『魔人ノ舌』
信じるという感情を持つことすら馬鹿げた行為だった。
それにしても、この様な場所でよく生活出来ると思う。私には不可能だ。
全てを支配しているつもりでいるが、それは嘘であり、信じ込むことで日常を過ごせている。その様な生き方を出来ない私としては少し尊敬するが、本当にソレで良いかと思う。
私を憎む相手は、その様な生き方を否定する事は一度も無く、誰もが幸せになれる道を示していると自負している。その道から必ず落ちる存在がいる事を考えていない。
だから、私はヤツらが目障りだ。
破壊しても破壊しても、時間の経過で同じ思想を抱く存在が何処からか現れる。
私は常に『一』であり、消えてしまえば終わってしまう。私の意思を継ぐ存在は現れない。そういう仕組みだからだ。
消えるわけにはいかない。私と共に戦ってくれる存在が居る限り。
さあ、替えがある奴等を殺そう、消し去ろう。
それにしても―― 勇者などという存在は一体何処から来るのか―― 考えてしまう。
宇宙は広大で、星の数だけ勇者がいるのなら増々破壊されるわけにはいかない。そして、この星から羽化する時期が来た。私の舌を大地として住んでいた人間らが、突然起きた巨大地震で慌てている。そのまま海が割れ、あらゆる場所で亀裂が起きる。
『魔人ノ舌』、長い舌に無限増殖する『魔法陣』が明滅を繰り返し、構築と破壊が繰り返す。
髭を蓄え、眉間に皺を寄せた男性が上半身を起こす。石膏像の色をした全裸の肉体は筋骨隆々。背には大量の蛇で編み上げられた翼。
巨大台風が突然現れた様な風が何度も起き、魔人の身体が浮き上がり、一気に上昇。周囲の物を吹き飛ばす。そのまま加速する身体が急停止。両手、両足に突き刺さっている巨大な槍。この星に、磔にする際に使用した武器。穢れ無き白色の光から輝く羽根が落下していく。奪った武器の力を私のモノにするために、舌へ魔力を注ぐ。無限増殖を繰り返していた『魔法陣』の全てが舌先に移動。重なり、重なり、重なり、重なり、明滅する光は次第にその間隔を失い、濁った白い光を放つ。
光は四方に飛び、槍を覆う。拮抗する二つの光。穢れが浸食を始め、時間と共に優劣が顕著となり、槍の光は変質。魔人の武器となった。魔力量上昇と同時に再び急上昇。その衝撃を受けた星が崩壊までの時間を短くした。
宇宙の闇。
星々の光が見える中、消し去るという意思を持つ何かが、凄まじい速度で近づいて来る。次の瞬間、少し離れた場所に巨大な剣が在った。装飾を極限まで捨て、一つの命令を持つ存在として。
その姿は、黄金に輝く柄、それに続く刀身の中に見えるのは青い空と美しい景色。剣は、とある世界と繋がっていた。
押し付けがましい世界に溜息が出る。胸骨近くまで伸びた舌の上で『魔法陣』が変化。赤黒い光が明滅した後、濁った光で舌が覆いつくされる。光の中から飛び出すのは武装兵。槍を持ち、巨大な剣に向かって行く。
私の兵を迎え撃つ様に、刀身の中で広がる青空から武装兵が飛び出す。
互いの兵がぶつかり合う。
私は負けられない。その刀身をへし折ってくれる。
『魔人ノ舌』に更なる魔力が注がれた。
戦いの結果は魔人の勝利。しかし、魔力を消費しすぎたため、新たな星で眠りにつく。『磔の槍』を奪えなかったため、星の中心まで身体を伸ばせなかった。この星から羽化するのは早いと考えながら魔人は再び眠りについた。