ジェリアの信頼
「それで、どうしたのかい? 友達に何を言ったのか問い詰めに来た?」
「まさか。ボクがそんなに君を知らないと思ったのか?」
近づいてきたジェリアは、私の皮肉をあっさりと笑い飛ばしながら微笑んだ。
……本当に突拍子もないが、美しい女ではある。普段は見せない姿とのギャップも衝撃的だが、それを除いてもすっきりしながらも官能美あふれる彼女は十分に美しいと思う。
私と彼女をつながらせるつもりか、今日だけでも「ケイン第二王子殿下とジェリア公女はとてもお似合いだと思います」と四回は言われた。しかし、ジェリアのように美しくて聡明な人は正直、王子という肩書きを含めて考えても私なんかと結ばれるにはもったいない人だろう。
まぁ、本人はそんな話を言われたらうざいこと言うなと相手に拳を飛ばすだろうけどね。私も特に恋愛や結婚相手として彼女を見るのではないし。
「じゃあ、何しに来たのかい?」
「ただ聞きに来た。ダメか? 君なら何が何であれ欲しいものを手に入れたと思うからな」
「非難しているように聞こえるけど」
「そんなに聞こえなかったら耳を入れ替えた方がいいぞ」
それからジェリアはワイングラスを手に取り、優雅に飲んだ。まったく、普段からこのように行動すれば、男たちが話でも一度してみると並ぶはずなのに。男みたいな言い方も直してくれよ。
私もグラスを口にしながら彼女の言葉を待った。
「遠回りは面倒だから単刀直入に聞くぞ。どうだった? 君が思うにテリアは信じられる人だと思うのか?」
「いや、全然」
「やはりだな」
怒ると思ったが、むしろジェリアは気持ちいいほど明るく笑った。その姿に私は疑問を感じた。
「怒らない?」
「怒る? ボクが? なぜ?」
心から理解できないという表情だった。
……意外だ。ジェリアも意外と頭が良くて策略に慣れている奴だが、味方に対する好感や愛情は確かな奴なのに。実際、テリア公女に対する悪評が流れた時は、堂々と怒ったりもしたし。だから私がテリア公女を信じられないと言ったら何を言うと怒るだろうと思っていた。
私が目を丸くしていると、ジェリアは目を細めて楽しそうに微笑んだ。
「フフ。君はいつも本音を隠すくせに、こんな時は考えが顔に丸見えだぞ。そういうところが面白い」
「私より君の方が面白い人だよ」
少しかっとなってそう返したが、ジェリアは平気で笑うだけだった。
ちっ、いつもこうだね、こいつ。
「どうせ君がテリアを信じてくれないのは最初から知っていたぞ。君はそんな面倒くさい性格だからな。それでも理由は聞いてみよう。なぜテリアを信じられない?」
「……」
その質問を言われた瞬間、脳裏にテリア公女から聞いたことを思い出した。
未来に起こる災い、そしてジェフィスの死。そんな話をして、それに備えるのが目的だと言いながらも、証拠や説明はできないと平気で話していた様子。
普通、虚しい話をする時は何とか証拠を作ろうとするだろう。しかし、彼女は疑いを避けるどころか、まるで疑うならいくらでもやってみろと言うような感じだった。
その眼差しと表情から感じられたのは自信と知性だった。でたらめなことばかり言うバカらしくないし、そんな言葉で私が感化されたり説得されるのも期待していなかっただろう。私に認められる自信があるか、あるいはどうでも構わない理由があるとしか思えない。
「私の感じだけど、とても賢くて気骨のある女みたいだった。そして秘密も多いだろうね。でも、君も知ってるだろ? 賢くて秘密の多い人こそ危険だと」
「それはそうだな。だが信じられる人なら何の秘密を持っていようが構わないじゃないか?」
「その〝信じられる〟の判断根拠が信じられないということだよ。もし君の信頼を得るために壮大な演技をしているのかもしれない」
「無理言うな。そんな風なら信じられる人は誰もいないぞ」
そうかもしれない。しかし、テリア公女が純粋な善意や好感でジェリアに接近したとは思えない。
そもそも〝災い〟を防ぐために四大公爵家、その中でも現後継者世代の力が必要だということは彼女自身が直接公言した。そのために接近するということも。つまり、彼女は理由はともかく、意図的に四大公爵家の後継者に接近したと自ら言ったのだ。
もちろん、その言葉が本当かどうかは分からない。しかし、少なくとも表面的に言ったより良い意図が隠れてはいなかっただろう。それなら誤解を招くような表現を使うのがバカなことになる。
可能性はいろいろあるが、意図的な接近自体は隠すことができないので、堂々と明らかにすることにしたというのが一番直観的だろう。その接近の目的が本当に言った通りなのかは分からないし、嘘なのかどうかを判断する材料もない。
そんな人こそ悪意を抱いた時に最も危険になる。私はジェリアを十分に信じるが、ジェリアの信頼までそのまま受け入れるつもりはない。今のように着飾ったジェリアは女神のように美しくて魅惑的だが、女神のように全知全能な存在ではないからだ。
