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同じ者たちの感情

 魔力が静かに降り立った。


 物理的に見えるものはそのまま。しかし目に映る現実の上に何かが重ねられたのが感じられた。見える世界を同じように真似ただけの全く別の何かが。


 それは僕の〈虚像世界〉に似ていた。いや、本質的には全く同じものだった。しかし……規模と密度があまりにも違って、到底同じものだとは思えなかった。


 まるで平凡な日常の幻覚が目の前に広がったまま、体だけが魔力の深淵に沈んでいくような感覚。


 いつの間にかその中にもう一つの『僕』の姿があった。


「お前は幻覚なのか? それとも実体なのか?」


 話しかけてみたが返事はなかった。ただ静かな眼差しが返ってきただけ。


 無視しているわけではなかった。あえて言わなくても自ら答えを見つけられるだろうという意思が込められていた。


 ……いや、そんな丁寧な言葉よりは「見ればわかるだろ、バカめ」のほうが正確な表現かもしれないが。


 とにかく奴は静かに立っていた。しかし『虚像世界』は幻影を扱う能力。存在しない無限の可能性を描き出す力だからこそ、あえて口を通して話さなくても自分の考えを表すことができた。


 ……あえてあんな風に表すのは無駄に陰気で気に入らないが。


 もちろんそんな感想とは別に、表されたものを読み取ることをおろそかにはしなかった。


 最初ははっきりしない映像だった。正直に言えば、そもそも映像と呼べるようなものでもなかった。ただ水に絵の具を溶かしたような形だったから。しかしその薄暗い外見が絶望と喪失感を表していることははっきりと伝わってきた。


 その絵の具がゆっくりと広がって僕に触れた瞬間、まるできれいな紙に絵の具が染み込むように一瞬で吸い込まれた。全く攻撃的ではない魔力だったにもかかわらず、その圧倒的な否定と悲しみが心を圧倒することだけで息が詰まった。


 誰かを失った人だけが抱くことのできる種類の痛み。


 表面には現れていなかった映像が、染み込んできた感情を通して頭の中に広がった。その感情に宿った記憶の内容はすでに聞いて知っていたが、生々しい記憶の形で見るのは感じが違った。


 テリアお嬢様は崩れ落ちた。取り返しのつかないほど変わり、他人を傷つける決断を下し、その過程で僕の知っていた人とは全く別の存在になってしまった。


 何より惨めだったのは、その過程で『僕』が何もできなかったという点だった。


 堕落は長く緩やかだった。そしてそれを誰よりもよく知っていたのは、専属執事として側で誰よりも長くお嬢様を見守ってきた『僕』だった。しかし使用人という限界に囚われていた『僕』はお嬢様を適切に救うことができなかった。


 全てが終わった後になってようやく骨身に染みるほど後悔した。むしろ能力だの立場だのというお荷物を全て投げ捨てて足掻いていたらどうだっただろうか、と。


 もちろんその時の『僕』は若くて取るに足らない存在だった。実際にそうしたところで大きな変化はなかっただろう。


 しかし少なくとも、できることさえまともにできなかったと……一生を超える遥かな年月の間、後悔ばかりしてはいなかっただろう。


 それが『僕』の後悔。今も奴を押しつぶしている絶望の影。


 しかしそんな『僕』だからこそ、その絶望を乗り越えられるかもしれないという希望に向かって精一杯手を伸ばしていた。


【お前は諦めないのだな】


『僕』が尋ねた。それは非難でも、試験でもなかった。すでにどんな答えが出るか見え見えの、それ以外の意味など全くない確認作業。


 僕は僕の知っているお嬢様の姿を見せなかった。本能的にわかっていた。あえて僕が見せなくても、『僕』はいつもお嬢様の姿を見つめていただろうということを。


『僕』から流れ出たのははっきりとした絶望。しかしその絶望はただ奴が感じてきた感情に過ぎず、奴の行動ではなかった。諦めて座り込んだことなどなかったのだ。


 たとえ以前の自分があまりにも遅すぎたとしても。それによって最悪の結末に至ったという罪悪感を抱えていたとしても。一度迎えた結末に後があるのなら、新しい光を当てることができるのなら……取り返しのつかない現実など、ただの過ぎ去った過去の話題に過ぎないのだから。


『僕』はそれを表現し、僕はそれを理解した。送った者と受け取る者の両方が正しく伝達されたことを把握し、受け入れた。


『僕』の口が突然また動いた。


【今度は……違うかもしれない】


 その言葉は僕に確認するというよりも、まるで自分自身に投げかける疑問のようだった。


【過程がどうであれ、今回は失敗していない。少なくともまだは。ならば……まだ手を伸ばせる】


「ならば躊躇う理由はないだろう?」


『僕』は確かに理解と共感を表していた。しかし奴自身はその場に立ち止まったまま、僕と距離を置いていた。


 僕の問いにも答えはすぐには出なかった。拒否ではなかったが、僕を見つめる眼差しには探索の意味が強く込められていた。


【さぁな。問題は僕じゃない。お前だ。お前は僕のすべてに耐えられるのか?】


『僕』の声には小さいが強い疑いが込められていた。


 おそらく感情と存在、両方とも言っているのだろう。奴が抱えている巨大な絶望に僕が飲み込まれてしまう可能性もあるし、僕自身が神の巨大な存在に耐えきれずに砕け散ってしまう可能性もあるのだから。妥当な疑問だ。


 しかし僕が返す答えは鼻で笑うことだった。


「さぁな。正直どうなるかわからないんだよ。無事に受け入れられる保証はない。でも関係ないだろう?」


【は?】


「少なくともアルカお嬢様がこのような方法を求めているのなら、神の力をこの世で存分に活用するという目標は達成できるということだろう。たとえ何らかの理由で僕が壊れたとしても、僕の肉体を媒介にお前がこの世に現れれば結局目的は達成できるんだ」

読んでくださってありがとうございます!

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