんなで食べることになっているけど、私は基本、パスしている。食べないと寮母さんから怒られるけど、朝から食べられない病気があるとかごまかしている。朝からドカめしなんか食べられない。寮のごはんはどんぶりめしなのだ。

今日も寮母さんに見つからないようにそろっと寮から出ていった。寮から学校までは数百メートルで、とにかく近い。当然、歩いていく。

春も終わりでそろそろ初夏になろうかという時期だけど、長野の山のほうなので、朝晩は結構冷える。気分は晴れないけど、今日も良い天気だ。学校は8時半始まりで、たいてい、ぎりぎりに出かけている。この時間だと8時半到着は厳しいかもしれない。ちなみにそんな時でも走ったりしない。

とぼとぼ歩いていると、学校の正門が近づいた頃スマホが鳴った。私のスマホが鳴る時はだいたいおとうさんからだ。案の定、スマホにはおとうさんと表示されている。朝から面倒くさいな。こんな時間に電話して、学校に遅刻するぞ。ああ、でも普通なら着いている時間か。

「はい、何」

『みゆきか?』

「そう」

『どうだ、かわりはないか?』」

「ないよ」

『あのさ、今度の連休なんだけど、こっちに来ないか?』

ちなみにおとうさんは政府関係の仕事をしている。去年から大阪で単身赴任をしている。私が寮生活をしている理由の一つでもある。

「いいよぉ(行かないよ)」

『そんなこと言うなよ。前に海遊館に行きたいって言ってただろ』

「言ったかな?」

『ああ、言ってた。それとたまには顔を見せてくれよ。で、どうなんだ、学校の方は?』

「別に・・・、普通」

『普通って、あと、それでさ、・・・実はかあさんのことで、わかったことがあるんだ』

わかったことって何?その時、通話が突然、途切れた。

「もしもーし?」

なんだ、通信障害か?田舎は電波の入りが悪いな。まあ、いいか。

そう思った、次の瞬間、ありえないことが起きた。みゆきは体ごと飛ばされた。いや飛ばされたとしか思えなかった。地面が大きく揺れている。これは地震なのか、みゆきはとにかく、逃げようと這いまわっていた。どこに逃げればいいのか、学校の周りの2mの万里の長城の壁が崩れていくのが見える。それを見てとにかく壁から離れようと這って逃げた。

その後も揺れは続く、地震の揺れってこんなに続くものなのかと思う。叫びたくなる気持ちを抑えてとにかく地面にへばりついて我慢した。その後、揺れは一分ぐらいで終わったが、みゆきとしては10分ぐらい続いた気がしていた。ようやく揺れが収まって助かったと思う。心臓がバクバクしている。みゆきはあたりを見回す。近くに数人の学生がいて、みんな口々に今の地震について話をしている。腰を抜かした生徒もいるのが見えた。確かに揺れ自体、尋常じゃなかった。

みゆきは少しづつ落ち着いてきて、周りの被害状況を見てみた。幸い道はひび割れはしているものの、歩ける程度では持ちこたえていた。学校周辺の万里の長城の壁だけが何か所か壊れていた。道路が無事で壁だけ壊れるとは、この部分は手抜き工事だったのかもと思う。校内を見てみると校舎にも少しひびが入っているようだった。

振り返って見るとさっきまでいた自分の寮にもひび割れが起きていた。震度いくつだったのだろう、結構な被害が出ている。

まだ、通学途中で校舎内に入ってなかった生徒は、校庭あたりで呆然としているのが見える。みゆきはのろのろと校門から入った。校庭に先生らしき人間がいた。確か社会科の先生だったか、もしくは教頭だったか、60歳ぐらいのじいちゃん先生だ。

「みんな、大丈夫か?」

そんなこと言う自分が大丈夫なのか?爺さん先生はフラフラしている。

「余震がくるかもしれないから、建物には近づかないようにな・・・」

言われなくても、そんなことはしないぞ。周囲の女生徒の中には泣きじゃくる者もいて、騒然となっている。私は元から覚めた性格なのか、悠然と歩くことができる。

とりあえず、スマホを確認してみる。やっぱり通信ができない。まったくつながらないので、どこで起きた地震なのか、どんなことになってるのかがまったくわからない。はて、情報はどうすれば取れるのかだろうか。スマホがつながらないと何にもできないな。

校舎内にいた先生達や生徒が続々と校庭に出てきて、先生が生徒に集合するように言っている。校庭にクラスごとに生徒を集めて生徒の安否確認をするみたいだ。

みゆきは、仕方なく自分のクラスの列に並んだ。私のクラスにはけが人はいないみたいだった。生徒がそろって10分ぐらいたったので、みんなは徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。見ると一部の生徒はけがをしているようだ。頭から血を流している生徒もいる。物でも落ちてきたのかもしれない。

前の方で先生達が集まってはなにやら相談している。校長先生だったと思う人が、先生たちに話をしている。その声が聞こえる。

「とりあえず、けが人もいることだし、救急車を要請しないと、スマホはつながらないけれど、この辺に公衆電話はありませんでしたか?公衆電話は緊急時にもつながるようになっていると聞いたことがあります」

「たしか、この先のコンビニにあったと思います」

さっきの爺ちゃん先生が答える。じいちゃんだから若い校長よりも偉そうだな。そこで若手の男の先生が話す。

「わかりました。私が行って来ます」

「そうか、遠藤先生。よろしく頼む。被害の実態が掴めないが、とりあえず、生徒たちはこのまま、校庭で待機させることにしよう」

どう考えてもけが人を病院に連れて行った方が早いんじゃないのと思う。このまま、ここで待つ意味があるのかな。


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