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出発の日

 ケイン王子の視察当日。


 ……事前に聞いたことではあるけれど、実際に見ると言葉が出ない。


 制服といくつかの魔道具で武装した騎士が二百人。もしここが国境だったとすれば、他国にとって脅威行動と受け止められても言うことはない。それほどこの国の騎士は強いし、その騎士をこれだけ集めておくこと自体がよくあることではない。


「ようこそ、オステノヴァ公女。私は今日、視察に参加する二つの百人隊の一隊を担当するジェイソン・ノーカードです」


 他の騎士より目立つ模様が刺繍された制服を着た騎士が私を迎えた。短く端正に整えた金髪がまるで前世の軍人のようだ。制服のあの模様は確かに、百人隊を総括する隊長である百夫長の象徴だったよね?


「ありがとうございます、ノーカード百夫長。今日一日よろしくお願いします」


「ケイン王子殿下がお待ちしております。どうぞこちらへ」


 案内を受けて集団の中心部に到着すると、先に来ていたジェリアとジェフィスがケイン王子と一緒にいるのが見えた。


「よぉ、来たか?」


 真っ先に私を発見したジェリアが挨拶をしてきた。微笑みと共に挨拶を返し、ジェフィスとは握手を交わした。ケイン王子には貴族の娘らしく優雅に挨拶した。


 いや、しようとしたけれど、その前にケイン王子が手で制止した。


「あまり格式は必要ありません。今はそんな席でもないですからね」


「それでは好意をお受けします」


「プッ……普通はもう少し恐縮ですけどね。よどみない面は気に入っています。それより同行は……二人ですね」


 それから彼は私の後ろに立っているロベルとトリアに目を向けた。二人が少し緊張するのが私にも感じられた。


 しばらく黙って二人を見ていたケイン王子は、すぐに小さく頷いた。


「いいですね。ノーカード百夫長、あの二人はテリア公女の護衛に想定して含めるように」


「かしこまりました」


「それにしてもテリア公女、準備はできましたか?」


「どんな準備なのかによって違うでしょう」


「ほう、どんな準備というのは?」


「単純な視察なら準備することも多くないでしょう。ただの視察で終わらなければそうはいきませんよね?」


 微笑んでそう答えた。するとケイン王子は楽しそうに笑いながら問い返した。


「ただの視察で終わらない、ですか。具体的にどのようなことをお考えですか?」


「少なくとも〝王都〟の視察というにはルートが合わないということだけは確かですわね。それに視察対象の村が安息領と関係があるかもしれないという話も聞こえてきましたわ」


「よくご存知ですね」


 ケイン王子はジェリアをちらりと見た。しかし、ジェリアはただ小さく鼻で笑うだけだった。


「おかげさまで説明する手間は省いてもよさそうですね。人数も揃ったので、そろそろ整理してみましょう」


 ケイン王子が手振りをした。すると私を案内してくれたノーカード百夫長が魔道具を取り出した。空中に立体映像を投影する魔道具だった。彼がそれを作動させると、今回視察ルートに入る村とその周辺の山の姿が映像で現れた。


 ノーカード百夫長は映像がみんなによく見えるように位置を適切に選んだ後、口を開いた。


「この一年間、王都の治安脆弱区域で市民が失踪する事件が発生しました。その一件の犯人を逮捕し、該当犯人が安息領所属であることと異なる事件に対する手がかりを得ることができました。それに基づいてさらに二人を逮捕しました」


 もう? 最初が逮捕されたばかりなのに、やっぱり早いわね。


 続いてノーカード百夫長は映像に浮かべた村を指差した。


「犯人たちは皆、あの村に訪れたことがあったことを確認しました。村が具体的に安息領とどのような関係があるのかまでは調べられませんでしたが、その村に安息領のメンバーが隠れているという自白を得ました」


「最初の犯人が逮捕された段階でその村を疑って視察を計画し、追加で逮捕された人員まで尋問した結果、疑いがさらに深まったのです。それで予定通りあの村をターゲットにしたのです。その意味はわかりますよね?」


 ケイン王子が私に尋ねた。


「安息領との戦闘状況を想定したんですわね。四年前から目撃され始めた安息領の合成魔物を考えると、人員規模以上の戦闘が繰り広げられる可能性は高いですの。それで百人隊二隊という兵力を用意したんですの?」


「そうです。やはり正確な判断力ですね」


 誇張だね。この程度は簡単に判断できることだけなのに。


 まぁケイン王子の態度はともかく、今回の視察自体はかなり期待している。あの村に安息領のアジトがあるんだけど、ゲームではしばらく放置されていて最後に少し使われたぐらいだったから。


