『#0A05.5#525』
――とある未来。
重要管理物地区。『魔力』を利用しなければ管理が不可能と判断された物が集められている。
この区域で働く女性職員が『古びたグラス』を見ていた。
その間にあるのは透明な壁。
この文字はニュースの様に流れているのではなく、セキュリティの変更がされている事を表示している。絶えず変化し続け、その中の文字を専用機器で高速スキャンし、職員は異常が無いかを確認している。
この施設内で勤務すると、自然と『魔力』に干渉されてしまう。『対魔力』効果がある白衣を身に着けることが義務付けられている。両袖には施設のマークが刺繍され、ここから『対魔力』が発生し、白衣に流れている。
この白衣も三回着ると廃棄。一枚あたりの制作費も高く、廃棄するにも費用が掛かる。
現在、このコストをどうしたら削減出来るかを上は話し合っている。
まあ、私の様な平職員には関わりが少ない話。
それよりも―― 『時戻りの呪術書』が気になる。
私も読んでみたい――
そんな願望を抱くこと自体、何の意味を持たない。私はただの平職員なのだから。
溜息を一つ。
その場から離れた。
しばらく平穏な日々が続いた。此処での平穏とは事故が起きないという事。広大な重要管理物地区で事故が起きない事は奇跡に近い。だから、職員は様々な感情を抱いてしまう。
期待、不安。良い事と悪い事が連続していくシンプルでありながら複雑に重なりあう感情の波。
不思議だった。決められた業務をこなすだけの私が、何故こんなモノが見えるのかと。
気づいた時は恐怖しかなかった。しかし、次第に心の奥底から湧き上がる優越感によって醜い笑みを浮かべていることに気づく。
他の職員には、不可視の波がこの区域で至る所に広がっていくのが分からない。私はその動きを観察している内に波が何処に向かっているのが分かった。
走る走る走る。着ている服が滅茶苦茶になり、壁にぶつかって速度が落ちても足の動きを止めない。ひたすらアノ場所へ向かって足を動かす。
透明な壁の前に立つ。
荒くなった呼吸を整えることなく壁に舌を這わす。繰り返す上下の動きに合わせて流れる唾液。セキュリティ変更の為に絶えず変化している文字の動きが乱れ、次第に文字が固定されていく。透明の壁に現れたのは『時戻りの呪術書』の文字。
私の両目から涙が流れる。そして、いつの間にか持っていた『古びたグラス』が青く輝く。そこに満たされたのは数多の意思。
グラスを見つめ、ゆっくりと口元に近づける。傾け、口内から食道を通る意思の液体が胃へ落ちる。
身体の中心、違和感が恐ろしい速度で分解され、全身に広がっていく。
数秒後、グラスの力と同化した身体は青い光を放つ人型の結晶となった。
私は両腕を広げ、顎を上げていく。施設の低い天井から落ちる何かを、口で受け止める様な体勢を取るが、逆に口から先程飲み干した意思を吐き出す。
不可視の波が津波の様に施設へ広がっていく。しばらくすると再分配された意思により職員の暴走が起きる。
馴染まない精神と肉体により、施設内が破壊と死で溢れる。
上層部は現状で対策が無いと判断し、この区域は閉鎖された。
新たな予算要求が必要となり、上層部の悩みは増えるばかりだった。




