『#0A03.5#285』
――とある未来。
重要管理物地区。『魔力』を利用しなければ管理が不可能と判断された物が集められている。
何故、『魔力』で管理出来ると分かったかは記録に残っている。
『時戻りの呪術書』の存在。そして、当時の研究者らはこの内容を解読することが出来た。そこに書かれていた一つ、この大陸には別次元から移動してきた『魔具』がある。強力な『魔力』を持つ存在。現在の重要管理物地区では人海戦術で被害を広げないようにしているだけの状態。早急に対応策を打ち出す必要があった。それを短期に実現出来る可能性が、この大陸の北部、雪原の地下深くに眠っていた。
第一次発掘隊が結成され、現地に向かう。おおよその位置を特定し、発掘作業に移行したと同時に起きた『魔力波』により隊の全てが消失。驚愕の出来事に調査が必要だと意見する者達がいたが、同時期に重要管理物地区で爆発が発生していた。調査などという余裕が無いと上層部が判断。それから数年後、『魔力波』に耐えられる装備を開発し、第二次発掘隊が派遣される。再び『魔力波』により一人の隊員しか帰還出来ない結果となった。戻って来た隊員の姿に、現地で待機して部隊が恐怖する。身体が引き千切られた状態なのに生きていた。離れた部分を繋いでいたのは『魔力』で作られた『魔力文字』だった。
その男が伝えてきた言葉「櫛鬼が伝える、もう一度『時戻りの呪術書』を読み直して」言い終わる同時に身体が崩れた。再び発掘隊を全滅させてしまった事の絶望もあったが、この状況を打破する方法のヒントを得ることで、組織内では静かに興奮が生まれていた。
それから数日後、重要管理物地区、人体制御エリアで爆発が発生。人柱の数が足りなくなった事による事故だった。これにより管理区域の一部を閉鎖。特殊金属により覆い込みを行い、二十四時間の管理体制を開始。数日に一回人柱を入れることで管理を維持出来ている。このまま人柱を投入し続けると、奴隷の補充基準を厳しくする必要が出る。早急に人柱に変わる人工物を作り出す必要があった。対応組織が新たに生まれる。
『時戻りの呪術書』を再度解読し直し、間違いを見つける。正しい情報から装備の改善を行い、強化された第三次発掘隊が派遣される。苦難を乗り越え、ようやく『魔具』を発見。その姿は球体が所々崩れた形をしており、そこから溶解した翼を持つ全裸の女性が飛び立とうとしていた。美術品の様に美しく、女神と名づけてとも違和感が無いぐらいだった。全てが白で統一され、零れ落ちる白い粉は光に照らされると七色に輝いた。喜びのあまり装備のマスクを外した男性が粉を吸い込んでしまう。一瞬、恍惚の表情を浮かべ、すぐに絶叫する。身体を掻き毟りながら転がり、口から何かを吐き出す。白色の鎖。意思もった鎖が『魔具』へ伸びていき、接続、そのまま身体が引き込まれ、吸収されてしまった。
同様な事がそれから二件起き、一件のみは『魔具』に吸収される前に確保し、遺体の解剖が出来た。
結果は肺が全て鎖となっていた。あの粉には身体の一部を変化させ、『魔具』に取り込みやすい形にする。吸収した後、完全に本体の一部に変化させる事が分かった。
同時進行で調べられていた『魔具』本体。調査の結果、『魔力』を大分失っている状態だったが、測定値から推測し、重要管理物地区を数百年維持管理出来るだけの量はあった。この時期を境に急ピッチで工事計画が進められる。数ヵ月後に着工、工期は一年だった。二十四時間体制で進められる工事。度重なるトラブルにより工期が一年半まで伸びてしまったが、新たな施設が完成した。
張り巡らされた配管に『魔力』が流され、重要管理物地区に流れていく。『時戻りの呪術書』の描かれていた『魔法陣』。それが『魔力』によって描かれていく。安定が生まれた瞬間だった。
数十年後。
この区域で働く女性職員が、『古びたナイフ』が保管されている部屋の前に立っている。しかし、その表現は正しく無いと思う。何故なら、部屋と私の間には透明の壁が存在している。少し見た程度では『魔力文字』が動いているぐらいにしか見えない。この文字はニュースの様に流れているのではなく、セキュリティの変更がされている事を表示している。絶えず変化し続け、その中の文字を専用機器で高速スキャンし、職員は異常が無いかを確認している。
この施設内で勤務すると、自然と『魔力』に干渉されてしまう。『対魔力』効果がある白衣を身に着けることが義務付けられている。両袖には施設のマークが刺繍され、ここから『対魔力』が発生し、白衣に流れている。この白衣も三回着ると廃棄。一枚当たりの制作費も高く、廃棄するにも費用が掛かる。現在、このコストをどうしたら削減出来るかを上は話し合っている。
まあ、私の様な平職員には関わりが少ない話だ。
視線の先、管理されている部屋の前、昔の美術品ありそうな木製の扉がある。様々な人々が絡み合った彫刻がされている。実を言うと、暇な時はよく此処に来ている。何て表現するのか分からないが、立っていると身体に変化がある。細胞同士が心臓の鼓動に合わせて微かに離れていく感覚。もし、そんな事が起きていても感じる事なんて出来ないと分かっている。
この奇妙な感覚が忘れられず、此処へ何度も来てしまう。刃物で斬られる痛みが、実は心地良い。マゾヒズムの様な感情に困惑しつつも。
視界が突然暗闇になった。
数秒後、慌てて目を開くと木製の扉が目の前にあった。自然と腕が上がり、指先が触れる。アラームが鳴り続ける中、私はドアに触れたまま動けない。空間に浮かび上がる『魔力文字』。見た事が無い文字と繰り返される記号。
上下に流れ続ける文字が身体に触れ、木製のドアが開き、『古びたナイフ』が飛来。胸の中心に刺さり、血が溢れ、床へ落ちる。
血液の表面から触手の様に伸びる『魔力文字』。凄まじい勢いで施設内へ伸びていき、他の職員を襲っていく。私は両腕が刃物になり、ただ殺戮を楽しむ存在となった。
たった数日で、この区域から全ての命が失われた。ただの兵器となった私だけが残った。虚ろな意思で最初の場所へ戻り、木製のドアの前に立つ。その場で首を斬り落とした。後ろに倒れ、胸に刺さったナイフがゆっくりと抜けていく。
刀身が赤く、汚い木で作られた柄に巻かれた布が血で汚れている。酸化した血の染みが鮮やかな赤を取り戻し、そのまま『魔力文字』となって刀身に吸収された。胸から抜け落ちたナイフが、開かれた扉に向かって飛翔し、ゆっくりと閉まった。
木製のドアが蠢く。彫刻に彼女の身体が新たに加わった。