『化物ノ剣』
とある世界。一神教の信者が多く住み、昔ながらの生活を続ける小さな国が在った。教義を守り、穏やかな生活を続けている中で、二つの存在のみがこれを否定するように生きていた。
国の南東に存在する国土を四分の一使った広場がある。そこは空に『赤の魔法陣』が覆い、数多の獣が彫刻された壁には『青の魔法陣』が帯の様に覆っている。二つの強い魔力により、この場で起きる事は一切外へ漏れ出ない仕組みになっている。
まるで異世界の様に存在するこの場の中心、二つの剣が向かい合って刺さっていた。
一本は両刃の大剣。漆黒の刀身から常に黒い液体が流れ出し、出来上がった水たまりから獣の腕が伸び、その所々には口がある。血で汚れた牙同士が何度も上下し、その度に怨嗟の声を放つ。刀身以外は簡素。まるでこの液体が剣の形を取りたいだけで、その形を維持している様な雰囲気。
向かい合い、少し離れた場所、地面から少し浮いた位置に剣の柄だけあった。二本目には刀身が無い。その代わりに地面と柄の空間、酷く醜い獣の顔を持つ小さな女性が立っている。着ている純白のウェディングドレスには赤黒い染みが幾つもあった。
この二本の剣は『化物ノ剣』と呼ばれている。既にこの世界を去った『魔法使い』が、この国だけを憎み、自身の血肉と魔力で練り上げた武器。
災厄を呼ぶ剣をどうにかしようと考えた結果。二つの剣の特性を利用し、数多の『魔法使い』の力を使い、この広場を作り上げた。
剣の特性―― 自我の本質。
自身こそが『魔法使い』からの全ての能力を受け継いでいる。
相手の存在が許せない、破壊しなければならないと思っている。そして、相手が何処かに移動してしまえば、探す必要がある。その手間が省け、尚且つ、二つに分かれている以上、この『魔力結界』からは出られない。
全てが此処で完結しているため、自身の力で相手を破壊、吸収に専念出来た。
問題が一つ。剣は所有者がいなければ力が出せなかった。人間の寿命は短い、剣の魔力で身体を強化する必要もあり、更に持っている魔力が減る結果となっている。
そして、剣はミスを犯した。選んだ人間が共に女性、ここまでは特に問題無い。更に同性を選ぶことで特別な関係で問題が発生することは無い、自分達の道具として完璧に使えると考えた。
しかし、二人は恋人同士だった。老いることがない肉体。美しい姿を保つ相手に何度も恋をし、決定的な事が起きなかった。
そうして今日も、何度目か分からない戦いが始まる。
漆黒の大剣を握ったのは顎辺りで切り揃えられた黒髪の女性。肌は白く、傷一つ無い。長身に合う黒のロングコート。その下は、下着と言われても仕方無いほど肌の露出が多い服。細身の光沢あるパンツと高いヒールのブーツ。膝上まで長さがあるブーツにはベルトが何本も巻かれていた。重量を全く感じさせない連続斬りを行い、大剣の切先を相手に向ける。
宙に浮いていた柄を握っていたのは色素の薄い茶色の髪の女性。黒髪の女性同様に肌が美しく、人間離れしていた。癖が無い髪が背中辺りまであり、背が高く白のロングコートを着ていた。その下は向かい合う相手の趣味と同じようで、激しい動きをしたら見えてしまうほどの際どさだった。恰好も色を逆にしただけでほぼ同じ。違うのは握っている剣。
獣の顔を持つウェディングドレスの女性が叫び声を出し、身体を変化させていく。歪な刀身となり、身体に沿うように刃が存在していた。それが消える。空気を斬り裂く音を何度も立て、最後に一際大きい音を立て、停止。切先が相手に向けられている。
