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綱引き

 その瞬間、ケイン王子の気配がはっきりと変わった。


 外見から変わったのは眉間にしわを寄せただけだった。しかし、肌の下で魔力が激しく沸き上がり、私を眺める眼差しでも魔力が燃えていた。刺すような魔力がとてもチクチクする。


「その言葉、本気ですか?」


「お話したと思いますけれど? 冗談やいたずらはないって」


「そんなこと言われると私がああそうですか、と聞き流してくれると思ったのですか?」


「そんな考えはしたこともなく、私はただ質問に素直に答えただけですわよ。信じるかどうかは純粋に殿下にかかっていますの」


 ジェフィスはケイン王子の数少ない友人の一人だ。そんな友人が死ぬって聞けば気にはなるだろう。


 率直に言えば、性格も大きく異なり、お互いに異見もあるフィリスノヴァ姉弟とケイン王子がなぜ親しいのかは私にもわからない。そもそもそれはゲームでも出たことがない内容だから。


 でも親しくなった理由なんて正直、私の知ったことではない。ただその事実が私の目的…… ゲームの事件を防ぐことともつながりがあるので利用するだけ。


 まぁ、実は個人的にはかなり興味はある。姉弟とケイン王子が初めて会った時のこととか、友人になったきっかけとか、なかなか面白そうだしね。しかし、ケイン王子がそんなことを教えてくれるはずはない。しかも今はそんな昔話なんて重要ではない。どうせそんなことはジェリアに聞けば平気で教えてくれる。


「一応それが事実だとしましょう。それで、何をどうしようとしているのですか?」


「ジェフィス公子を強くするつもりですの」


「……は? どういうことですか?」


 ケイン王子はなんてバカげているんだというような顔で尋ねた。私はそちらこそ何を言うって言うような態度を堅持することにした。


「ジェフィス公子は一人で戦って命を落としますの。一人で戦わないようにした方がいいですけれど、そんなことは思い通りにいかないこともありますわよ。だから彼自身を強くするのが一番良い方法でしょう?」


「なるほど。一理はありますね」


 そう言ったけれど、ケイン王子はまだ鋭い目で私を睨んでいた。


 恐らくあの謀略あふれる頭の中では激しい討論でも繰り広げられているのだろう。私の言うことをどれだけ信じるか、いや信じる気があるのかも分からない。しかし私を信じようが警戒しようが、今後彼の注目の何パーセントかは私に向けられるだろう。


 その途中で私の言うことを信じるようになったら幸いだし、もし信任を得ることに失敗したら……その時はその時なりの方法がある。あまり使いたくないので、なるべく彼が私を信用できるようになることを願っているけれど。


「四大公爵家の今代の後継者たちはみんな優秀ですの。その才能をできる限り発揮すれば、ほとんどのことは解決できるでしょう。それが私が一番期待している点であり、リディアに期待していることも同じことなんです」


「才能って、何を見て判断されたんですか?」


「判断したのではありません。それも観測した情報に示された〝結果〟だっただけですわよ。ちなみに、その人にはケイン殿下も含まれていますの」


「ほう。私を抱き込みたいということですか? なかなか堂々としていますね」


「余計なお世辞は好みではありませんからね。どうせ私が利用したいのは王子様の〝力〟だけですから。能力的であれ、権力的であれ」


「クッ……ハハハハ!」


 ケイン王子はその部分で笑い出した。なかなか豪快な笑い声だった。結界のせいで音が外に漏れはなかったけれど、彼が大きく笑う姿だけでも見守っていた者たちの間に当惑感が広がった。


 彼はしばらく笑った後、再び私を見つめた。


「面白いですね。お世辞を言ったり、政治的なことばかり言っていた厄介な人間たちとはずいぶん違います。結構気に入りました」


「光栄ですわ」


「ただ……」


 ケイン王子はちらりと目を向けた。


 人に遮られて目には見えないけれど、そちらの方向からジェフィスの魔力が感じられた。やっぱりジェフィスが死ぬという言葉は気になるだろう。それ以上何を考えているかはわからないけれど、少なくとも私の言葉を意識していることだけは感じられた。


「もし貴方の言うことが嘘であることが明らかになったら、その時は覚悟した方がいいでしょう」


「嘘は一切れもありませんから覚悟もいらないですわね」


 そのように言い返すと、ケイン王子は再び笑い出して結界を消した。そして後ろも振り返らずに離れていった。


 私も他の子たちがいる所に向かいながら、先ほどの対話を反芻した。結果だけ見ればなんとか満足できたというか。


 率直に言って論理というまでもなかったし、きちんと釈明や説明もしなかったので、まともな説得とは到底言えなかった。


 私が信じたのはただ一つ、ゲームで描写されたケイン王子の性格だけだった。


 振り返ってみると危なかった。万が一でも彼の性格がゲームとは違っていたり、少なくともこの時期の彼がゲームで描写された過去とも大きな差を見せたとすれば、話がまともに通じなかったかもしれない。まぁ、そういう不確実なことを信じてやらかしてしまった私もあまり正常ではないんだけどね。