 そういう所がこの時期に活用され始めたら、あらかじめ対処しておいた方がいいわよ。それにゲームと変わった理由をたどっていけば、ピエリに届く可能性もあるし。


 あごに指を当てて考えていると、ケイン王子がそんな私を見て微笑んだ。……あれ、きっとゲームで何かすごく興味深いのを見た時に出た表情みたいだけど。


「もういろいろ考えているようですね。それが安息領に関する考察なら嬉しいのですが。……それにしても、一つ聞いてもよろしいでしょうか」


「……? はい、もちろんですわ。遠慮しなくても大丈夫ですの」


「ありがとうございます。それでは好意をお受けします。……先日おっしゃった〝それ〟、今回視察するエリアと関係ありますか?」


「いい質問ですわね。私も良い返事ができればと思いますの」


 ケイン王子は窺う眼差しをした。


 ……そんな不審な目はやめてほしいのに。返事しないつもりじゃないから。ただどう答えようかと思っているだけよ。


 正直に答えるには騎士たちの耳が気になる。そもそもケイン王子もそれを配慮して〝それ〟と遠回しに言ってくれたんだろうし。


「そうですわね……やっぱり殿下の調査員はとても優秀だと言えますわよ」


「良いお返事ありがとうございます。おかげさまで今回の視察がもっと意味がありそうですね」


「フフ、私も楽しみにしていますの」


 そのような対話を交わした後、視察過程と動線に対する簡単なブリーフィングを聞いて会議が終わった。


 騎士たちは一斉に胸から小さな玉を取り出した。それを床に投げると、玉から光が出て瞬く間に大きな物に変わった。まるで安息領がローレースアルファを携帯するのと似た方式だけれど、出てきたのは魔物ではなかった。


 一言で言えば、ホバーバイクというか。


 正確には車輪が横になったバイクのようだ。ただ、機械的な駆動部が必要ないだけにフレームがもう少し単純で、車輪部分も実際の車輪というよりは厚い円盤に近い。あの円盤が魔力で浮力と推進力を作り出す部分だ。


 これがこの国の騎士たちが馬の代わりに乗っている魔道バイク。知識では知っていたけれど、実際に見るのは私も初めてだ。騎士科にもバイクの授業があるんだけど、もう少し高学年の時に習うんだから。


 ただ、そもそも騎士ではないケイン王子や、まだ生徒の私たちは魔道バイクではなく、大きな魔道車に搭乗した。こちらも前世の自動車と似ているけれど、車輪の部分はやっぱり水平に横になった円盤のような形をしている。


「もう一つ聞いてもよろしいですか? テリア公女」


 全員搭乗して出発した後、魔道車の中でケイン王子が私に話しかけた。運転席とは隔離されていたし、他の騎士がいないからか表情がもっと真剣だった。


「殿下の御心のままに」


「あの時おっしゃったこと、もう少し具体的に話していただけますか?」


「それは……、……私がどうしてあえて曖昧な言葉だけで表現したのか、その理由が見当がつかない殿下ではないと思ったのですけれど」


「もちろん見当はついています。ただ……」


 ケイン王子はなぜか言葉を濁した。


 何か怪しいわね。急にまた聞いてみるのもそうだし、気軽に言えないのもそうだし。


 ゲームでのケイン王子は、言わないつもりならそもそも口に出すこともない人だった。こんな風に話していて迷う姿はなかなか見たことがない。そんな人がためらっているのは、それだけ気にかかる何かがあるからかしら。


 ジェリアとジェフィスも違和感を感じたのか、二人ともケイン王子を少し意外そうに見ていた。それでもケイン王子の悩みはそれほど長くはなかった。


「申し訳ありません。具体的な理由は言えませんが……」


 その瞬間、突然ケイン王子が上半身をかがめて私に近づいた。戦闘態勢にでも入ったかのように、ものすごいスピードだった。彼は私と頬を寄せ合うように顔を近づけて、そのまま私の耳にささやいた。


「個人的に少し不安な問題がありまして。一つだけ確認したいです。……もしかして前に話したこと、邪毒獣と関係がありますか?」


 背筋に冷たい感じがした。


 前に話す時は邪毒災害だけを言及しただけで、邪毒獣については言わなかった。ところで、どうやって邪毒獣が現れることを推測したのかしら。


 邪毒獣が現れると邪毒災害は必ず起こる。けれども、その逆は確定ではない。むしろ邪毒獣出現による邪毒災害は、全体の一パーセント程度にしかならない。


「なぜ急に邪毒獣のことをお考えになったのですの?」


 まだケイン王子が顔をつけていた上、事案が事案なので私も思わずささやき声で答えた。


「それは……申し訳ありません。言うには少し恥ずかしい経緯ですので。具体的なことは必要ありませんので、邪毒獣が現れるかどうかだけお答えください」


「現れるかどうかだけ言うと、現れますの」


「……そうですか」


 私の答えを聞いたケイン王子は体を伸ばし、短く答えた。


 彼が身を引くとすぐにロベルは小さくささやいた。


「大丈夫ですか、お嬢様?」


「大丈夫。何の問題もなかったわよ」


 それでもロベルは不快な気配が歴然としていたけれど、ケイン王子が近くにいるのでそれ以上問い詰めなかった。私も正直、彼に気を使う余裕はあまりなかった。


 ……ケイン王子が突然なぜそれを尋ねたのかもそうだし、どのように邪毒獣について推測したのかについてもわからない。単純に邪毒災害を邪毒獣と関連付けていたら、そんなに密かに尋ねなかっただろう。


 ちょっと待って、きっと恥ずかしい経緯って言ってたよね。それならまさか……。


「テリア、何をそんなに一人で悩んでいる。そろそろ到着するぞ」


「あ、ごめんね」


 私はジェリアの催促で気を引き締めた。


 ケイン王子のことは後で考えることにして、今は一応目の前の状況に集中しよう。

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