『血ノ剣』
廃墟化した教会の礼拝堂には死と絶望しかない。
動かすことが億劫な身体。目だけを動かして周囲を見ると、死体の山が幾つもある。私ではない誰かが、通路を確保するために作業した様に見えるが、実際は違う。迫って来る敵を斬り殺す時、上手く積み上がるように飛ばしている。それぐらいの技術、誰でも習得出来る。ある程度までなら。ただ、私は正確過ぎるだけ。
隙間だらけの建物を通り抜ける風が、淀んでいた腐敗臭を移動させる。
拡散され、それでも高濃度な悪臭にも無反応。常人なら簡単に嘔吐する匂いに身体も心も反応をしない。
視界の景色から乖離した部分。私の心、その中にある一つの言葉。それは――
『死は可能性を上げる』
開いていた目を閉じる。数秒後、ゆっくりと開く。広がる世界に一切の変化は無い。何度も繰り返してもまだ変化は無かった。この行為も既に数億回繰り返している。信じている言葉を捨て、私はこの事実を受け入れ、『血ノ剣』と地獄の世界を生き続けることを選択する時が来たのだろうと、考える。だが、その前に少し回想しよう。それぐらい許してくれるはずだ、醜く残酷な世界でも――
私に向かってくる敵は等しく強烈な憎しみを抱いていた。殺意だけではなく、武器を振り下ろす、突き出す、相手を引き付けるための一撃でさえ、怨嗟の言葉が乗せられていた。
魔力を使って自分を守り、更には武器を錬成。甲冑を着た敵の身体は、私から放たれる斬撃で解体、宙を舞う。その他の兵士は私の一撃を剣で受け止めるが、武器を斬られ、二つになった身体は後方に飛ばされながら細かくなり、床に落ちる。
礼拝堂に侵入して来た敵を全て殺すまでには、大した時間は掛からなかった。
私―― そう、私という存在が与えるモノは痛みと絶望。
火傷で半身が爛れ、顔の半分も醜く歪んでいる。女性として、悲しく、誰からも見られたくない姿。その身体に、執拗に絡みつく巨大な黒蛇。太く、蠢く度に身体から放つ鈍い赤い光。
最後―― 回想の最後―― この死体らの魂が新たな肉体を手に入れ、再び戦う事になっても負ける事は無かった。繰り返し、繰り返し、次第に思考は、この身体にある闇の中に堕ちていった。
次に目を開いた時、教会周辺の雰囲気が変わっていた事に気がついた。
闇の中に堕ちていた私の心が、漆黒の液面に波紋を起こし浮き上がる。上げた右腕には敵の血で汚れた長剣。酸化した赤は既に匂いを失っている。その部分からの憎しみの香りが立ち上り、私は重い身体を起こす。
血で汚れた白銀の鎧。顔全体を隠すまで伸びた痛んだ金髪。足元近くの毛先が、私の魔力によって舞い上がり始める。血が滲んだ様な百合が群生する中心に立ち、教会の入り口を見つめ続ける。勢いよく開かれた扉。同時に侵入者の魔力が礼拝堂に広がり様相が変化。
私は、満月が水面を照らす水面に立っていた。
私を殺しに来た人物の顔をよく見る。生前の私の顔によく似ていた。
ようやく残しておいた魂の欠片が目覚めたか――
身体に巻き付いていた蛇が離れ、消える。相手が身丈を越える長剣を構えた。美しい白銀の鎧からは清らかな魂の香りがする。
過去を切り取った様な姿にわずかな苛立ちと期待。互いが構えを取ったまま円を描く様に動き始める。
この『血ノ剣』の呪いが途切れるか、それとも続くのか――
顔の火傷を歪ませながら狂気の笑みを浮かべる。
私は神速の一刀を放った。