優しそうな雰囲気。柔和な笑みを浮かべていた顔が、まるで金属を捩じる時に出る様な音を立て、表情が変わる。続くようにして両目が獲物を狙う目に変化。
「早くやろうよ、テルミ」
「この淫乱が……私の血は安くないからなネメス」相手よりも少し背が高いことで、見下ろす様に見る。
お互いの身体を通して剣の魔力が流れ出す。黒と白がせめぎ合い、空の魔法陣と壁の魔法陣が振動する。地鳴りが響く中、彼女達が持つ剣の切先が一度触れる。短く、高音の金属音が一つ。同時に周囲の音が消える。次の瞬間、空近くで激突音。
鍔迫り合いからの前蹴り。二人の表情は変化無し。相手の攻撃を読み、当たる瞬間に素早く相手を蹴っていた。着地と同時にテルミは剣を上段に構える。ネメスは身体で剣を隠す様に構える。刀身から溢れる魔力と所有者の魔力が融合。同時に二本の剣が振り抜かれる。放たれた魔力波が広場の中心で激突。
地面を大きく穿ち、衝撃波が空を覆う魔法陣を大きく揺らす。光が明滅し、一部が崩壊しそうになる。帯状の『青の魔法陣』の光が強まり、『赤の魔法陣』が瞬時に修復される。瓦礫が舞う中、テルミとネメスが剣を振るう。
テルミの兜割りからの斬り上げ。ネメスの身体の中心で止まった切先の軌道が突きに変わり、彼女の身体は斬り裂かれ、串刺しにされ、蹴り飛ばされる。壁に激突。凄まじい衝撃音と瓦礫と埃が舞う。次の瞬間、身体を修復した彼女が飛び出す。瞬間移動したかの様に、テルミの上半身付近に蹴りを放つ状態で浮いていた。ネメスからの攻撃に対応出来ていないテルミの頭が、右足が振り抜かれる同時にあらぬ方向へ曲がる。
首を折られた彼女の身体が地面に倒れる前に止まる。途切れた意識が戻り、右足で踏ん張り、そのまま剣を振り抜く。
テルミの身体を足場に体勢を戻していたネメスが刀身で攻撃を受け止める。
漆黒の刀身、獣の顔を持つウェディングドレスの女性の刀身、不吉で歪な剣が縦横無尽に斬撃を放つ。身体を切り刻まれることはなど一切気にしない攻撃に四肢、頭部の一部、内臓、血が飛び散る。それら纏っている魔獣から作られたコートから伸びる獣の腕によって回収。同時に指輪の力で身体は修復されていく。本来ならそれほどの能力を持たない『魔具』だが、剣の魔力によって異常なほど能力が上昇している。
死ぬことがない身体。疲労しない身体。この二つで彼女らは感情のまま戦い続けられる。歪な愛も、この空間なら全て許される。淫ら空想も、新たに抱いた歪んだ愛し方でも――
ネメスがテルミの首を刎ねる。飛んだ頭部を掴み、熱い口づけをする。
テルミがネメスの身体を横一文字で斬る。切り離された彼女に近づき、乳房に噛み付く。そのまま肉を食い千切る。血の味を一瞬感じたが、すぐに口内から消失。肉は持ち主の元へ帰る。
長い時間、剣を振り続けた二人が広場の中心で止まる。
お互いの首を斬る状態。刀身に流れる血が身体に戻ろうとするのを見ながら、相手の血に舌を伸ばして舐める。短く感じた味に恍惚の表情を浮かべる。
「ネメスの血、美味しい……」
「テルミィ……もっと舐めたい」
戦いの最後はこの行為で終わる。二人は恋人同士なのだから仕方ない。
二つの剣は、偶然のミスを期待しているが、それが一体いつ起きるか分からない。苛立ちも以前よりは酷くない。そんな事をしても意味が無いからだ。
彼女らは少し会話をして、最後にキスをして踵を返す。
剣を振るうと空間が切断され、その奥には違う世界があった。これは二人の部屋だった。お互いの部屋に戻ることで広場は静寂になった。自動修復する魔法陣が赤と青の光を明滅させる。
この国での日常が過ぎる――