オメガ
「させるものか!」
「大人しくしろ!」
騎士たちよりも先にケイン王子とジェリアが走り出た。力場の糸と氷の波が瞬く間に前方の奴らを荒らした。ロベルとトリア、そしてジェフィスも素早く雑兵を倒した。
だけど奴らは村全域に広がっていて、私たちに加えて騎士までいるにもかかわらず、彼らの行動を完全に封鎖するのは無理だった。
私たちの手が届かないほど遠い所から相次いで大きな魔力反応が出た。それらは瞬く間に膨らみ、目にも見えるほど大きな変化をもたらした。
それは悪魔。
村のあちこちにある家よりも背が高くて巨大な体格、肥大したコウモリの翼と角のついた醜い顔。四年前私が討伐したミッドレースアルファ・プロトタイプと非常に似ているバケモノだった。
騎士たちの間に緊張が広がっていく中で、ジェリアとロベルとトリアだけは少し違う感じで顔を険悪にした。
「あいつらは……!!」
ジェリアはすぐにでも突進しようとするような勢いだったけれど、村のあちこちで同じ魔力反応が爆発すると歯をギリギリと食いしばった。ロベルも眼差しが険しくなった。トリアは表情だけは淡々としていたけれど、体内に魔力が沸き立つのが感じられた。
いや、急にどうしたの?
「ジェリア、落ち着いて」
「君にだけは聞きたくないぞ!!」
なんで私に怒ってるの!? 私も知らないうちに何かやらかしたの?
落ち込んでいる私を見たトリアはため息をついて言った。
「四年前のことを思い出しただけです」
四年前? ……あ。
確かに、ミッドレースアルファ・プロトタイプを討伐する際の怪我ですごく心配をかけてしまった。あのバケモノたちがあいつと似ていて、あの時のことを思い出したのだろう。
そう思うと苦笑いが出てしまったけれど、のんびりしている時間はない。そう思ってケイン王子を見ると、ちょうど彼は騎士たちに指示を出していた。
「隊列を整備せよ! あいつらの戦力は今までの奴らより高い! 単独で相手にしなく……」
やっぱり冷静で早いね。
それより村にいる安息領雑兵たちの動きが怪しい。特に住民たちが集まっている方の雑兵たちがおかしい。何をしようとしているのかはわからないけれど、周りにいた奴らがそちらに集まっている気配が感じられる。
早く行ってみないと――そう思って、私はケイン王子に叫んだ。
「ケイン殿下! 私が先に行ってみます!」
「テリア公女!? どこへ……」
「テリア!? 何を……」
「お嬢様!」
周りから私を呼ぶ声をすっかり無視し、全身に魔力をまとったまま力強く地面を蹴った。
――天空流〈彗星描き〉
それこそ瞬く間だった。
音なんか遥か後ろに置いてきた突進。前方を大きな悪魔一匹が止めたけれど、突進の勢いのまま突き抜けて前に進んだ。奴はそのまま全身が粉々になって絶命した。
肉体強度も魔力量も四年前のプロトタイプとほぼ同じだった。恐らくまともなアルファ完成体ではなく未完成実験体、あるいは失敗作を無理やり合わせてプロトタイプ級の性能を再現したのだろう。いわばプロトタイプ再現体というか。
依然として強いけど、四年間さらに強くなった私にはまともに相手する価値もない奴に過ぎない。
どうやら私の突進する衝撃波で周辺にいたローレースアルファや安息領雑兵も飛ばされてしまったようだけど、これほどの衝撃波では死んではいないだろう――まで考えた時、私は目的地に到達していた。
「な、なんだ!?」
「どうやってここまで……」
「適習だ!」
安息領雑兵たちが右往左往する後、大きな建物が見えた。村の中心の建物だろう。住民の気配はその中から感じられた。
「そこ、一度だけ警告するわよ。武器を捨てて投降……」
そこまで言った時、雑兵たちが撃った魔弾が私の顔に飛んできた。
私は避けたり防ごうとする行動を全くせず、ただ顔で受け取った。魔弾は私の顔に傷をつけることができず、力なく消えた。
「何の……!?」
「見たでしょ? 投降して」
「ふざけるな!」
私が一人だからといって、奴らが油断することはなかった。そもそもここまで来たのは私一人だけだし、魔弾が私に通じないということで、私が普通の人間ではないことに気づいたのだろう。油断どころか建物の中にいた安息領雑兵まで外に呼び出し、大量に現れたローレースアルファの軍勢が私に飛びかかった。
よし。建物の中にいた奴らも外に出てきたし、そろそろ始めてみようか。
――天空流〈月光蔓延〉
閃光がひらめいた。
まるで一帯を埋め尽くすように隙間なく巨大な閃光。その正体は私が四方に飛ばした斬撃の乱舞だった。それこそ光が空間に充満するように斬撃がローレースアルファたちを蹂躙した。乱舞が終わった時私の周辺には細かく刻まれた肉と血だけが散らばっていた。
「あ……ガハッ!?」
圧倒的な光景のせいで反応が鈍くなった雑兵たちに高速で接近し、奴らを容赦なく殴り倒した。一帯を整理するのにそれほど時間もかからなかった。
簡単に終わったけど、それがむしろもっと不安だね。