しかし、ジェリアの聡明さと眼差しはなかなか信じられる。
「ジェリア、一つ話したいことがあるんだけど」
「ふむ? なんだ、急に意味深なふりをしたのか。いたずら告白ならぶん殴るぞ。そうでなくても名門家の令息だと偉ぶる奴らが恥ずかしがり屋のふりをしながら誘おうとするのが腹が立つぞ」
いや、それはふりじゃなくて本気だと思うよ。
口に出してしまえば嫌がるから心の中だけで呟いた。どうせ今言わなければならない話はそんなくだらないことではない。
「君、〝災い〟について聞いたことある?」
「は? 何の災い? そんな演劇や小説でも見たのか?」
「テリア公女から聞いた話だよ」
ジェリアは私が冗談を言うんだと思ったようにいたずらっぽく笑ったが、テリア公女の名前を口にするやいなや一気に表情が真剣になった。私に聞く声さえも低くて慎重になった。
「何の話? 何か起こるとでも言ったのか?」
どこまで話してもいいのかな。
いくら私がまだ信じられない人だとしても、結界まで展開した秘密の話を気軽に話すのは少し嫌になる。でも情報を私に渡しながら口止めもしなかったし、相手はジェリアだから大丈夫だろう。
こっそり私とジェリアを包み込む防音結界を展開した後、私は聞いた情報を整理して言葉にした。
「ある特殊な方法で未来の情報を知ったそう。これから災いが起こるし、それに備えるには四大公爵家の力が必要だと言ったよ。特に君やリディア公女のような後継者の力が重要だという話もしたし」
「だから意図的に接近しただろということか?」
「接近した〝だろ〟じゃないよ。自分で直接それが必要で抱き込むと言った」
「ふむ。災いか。テリアがそう言ったのを見ると、かなり大変なことのようだな。事前に準備でもするべきか? テリアに話してみようか……」
ジェリアはそのようにぶつぶつと考えを漏らした。完全に集中した姿に加え、弁解の余地がないほど真剣にテリア公女の言葉が事実だという前提で考察を進めていた。
「信じてるのかい?」
「は? 何を言う? 信じない理由でもあるのか?」
「未来予知はそれ自体どころか、似たような種類も確認されたことがない能力だろ。普通のことなら予測したと言えばいいのだけど、あえて災いという表現を使ったほどなら軽いことではないはず。どんなことなのか具体的なことは聞いていなかったけど、対処を目的に他の公爵家の後継者や王子である私にまで接近するほどなら、よほどのことではないはずだよ」
「信じるぞ。テリアが言ったことだからな」
そう断言する目からは一切れの疑いも見られなかった。
盲目という言葉さえ足りないほどの確信。信じるというレベルではなく、テリア公女の言葉は事実だということが一つの前提になったようだ。ジェリアがこんなに断定的に誰かを信じるのは初めて見た。
しかし、なぜ? 個人的にあったことは私も知らないが、アカデミーにあった大きな事件や執行部の活動記録などは私も調べて知っている。テリア公女が入学したばかりの時に起きた安息領の襲撃事件とかもあったが、その事件はすぐに終結したということとテリア公女が強力な魔物を討伐したという結果しかわからない。
ジェリアの信頼がよく理解できないが……逆に興味も生まれる。一体どんなことがあって、あるいはテリア公女がどんな人でジェリアがここまで信頼するのだろう。
「ボクがなぜテリアをこんなに信じられるのか気になる顔だな?」
考え込んでいたら、ジェリアは私の顔を見てそう言った。
「そんなにバレたのかな?」
「いや、そうだと思っただけだ」
するとジェリアは顔を他の場所へ向けた。人波に遮られて見えなかったが、魔力反応で見るとそちらにテリア公女がいることが分かった。
「最初はただ強い子だから興味があるだけだったがな」
まるで懐から取り出した物をテーブルに置く程度の軽さで言葉が流れ出た。過去を思い出しているのか、驚くほど穏やかで温かい顔だ。
「君もわかるだろうが、ボクが力を追求したのはイライラする兄姉たちを全部殴り倒して、クソ親父をひざまずかせるためだったぞ。正直、それ以上の活用法なんて考えもしなかった」
「テリア公女は力を人のために使ったということ?」
「それはそうだが、別に重要ではない。どうせ騎士になるという奴らの半分くらいはそんな人間だからな」
さぁね、半分にもなるだろうか。お金や名誉のために騎士になろうとする人が半分は超えそうだけど。
「でもそんな奴らも本当に命をかけなければならない状況になると躊躇する。当然だ、人はそんな存在だからな。しかしテリアは違っていた。ミッドレースについての報告は受けたのか?」
「テリア公女が討伐したという魔物のことだよね? 見たよ。生前のスペックに対する推定から詳しい研究結果まで全部」