第6話「それは、決着の時」
ネオンは床に向けて水剣を薙ぎ払う。
「水剣奥義、ディップスドロゥ!」
その直後、謁見の間の床一面に拡げられた影を押し除け、足元から水が噴き上がりネオンの身を包む。
「フォースドライブ!?ボクまだレリックのチカラ全部は解放できてないんだけど!?」
「そうだろうな、フラジャイル。もしそうであったら…こうなることも、ないはずだッ!」
一気にダッシュで接近してゆくネオン。その足元はフラジャイルの影を次々と押し除け、代わりにその場を水没させてゆく。
「貴様がエクステンド・レリックの全てを解放出来ていたのなら、今頃私は既に負けていただろう。フラジャイル・スロート…いや、ランスロット!」
そのままフラジャイルの眼前まで距離を詰めるネオン…残した水場は時間差で凍りついてゆく。
「あーもー!マウント取られてるみたいでなんか嫌だなぁ!勝った気に…ならないでよね!?ストリングスバンパー!」
ネオンを遠ざけたいフラジャイルは、影糸をその場で薙ぎ払うように振り抜いてネオンを弾き飛ばそうと試みる。だが、繰り出された技は本来この使い方ではないため、そこに付け入る隙が生まれた。
「抜かずの刃…未抜剣ファストエッジ!」
ネオンは見えない速度の居合抜きで影糸を突き刺す。フォースドライブによりそれは強化され、影糸を貫き、そのまま当たれば大きな隙が生まれ、たとえガードされようとも衝撃による硬直を与える。そして何より、この技は使用後の隙が殆ど無く、続けて動き出す事が可能なものであった。接触さえさせれば確実に有利が取れる、優れた技。フラジャイルはミラと共に玉座に縛り付いているため、まさにこの状況で使用するのにうってつけであった。
「げっ!?まずっ…!!!」
「そこだッ!スプラッシュハイ!」
少し怯んでしまったフラジャイルは僅かに対応が遅れる。それを見逃さず、ネオンは跳び上がりつつ水剣による斬り上げを繰り出す。フォースドライブにより強化された水の刃は影糸を切り裂き、フラジャイルを玉座から引き剥がす。ディップスドロゥによって水剣で斬りつけられたフラジャイルは水没し、宙を舞う。
「うあぁぁっっ…!!やだやだ、ピアッシングイ…」
「させるかッ!!!」
何かをしようとしたフラジャイルだったが、ネオンはすぐさま尻尾を振るい、凍り付いた床へとフラジャイルを叩き落として妨害する。既に水没しているフラジャイルは、凍り付いた床に触れた直後にその身体が凍りつきはじめる。
「うぅ、影を…」
「そこまでだ、フラジャイル。私はまだあと1回、強化された技を放つ事ができる。その身が全て凍りつくのを厭わないのであれば、抵抗するがいい。」
ネオンは水剣をフラジャイルへ向けて突きつける。1本取ったと言わんばかりだ。身体の一部が凍りつき床に釘付けになっているフラジャイルは、これ以上攻め手を凌ぐ事はできなくなっていた。
「………はぁ、ボクの負けだよネオン。キミより先に強くなれたからイニシアチブ取れるかと思ったんだけどなぁ…」
「悪いがミラの事は諦めてくれ。あれは私にとって大切な人だ。薄々フラジャイルの感情には気付いてはいたが、ここまでの行動へと踏み切るとは思わなかったがな…」
「ほら、はやく断ち切ってよ。呑まれてるんでしょ?ボク。」
「ああ、分かっている。……粛正せよ、フラジャイル・スロート!」
ネオンはフラジャイルの影糸を断つ。玉座に縛り付けられたミラから影糸の拘束が解けてゆく。それに伴い謁見の間の床に広げられたフラジャイルの影も元に戻ってゆく。
「……まぁまぁ落ち着いたよ、魔力も消えてないし上手くやったよね。悪い意味で少しイケイケになっちゃってた。」
「お前はこれからも必要なのだ。あまり闇の力に呑まれるな。私のそばに居てくれぬと困る。お前の事だろう、能力の解放に浮かれて使い過ぎたのではないか?」
「うぐっ…ちょっとだけ迷宮作成しただけだよぉ!」
「それは…お前の中で最も強い力だろう。私がまだ水剣神技を扱いきれぬのと同じ事だ。他の円卓の騎士はともかく、私達はまだこの力に順応し始めたばかり…あまり滅多な事はするな。」
「うう…分かったよ…」
意気消沈したフラジャイルは困り眉にしながら耳を伏せる。
「それより、ミラに大事は無いか?」
「あー、気を失ってるだけだよ。闇に意識を落としただけだから、眠ってるのとほとんどおんなじ。あっ寝室に運ぶ?」
「ミラを拐かそうとしたお前に寝室へ運ばせる訳が無いだろう。ミラは私が運ぶ。」
「いえ、ここは私が運びましょう。」
最後に言葉を発したのは、マーリンだった。謁見の間の入り口に立っている。
「マーリン…まさかずっと様子を伺っていたのか?」
「それは、もちろん。話をするために来たと既に申しましたでしょう?」
「その相手はフラジャイルだったのか…」
「えっボク!?ねぇマーリン、ボクになんの用なの?」
「ランスロット卿、ひとつ報告があるのです。トリスタン卿が貴方を探していると。」
「えっシリアルが!?なんでボクを…?」
「それは、私には答える事はできません。実際にご自身で確かめられるのが宜しいかと。」
「え〜、そんな事言ったってぇ〜、あの人どこに居るのか分からないんだけどぉ〜?」
「それは、ネオンさんと一緒に向かえば問題無いです。ね?ネオンさん。」
「ね?じゃない。…確かに、心当たりが無い訳ではないが…」
「ええ、きっと分かるはずですよ。さあ、この報告もしましたし、本題に入りましょうか。」
「ふぁっ!?今の報告って本題じゃないの!?」
「それはもちろん、違います。話をしに来たのは別の内容です。」
ここまでの会話までは普通だったネオンだが、最後に発したマーリンの言葉で嫌な予感が。
「私がここに話をしにきたのは、〝どうでもいい話〟をするためです。」
嫌な予感が的中したネオン。そしてフラジャイルはポカンとしている。
「ランスロット卿、貴方はさつまいもが好物ですが、もしそのさつまいもの皮と身がまるごと逆の食べ物になってしまったとしたら、どうしますか?」
「えっ!?そんなの中身が皮まんまの物体Xぢゃん!!食べても美味しいのは外側だけだし…中身は捨てる…??」
「捨てる必要なんて無いのですよ。皮みたいな中身を、本来の姿である中身だと認識して、飲み込んでしまえば良いのです。さつまいもの皮は食べられますからね。」
呆気に取られているフラジャイル。そしてその横でネオンはやれやれといった様子で顔に手を当て首を左右に振っている。
「マーリン…お前のそれは、何とかならないのか…」
「どうでもいい話ですが、私がこれらを話すのはとても大切な事ですので。ええ。」
「…もういい、ミラの事はマーリンに任せて、フラジャイルは私との戦闘で受けた傷を私と共に癒せ。着いて来い、フラジャイル。」
「えっ!?あっ、チョマテヨー!」
あまりに呆れたのか、フラジャイルに対する態度まで少し強引になってしまっているネオン。そのまま謁見の間から出て行こうとする。そしてフラジャイルはその後を追いかけていった。