『リディア』の憎しみ
『息づく滅亡の太陽』――この世界、いや数多くの平行世界の誰よりもテリア・マイティ・オステノヴァを憎悪する『攻略対象者リディア』。
彼女の悲劇そのものはお姉様から始まったわけではなかった。発端はディオスの劣等感と虐めだったから。
けれど、その痛みを掘り下げてさらに大きく引き裂いた人物がお姉様だってことを否定することはできない。
むしろディオスに虐められていた頃の方がマシだった。メイドの子がディオスのせいで病気になって死にかけていたけれど、それ以外は単に『リディア』お姉さんに物理的な暴行と精神的な暴言が浴びせられるだけだったから。お姉さんにとっては非常に辛く苦しい時間だったとしても、その苦しみを全て一人で耐える時間だった。
でもお姉様は違った。
『リディア』お姉さんの『結火』が生み出す〈爆炎石〉は非常に強力な爆弾であるだけでなく、携帯性が良く他人も使用できるという点が災いだった。それに目をつけたお姉様は、あらゆる甘言で『リディア』お姉さんを丸め込んで〈爆炎石〉を作らせた。そしてお姉様の行動を心配していた『リディア』お姉さんに絶え間ないガスライティングを行い、自分に縛り付けたんだから。
そして『リディア』お姉さんの〈爆炎石〉によって数多くの人々が傷ついたり命を落としたりした。
『私』も神になってから知った事実だけど、お姉様が〈爆炎石〉を悪用したことで死んだ人だけで千人単位だった。負傷者は当然その数倍。もちろん『リディア』お姉さんがその全てを知っていたわけじゃなかったけど、一部だけでも心を崩壊させるには十分だった。いくら知らなかったとしても、悪意と陰謀で他人を傷つける行為を助けてしまったんだから。
ディオスに虐められて自尊心も底まで落ち、世界中が灰色にしか見えなかった。そんな『リディア』お姉さんにお姉様が近づいて甘言で丸め込んだ時は救われた気分になったんだろう。
しかしそれはより大きな絶望へと突き落とす悪魔の囁きだった。気がついたら『リディア』お姉さんの背後には数多くの犠牲者の血が撒かれており……誰よりも残酷な悪魔を最も近くで助けた人間になっていた。
他の人々も皆悲劇と苦痛を経験した。友人あるいは家族だったジェフィスお兄さんが亡くなったり、そのジェフィスお兄さんと親しくはなかったけれど死に加担してしまったり、暴走するお姉様を止められずに悪行を傍らで見守っていた人々だったから。
けれど彼らの誰も、お姉様の傍らで最も多くの血を手に染めた『リディア』お姉さんほど絶望してはいなかった。
【正直に言えば、ボクはどうでもいい。今でもテリアのやつがやったことには歯ぎしりしている。……だが、正直に言えば……ボクと『軍団長』は君たちほど強い感情を長い間そのまま抱き続けられるような奴らではないぞ】
『ジェリア』お姉さんの言葉は少し意外だった。でも考え直してみれば不思議なことはなかった。
私が邪毒神となり、そんな私を追ってきた親友たち。私たちが邪毒神になってからもう長い時間が経っている。正確な時間は私でさえ忘れてしまったけど、覚えていた頃でさえ数万年くらいはとっくに過ぎていた。おそらく少なくとも一億年以上は経っているだろう。
もちろん神は古くなったという理由だけで感情が風化することはない。私も神になってから知ったことだけど、昇天しながら進化した心身はその時点でほぼ固定される。記憶や感情が剥製になるってことじゃなく、時間が経っても過去の感情や心構えが風化しないのだ。
非人間的に変わるのではない。人間的な心を数十万年経っても失うことができないという点で非人間的なんだ、私たちは。
もちろんそのため、私はあまりにも過度な繰り返しと失敗に〝人間的に〟疲れ果てて、別の意味で擦り切れてしまったんだけど。
神とはそういう存在であるため、すでに神になる前から強い憎しみを抱いていた親友たちの憎しみも簡単には消えなかった。
そのため、私には長い歳月の中で感情が風化したと言う『ジェリア』お姉さんの言葉こそが意外だった。
「本当ですか?」
【忘れたわけではない。憎くないわけでもない。だが君と共に無数の時間の繰り返しを見守る間、テリアのやつの人生も飽きるほど見たぞ。そしてそんなテリアを救おうと必死にもがき続ける君の姿も。それを見ているうちに、一度くらいはテリアのやつにもチャンスを与えようという気になった。『軍団長』もボクと同じ気持ちだった】
「でもそれはあなたと『軍団長』だけの考えじゃないですか」
【もちろんそうだ。それでも元々テリアのやつに憐れみを抱いていた『君主』のやつまで含めれば、少なくとも三神は君の味方だ。もちろんテリアのやつが最後のチャンスさえ裏切るようなら、その時はボクの手で直接やつの魂を最後の一片まで凍らせて粉砕してやるがな】
機会を与えてくれるだけでもありがたいことだ。だからそれには不満はない。むしろ百回感謝しても足りないくらいよ。
……ただ。
「……じゃあ『心臓』と『太陽』はどうするんですか?」
私が不安を隠しきれずに言うと、『ジェリア』お姉さんもそれだけは答えがないといった様子で深いため息をついた。
【さぁな。それだけはボクにも分からぬことだ。あの二神は今でもテリアのやつに対する否定的な感情が圧倒的に強いからな。特に『太陽』は先日もテリアのやつを殺しに行くと暴れるのを押さえつけたところだ。あいつ、しばらくよく我慢して君を助けたと思ったが、テリアのやつが世界の外に飛び出すと結局殺意を抑えきれないと言っていたな】
「……うっ」
思わず肩をすくめてしまった。
『リディア』お姉さんを責めたくはない。それほど憎しみが深かったのだから。正直、私の目的を知りながらも私のために傍にいてくれたのが不思議なくらいだったから。
私のそんな気持ちを感じたのか、『ジェリア』お姉さんは鼻で笑ってから空を見上げた。おそらく目に見える空ではなく、世界の向こうの仲間たちを見ているんだろう。
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