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目撃した感情

【さあ、行きましょう】


 アルカはそう言うと、いきなり私を拘束したまま連れ出し始めた。


【どこに行くの?】


【みんなの所ですよ。どうせお姉様は今すぐに決断できずに一人で悩むだけでしょう。それならいっそのこと、今すぐみんなの所に連れて行って、みんなの前で話し合わせようって】


【……いや、その……あなた本当に変わったのね?】


 呆れる。そして混乱する。この子はいつからこんな子になった?


 しかしアルカはそんな私をからかうように舌を出して笑った。


【忘れちゃいましたか? 私ったら五大神に敵対されるほど世界に負担をかける無理をしてきた女なんですよ。今さらお姉様一人に無理を言うくらい抵抗があるはずがないでしょう? それに――】


 アルカの顔に一瞬悲しみが垣間見えたけれど、彼女はそれを消すようにさらに無理に笑ってみせた。


【よく考えれば私の苦労は自分から求めたものなんですけど、お姉様のためだったから恨みがましい気持ちもあるんです。お姉様は理不尽だと思うかもしれませんけれど、これは私なりの復讐なんですよ】


【……】


 正直このまま連れて行かれたくはなかった。今の私にとって最も大切な家族とはいえ、アルカ一人でも心が揺らいでいたのだから。このままみんなの前で集中攻撃を受けたら、決意が折れてしまうかもしれない。


 しかしあのように言うアルカを置いて逃げ出すには、良心が痛みすぎる。すでに遠い昔に失ったはずの良心が。


【……くっ】


 結局私にできることと言えば、淑女らしからぬ不満を吐くことだけだった。


 そうして私は牢獄世界から引きずり出された。どうせすでにバリジタも脱出して意義を半ば失った状態だったので、私まで連れ出されればもはや維持する理由もない。自然と牢獄世界は力を失い、崩壊し始めた。


 牢獄世界から再び元の世界に戻る直前、世界の境界に片足を掛けた状態でアルカが立ち止まった。そしてたった一度、時空が崩れゆく牢獄世界を振り返った。


 その表情に宿ったのは深い悲しみと切なさだった。


 それが何に由来するものなのか、正直私にも全てはわからない。ただ一つ推測できるのは、私が牢獄世界を作らねばならなかった理由――私の絶望と苦痛を切なく思っているだろうということくらいだ。


 しかし感傷に浸っていたのはごく短い一瞬だけ。アルカはすぐに踵を返し、私を連れて馴染みの宇宙に飛び込んだ。


 牢獄世界にいる時も、魔力が爆発する気配は常に感じていた。まるで遠くから微かに聞こえる太鼓の音のような感じといえばいいだろうか。


 世界の外でもそうだったのだから、世界の中に入るやいなや目の前で炸裂する爆音のように鮮明になるのは当然のことだった。


【派手すぎるわね。あれがある程度自制しているほうだってのが呆れるけれど】


 神が一人ではなく、神話のように大勢集まって死闘を繰り広げる様なんて。


 それでも最低限の安全意識はあるのか、真の意味で全力を尽くす者はいなかった。まぁ、自分の全力を解放して戦いを繰り広げる神が一人でもいれば、文字通り世界が壊れてしまうのだから仕方がないだろう。五大神はもちろん、アルカの友人たちも特に世界を壊したくて五大神と対立しているわけではないのだから。


 しかしそれはあくまで力の量的な側面でのことであって、相手を葬り去ることも辞さないという覚悟と殺意は十分に宿っていた。


 アルカは拘束されたままの私を連れて、真っすぐに激戦地へと向かっていった。


【待って! みんな止まって!】


 アルカの叫びは声よりも直接的な念となって広がっていった。人間の目には巨大な魔力の爆発しか見えないほど遠かったけれど、今の私たちには爆発の中で誰がどのように動いているのか細かく見える程度の距離に過ぎなかった。


【アルカ、あいつらが……】


 そう簡単に止まりそうにないのに、と言いたかったけれど、意外にも戦いは一瞬で止まった。


 いや、アルカが時空を停止させる力で戦場を掌握したのだ。


 もちろんそれだけで奴らの行動を支配することは不可能だ。アルカにもそんな気はないだろう。これはいわば注目を集めるためのデモンストレーションだ。


【成功したようだな】


 最初にこちらに向かって話しかけてきたのはジェリアだった。


 彼女の表情は少し微妙だった。私が戻ってきたことを喜んでいるようでありながら、どこか少し距離を置いているような感じ。


 ジェリアだけではなかった。私の、そしてアルカの友人である全員が似たような眼差しで私を見ていた。感情の比率や強度は違えど、全員が同じ心を抱いているということが確実に感じられた。


 それは私を見つめる感情の矛盾。


 私を大切に思ってくれていた心だけではない。私を憎む心と一つになって、私に対する相反する感情が心の中で渦巻いているのが感じられた。


 神として昇天した友人たちを引き入れて参戦させるために、アルカがこちら側の人間である彼ら彼女らと融合させたことは知っている。私もその結果をこうして目で見るのは初めてだけど。


 直接見て最初に抱いた感想は……驚きだった。


 正直アルカの計画が完璧にうまくいくとは思っていなかった。昇天した者たちもアルカのために集まった仲間である以上、彼女を助けるだろうという部分は疑っていなかったけど……私を目の当たりにした時に冷静さを保てるかは別問題だったのだから。


 端的に言えば、人間としての側面は神の強大な自我と感情に押しつぶされて表面に現れもしないだろうと思っていた。


 しかしそれはただ圧倒されなかったというだけのこと。私に向けられた憎しみの存在感が弱いという意味ではなかった。

お久しぶりです。

予想以上に様々な事情による執筆の遅延が長引き、なんと一ヶ月以上もの間更新ができませんでした。本当に申し訳ございません。


これから二、三話ほどしか残っていないので、すぐに締めくくりをつけると申し上げたいところですが……まだ整理されていない様々なことがあり、私も正確にいつ頃更新し、いつ完結できるかとはっきりとお答えするのは難しい状況です。


それでも最大限執筆時間を作り、可能な限り早く完結まで駆け抜けていきたいと思います。

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