 その上、ケイン王子が秘密を守るという保障はない。もちろんそれを考慮してわざと曖昧に話したけれど、話が誰かに漏れる可能性は排除できないだろう。特に、彼と友人のジェリアとジェフィスの耳には入る可能性が高い。……まぁ、それくらいは当然予想したし、むしろ話すことを前提にしていたけれど。


 とにかく意図した反応を引き出した以上、これからは変な文句をつけられなければ大丈夫だろう。


「お姉様!」


「テリア!」


 アルカとリディアが帰ってきた私を歓迎した。ジェフィスが一歩後ろに立ったまま、二人の代わりに周りを見てくれたようだった。


 ところで……。


「ジェリアは?」


「ちょっと言うべきことがあるって行ってしまいました」


「言うべきことというか、使うべき拳があるって言ってた」


 ジェリア……。


 まぁ、あいつの性格ならそんなことを言うに値するけれど、多分実際に振り回すことはないだろう。そもそも拳を振り回す人に会いに行ったわけでもないだろうし。


「テリア、大丈夫? 変な王子に変なことされてなかった?」


「そんなことなかったわよ。そしてケイン殿下は実はいい御方だからそんなこと言わないでね」


 変な人間なんだけどね。


「何の話をされたんですか?」


「うむ、まぁいろんなことがあったの。もう終わったから大丈夫」


「噂については?」


「そっちはまぁ、ディオスが反論できなかったから大丈夫でしょ。周りに広がったことに対してもケイン殿下が納得してくれたから、他の人々もこれ以上問題視しないだろうし」


 実際は納得してくれたわけではないけれど、外から見れば雰囲気だけは悪くなかっただろう。王子がそんな風にさておいてくれるなら、他の誰かがあえて突っ込むことはないだろう。


 まぁ、それでもいちいち反論したわけでもないし、ディオスも諦めないだろう。しかも表面には出さないとしても、疑惑を抱いたまま消せない人はきっといるだろう。別に私が論理的に完璧な反論をしたわけではないから。


 アルカとリディアもそれを心配しているように表情が良くなかったけれど、率直に言って私としては計画に邪魔をしなければどうでも構わない。


 本当に不安なら父上に報告をすればいいし。家柄レベルで問題になりそうな話なら、どうせ父上も無視できない問題だし。


 後ろで見守っていたジェフィスが心配そうな顔で口を開いた。


「テリア、大丈夫ですか?」


「大丈夫じゃない理由がないですよね。それでも心配してくれてありがとうございます」


「それでももしケイン殿下が変な話をしたとか……」


 変な話だなんて、むしろ私が言った未来だとか災いだとかいうのがもっと変な話だけれど。そう考えると余計に笑いが出そうだ。


 アルカとリディアもそれぞれ手助けした。


「そうです! しかもディオス公子もいるでしょう!」


「あのヤロウがまた変な噂を広めたらどうする? いい方法はないかしら?」


「めちゃくちゃにさせるのはどうですか!? すぐに胸ぐらをつかんで……」


「アルカ、ストップ。リディアもあまり心配しなくてもいいわよ。そんな無駄なことを考えるより、修練計画でも立てようね」


「そういうお姉様は修練以外のことにも気を使った方がいいと思います」


 失礼だね。いろいろ考えているわよ。例えば、貴方たちをもっときつく訓練させる計画とか。……話していたら変な目で私を見るはずだから、私だけの秘密にしておこう。


 それにしても、一通りこれからの輪郭がつかまりそうな気がする。ケイン王子の信頼が成功するかどうかはわからないけれど、協力を得る方法なら別にある。そして本当に最悪、彼の協力を得られなければ……彼を排除してでも何とかするしかないだろう。


 そもそも『バルセイ』は主人公と攻略対象者のパーティーが敵を倒すRPG構造ではあったけれど、すべてのルートですべての攻略対象者が一緒だったのではない。最も多い人数がパーティーを構成する隠しルートさえも四人が限界だった。


 もちろん私が考える〝理想的な仕上げ〟のためには、全員の協力が不可欠だ。でも、その全員が集まらない状況も一応想定はしておいたよ。もちろん本当にそうなってしまうと困ることが山々だけれど、すべてが望み通りになるという保証はないので。


 それよりもケイン王子とディオスのことだけを気にしていたので、他の重要なことに対する警戒を疎かにしすぎた。そちらもそろそろ補完しないと。


 そんなことを考えながら会話を続けていたので、結局私は舞踏会なのにダンスは一度もできなかった。


 ……少しもったいないわね。

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