ここにいる雑兵たちは数が多いだけの烏合の衆だった。それ自体は特別なことはないけれど、なぜあえてそのような烏合の衆をここに集めておいたのかがわからない。
この村はたとえ山の中にあっても距離的には王都に近い。山の中である上、外部交流が少ないし騎士団の監視は少ないけれど、万が一バレたらすぐに制圧されやすい所だ。今がちょうどそういう状況で。
ところが、こんな村に実力弱い雑兵とはいえ、このように多くの人数を集めておいたのはおかしい。しかもローレースアルファとプロトタイプ再現体まで、レースシリーズもかなり豊富に取り揃えているし。
王都や周辺都市を襲撃するつもり? いや、この程度の戦力では騎士団との正面対決は不可能よ。それともテロ? 正面対決よりは可能性があるけれど、率直に言って人の浪費だ。安息領の頭数が無限なわけでもないし。
こういう時はやっぱり何人か捕まえて聞くのが一番よ。
「起きなさい」
気絶した奴らの一人に魔力を注入して強制的に起こした。私はあっけにとられたように目をパチパチするあいつの胸ぐらをつかんで地面に一度叩きつけた。
「うっ!?」
「今から質問をするわよ。ちゃんと答えないと今のそれとは比べ物にならないくらい痛くてひどいことをするわ」
「き、貴様はいったい……」
「黙って。質問は私がするの。貴方たち、この村で何をしていたの?」
「俺が答えると……」
奴の頭をつかんで力を入れて地に打ち込んだ。ギャアッ、と短い悲鳴が出た。でも目の前の地面に剣を刺すと息を呑む音に変わった。
「今から返事を拒否したり、空言を言うたびに指一本ずつ切るわ。切ったら再生させてからまた切るわよ」
「は! できれば……グアッ!?」
私はいきなり彼の腕を肩口から切断した。今度は大きくて力強い悲鳴が上がった。私はそんな奴が見る前で切り取った腕を遠くに投げ捨て、奴の肩に剣を突き刺した後『再生』の魔力を注ぎ込んだ。
「ぐあ……あ?」
悲鳴は途中から疑問の声に変わった。奴の切られた腕の断面から急速に骨と肉が噴き出し、瞬く間に正常な腕が生えたのだ。遠くに投げ捨てた腕なんていらないみたいに。
……再生させることができるからといって迷わずこんなことをしても平気な自分自身に少し嫌悪感を感じたことは秘密だ。
「できるということは十分証明したと思うけど?」
わざと冷たく笑ってそう言うと、奴は唾をゴクリと呑んだ。よし、気配を見るともう答えてくれそうだね。
「もう一度聞くわ。貴方たち、ここで何をしていたの?」
「……し、知らねぇ」
地に突き立てた剣をまるで誇示するかのようにゆっくりと引いて手の方に移動させた。すると奴が慌てたように叫んだ。
「ほ、本当だ! 俺らはただ命令された通りにしただけだ! その命令の理由や目的までは知らねぇ!」
「ならその命令の内容を言いなさい。抜け出そうとせずに」
奴が急いて言った内容は大体こうだった。
一年ほど前から突然、この村に放置されていた旧アジトに人が投入されたこと。村の人々に少しずつ安息領の教理を布教せよということ。王都と衛星都市に潜入し、浮浪者やホームレスなど脆弱階層を拉致せよということ。拉致した人々はこの村に抑留しておくこと。
そして後で指示が下されれば、村の住民の中で安息領に転向しなかった人まで拉致して他の所に移せということ。
残念ながら、その他の所がどこなのかはわからないようだ。本当に知らないのか、それともそんなふりをしているだけなのかはわからないけど、今はもう掘り出す情報がないみたいだね。
「は、話したから俺を放し……」
「そんなことを約束した覚えはないわ」
『睡眠』の魔力で奴を寝かしつけ、人質たちが捕まっている建物の方に足を踏み入れた。
奴らの目的が何なのかは大体予想がつく。いや、予想というよりも、ゲームで安息領の奴らが人を拉致してやらかしたことは一つしかなかった。
しかし、なぜ拉致をここでやらかしたのかはわからない。ゲームでは騎士団の監視を避けるために国の外郭の田舎のような所が主要ターゲットであり、王都近くで拉致を試みたことはなかった。
ここのアジトを急に使うようになったのと同じように、行動パターンが変わった理由があるだろう。でもその理由が何なのかは予想できない。実にもどかしくてイライラする状況だけど、どうせ方法もないし、せめて奴らが狙うことだけでも台無しにしないと。
その狙うこととは……。
【オメガ実験……って言ってたよね。それは何なの?】
[安息領が追求することをよく考えてみて]
安息領は邪毒神を崇拝し、邪毒に侵されることを祝福と考える愚か者たちの集団。そして邪毒に侵され歪んだ生命体、すなわち魔物を神の使徒と考える。そして奴らは自分たちの〝神〟に近づくことを一生の宿願とする。
レースシリーズとはその宿願を果たすためのもの。使いやすいキメラであるアルファなど、最終形のための予行演習に過ぎない。
つまり。
彼らの終着点とは――人間に魔物を合成し、人間をベースにしたキメラに再誕させること。




